特定ジャンルを排して語る「文学」があるそうです
「ああダメダメ、俺はもう『異世界転生』とかは要らねえんだわ。だって……クスッ、屑みてえなやつ多いじゃん? あのジャンルの、最初から『いいものを書こう』『うまく書こう』なんて思ってないやつの多さにゃうんざりだぜ。まさかお前がそんな方向に行っちまうなんてなぁ……」
この時点で、ボクの中での彼は『知人A』になった。
「あんまり純文学の壁が高いから挫けちまったのか。だったらお前は書き手失格だな。アハハハハハっ!」
なにがそんなに面白いのだろう。まあ、『知人A』の言うことに構うのは無駄というものだ。
「まあ俺はまだまだ挑戦してやるぜ。身を堕としたら終わりだからな。お前が挫けた分まで頑張ってやるよ! アハハハハハっ!」
だからなにがそんなに……いけない、考えたらダメだ。
「じゃあな。もう一度戻ってこれるってんなら期待してるぜ。なんせお前は――――」
永遠の『期待の新星』なんだからな。
『知人A』は何度言ったか分からないそのセリフを、この決別の時にも吐いた。そのせいで、ボクは『知人A』に思いきり構ってしまった。
胃をまるごと吐かせるくらいまで何度もなんども殴り、蹴ってやった。二度とボクの前でその言葉を吐けなくなるように。覚えていようなどと思えなくなるように。
動けなくなった彼を見下ろした瞬間、ボクの体にまとわりついたのはすっきりとした解放感ではなくて、やっぱりこんなやつに構うんじゃなかった、という粘っこい後悔だった。
「二度とボクに構うな」
ボクは彼にそう吐き捨てると、最後まで消えてくれなかった気分の悪さをまるごと彼のもとに置き去りにして、そこから立ち去った。
物語は物語だ。当たり前だ。けれども、ボクもほんの少し前までは『知人A』と同じ考えだった。
物語を物語とみなさないという愚行を自分がしていたのだと気づくことができたのは、きっとボクだけに訪れてくれた運命だ。少なくとも『知人A』には訪れなかったらしい。もっとも、彼だって未来はどうか分からないけれど。
ボクの周りにはいつの間にか、『気づけていない人』が集まっていた。もうボクは彼らの類ではないし、戻ろうとも思わない。ただ、彼らとは狭い世界ではあったけれど懸命に高めあってきた。ボクが気づけたことなら、きっと彼らだって気づけるはずだ。
そう思って、ボクは彼らにも教えた。物語は物語なのだ、と。
でも、彼らは『知人X』になってしまった。ボクはそれを悲しまなかった。その資格がボクには無いように思えたから。
いくらかの時が過ぎ、ボクのもとに受賞の連絡が来た。『知人』たちは決して応募しないようなライト系の新人賞だ。
初めて自分の物語が賞を取った。
うれしかった。うれしかったとしか言いようがない。今までの時間はこの瞬間を彩るためにあったのだと思えた。
だが、直後に『知人A』の声が聞こえた。
「よかったな。これでお前は読者の快楽に忠実に尽くす奴隷になったわけだ。望みどおりだろ?」
ハッと気を取り戻して周りを見回したけれど、誰もいなかった。
書籍化へ向けた推敲の時間が始まった。担当編集に「異世界転生はもう飽和しきったジャンルだ」と言われ、そこを突き抜けられる力はあるからと励まされ、見せられた赤文字の多さに混乱して、時間をかけて世に出す準備をしてゆく時間。
はっきり言ってしんどくて、控えめに言ってかなり楽しかった。ボクはいま確実に進んでいるんだ、と思えることはなんて素晴らしいのだろう!
だから、ボクは前にも増して『知人』たちが現れることを恐れた。受賞直後の『知人A』の幻影がいつまでもいつまでも記憶から消えてくれない。なるだけ思い出さないように、思考が引きずられないように、逃げているのではないと自分に言い聞かせながら準備に没頭した。
ボクはちゃんと上がってゆけている。ボクにはもう負い目に感じることなどなにもない。そんなことを考え始めれば楽しさも偽りに変わってゆくことを、ボクは分かっていた。分かっていて、止められなかった。
完成稿を仕上げ、担当編集に「よく頑張った」と、今までの静かな厳しさが嘘だったかのような力強い声で褒められた時は、こんな時くらいこれまでのことを全部忘れて『今』に満たされたいのに、と心の中で嘆いていた。表側にはうまくマスクを着けられるようになっていたボクは、担当編集の手を力強く握って、「次も頑張りますよ!」と頼もしさを振りまいた。
これからボクの物語は紙とインクに写され、誰かの手に渡るのだ。その誰かはボクのこれまでを知らないで物語に触れることができる。それが幸せなことなのだと、いったいどれほどの『誰か』が知るだろうか。
……いや、答えはほとんど決まっている。きっと誰も知ることはないのだ。知らなくてもいいことなのだ。ボクが引き受けることですべて片付くことなのだ。
だから、ボクは再び聴こえ始めたあの声のことを誰にも言わなかった。
処女作がこれほどのヒットを飛ばすのはそうそうないことらしいけれど、ボクには売上なんて興味の欠片もなかった。
時間が経てば経つほど、まだ至れていない自分に苛立ってくる。頭が沈みきったら今度は無様にもがき始めた。決して浮上せず、しかもそうすることを自分で固く決めて、勝手に苦しんでいったのだ。
なにを懸命にやっても、どんどんクリアになってゆくあの声。沈み続けるのは確かに苦しいけれど、その声が伸ばす手に引き上げられてしまえば、ボクはきっと死にそうで死ねない最上の苦しみを味わうのだ。そう考えたらから、一連の選択に潜んでいた矛盾にさえ気づけなかった。
シリーズは続く。ボクのことにはほんのわずかも引っ掛かることなく、するりするりと。巻が積み重なってゆくのは見えたけれど、目に見えないものは見えないままだった。
ボクは物語への責任を果たした。同時に読者への責任も果たせたから、担当編集はそのふたつを並べて労ってくれた。
シリーズ完結後も他の媒体で物語は続くらしい。そんな話があったことを、ボクは覚えていなかった。番外編を書くことになっているのも、記憶のどこにもなかった。
また沈む。また沈める。まだ沈める。
それはうれしいことだろうか。正解がどうであれ、ボクの答えはもはや決まりきっていた。
とうとう、『知人A』がほんとうにボクの前に現れた。ボクが幾度も挫折した、純文学の新人賞を勝ち取って。
それまでのどんな思いも、苦しみも、痛みも、すべてが彼の勝ち誇った笑みに打ち砕かれた。けれど、そこには邪気のひと握りもなかった。
こうなることをずっと恐れていたということに、ボクはようやく気づいた。
「お前の分まで頑張ったんだぜ?」
ああそうだろう。彼は宣言したことに対しては途方もない努力ができる人間だった。
「最後はお前が俺に教えてくれた技術が助けてくれたからな。真っ先に報告して感謝すべきなのはやっぱお前のところだろうと思ってな」
ああそうだろう。あの頃のボクはお前と高めあっていた。
「あんな別れ方だったけどよ、感謝は感謝だ。お前のおかげで俺は少し変われた気がするし、今じゃ素直にお前を尊敬してる。水に流せとは言わねえから、せめてこれだけでも受け取ってくれねえか」
ああそうだった。お前はこんなやつだった。
彼は原稿のコピーをボクに差し出した。相当な文量だ。設定や資料もつけてあるという。重さが縛りをかけてくる。
「これからも頑張るからな。お前もこれだけの人気を勝ち取ってるんだから、また純文学に挑戦するのもアリだと思うぜ。もしまだその意思が……いや、お前はもうちゃんと自分の場所を見つけたんだったな」
ああそうだった。
お前はいつも、最後に必ずボクを壊すのだった。
続編の期待が高まっているという知らせを担当編集が持ってきた時、ボクはすぐにそれを書くと言った。
「えっ、いいのかい? 『今度はかつて目指した純文学の賞を目指すのでは?』なんて憶測も界隈じゃたくさんあるそうだが…………」
ボクが本当はそうしたいのではないか。読者の存在に縛られているのではないか。担当編集がそう心配していることは察していた。
「楽しいんですよ。こっちのほうが、書いていてもね」
ほんの少しだけしっとりとさせた言葉のほうが、現実味をしっかりと帯びてくれた。
「なんていうか……うれしいなぁ…………。よし、また一緒に頑張って、苦しんで、楽しもうな!」
「はい」
ボクは今なら、どんな演技者にも劣らない。
ボクが『超』がつくほどの人気ラノベ作家になる頃には、『知人A』も『超』がつくほどの人気純文学作家になっていた。
ある日、とあるトーク番組にボクと彼のふたりで出演することになった。
「さて今夜は、異なるジャンルの第一線を張るお二方に来ていただきました。それではお入りください、どうぞ!」
横並びに部屋仕立てのスタジオに入ると、観覧の客が拍手と歓声を贈ってきた。すでにメディア露出の多かった『知人A』に対するものがほとんどだったが、予めもう片方がボクだと知っていた何人かはボクに向かって大きく手を振ってきた。ボクたちはそれに応えながら、ゲスト用のソファに座った。
「私はですね、今回ばかりは上のやり方にちょっと異を唱えたかったんですよ。この組み合わせはおふたりに失礼ではないのか、ってね。ですが、おふたりとも出演を快諾してくださったとか」
司会者が促す。
「まあもともと同じ創作サークルの仲間だったのでね。もし他のラノベ作家さんだったらお断りしましたよ」
『知人A』が笑いながら言う。
「そもそもどういう理由でボクたちを組み合わせることが良くないことなんじゃないかって思ったんですか?」
ボクはおかしそうに笑いながら司会者に尋ねた。
「私はどちらのジャンルも読むんですけどね、やっぱり毛色というか、違うじゃないですか。作家さんたちの間でもお互いに異質なもののように扱っているという噂を耳にしたことがあって、もしおふたりの間にもそのような……なんていうんでしょうか……対立、のようなものがあってはと思った次第です」
「ああ、やっぱり読者の間でも噂になってるんですね。実際、けっこう公的な場でも堂々と対立してたりしますもんね」
『知人A』が相槌を打ち、ボクは司会者の言葉を笑い飛ばした。
「ボクたちだって、昔はそういうので絶縁までしたんですよ」
「絶縁ですか!? それはまた……」
観客も驚きにざわつく。
「あ、それこのタイミングでバラしちゃうんだ」
『知人A』はニヤリと笑う。
「ボクもかつては純文学作家を本気で目指して、彼といっしょに文学系の同人サークルで頑張ってたんですけど、お互いなかなか受賞までいかなくて――」
「まあ、こいつは当時から才能が違いすぎましたけどね」
「お恥ずかしい話、当時のあだ名が『期待の新星』だったんですよ」
「すごいあだ名ですね。周囲も実力を認めていたと」
「でも、どうしても最後まで残らない日々が続いて、だんだんそのあだ名が、ね……重たくなってくるんですよ。なにせ『新星』ですからね。もう新人じゃないのにってね」
『知人A』が残念そうな顔になる。
「俺も含め、当時のサークルメンバーはみんな、こいつがそんなにあだ名のことを気にしてるって気づけなくて、場のノリでけっこうからかっていたんですよ」
「それが絶縁に至った理由と?」
「いいえ、最終的にはボクが異世界転生のライトノベルを書くと決めた時でした」
ソファの前にある机の上には、ボクと『知人A』の本が並んでいた。司会者はそのうちの一冊を手で指して言う。
「それってもしかして、『砂時計の観測者』ですか?」
「ええ。まあ、それまで純文学に真剣に、それこそ互いに命だって削ってきたのに、さっき話に出たように対立しているジャンルに転向するって話を突然したものですから、大喧嘩になりまして」
『知人A』がぴくりとわずかに反応したが、真実より綺麗な嘘だったからか、それ以上は動揺しなかった。
「そもそもそのジャンルを目指そうと思ったきっかけはなんだったんですか?」
「やっぱり、苦しみさえも楽しめるところですかね」
「……というと?」
「純文学で登場人物にとって厳しい場面を書いているときは、あっ、これはボクだけだと思うんですけれど、その時はボクまでキャラクターと同じくらい苦しい思いをするんです。さすがに死ねはしませんけど、それもできそうなほど苦しいと感じて、ボクはそれが嫌だったんです。それだけが嫌で、あとは本当に意欲たっぷりだったんですけど、そんな時に偶然出会ったんです。異世界に転生した主人公の物語と」
流れが上向きになったのを感じたのか、司会者が軽く身を乗り出し、観客もより話に集中する。
「諸事情で作品名は伏せますが、ボクはその物語にある意味取り憑かれてしまったんです。そして、まあその時には既にボクは自分で物語を書くことができる力がありましたから、同じジャンルの物語を書いてみたんです。それで――」
「書いている時に違いに気づいた、と」
やや察しがよすぎると思ったけれど、心配したほど観客が置き去りになっていないようだったから、ボクは続けた。
「はい。どうして違いが生まれたのかは分かりませんけど、なんていうんでしょう……そういう場面でも苦しかったりつらいのは変わらないけど、自分でそれにワクワクできたんです」
「なるほど。そういう心境の変化があったのは、当時は分からなかったんですね」
司会者が『知人A』に話を振った。
「こいつ、こういう静かでぼんやりした雰囲気は昔からで、喜怒哀楽を掴むのにもすごく苦労してたんですよ。で、あの時は言われたことがあまりに衝撃的で、余計に……」
『知人A』が苦笑いになる。
「ちなみに今はどういう気持ちですか?」
今度はボクに話が飛んできた。
「今ですか? えっと……観客の皆さんが思ったより察しがよくて驚いています」
「これは……確かに分からないですね」
スタジオが笑いに満ちる。それが落ち着いてから、司会者が手元のバインダーに視線を落とし、ボクのほうにちらりと目線をよこしてから、資料を読み上げ始めた。
「絶縁期間のあいだに『砂時計の観測者』で第二三回雷撃ライトノベル新人賞最優秀賞を受賞され、これが大ヒットとなり、シリーズ累計部数が雷撃文庫の新人の処女作では断トツの記録を打ち立てた、と。やっぱりすごいですね」
「ありがとうございます」
「そしてこの頃……」
司会者が『知人A』のほうをうかがう。
「俺ですか? 『砂時計』シリーズが完結するまでに10回は公募で落選してました」
『知人A』はしみじみと懐かしんだ。
「やはり、なにか刺激になりましたか。かつてのライバルのこれほどまでに大きな成功というのは」
「そりゃあもう。最初のほうこそ『ライトノベルじゃねえか』ってバカにしてたんですけど……あっ、これ業界に影響出そうなんでカットで――」
「いえいえ、ここはそういうギリギリのところを出してもらうところですから」
「思いっきりアウトなんですって……」
観客が笑う。
「ともかく、さすがにあれだけの人気を獲得したとあっては、俺だってどうしても気になってきて、とうとうある日書店に行って、まあそこでも結構悩んだんですけど、結局好奇心に負けて買っちゃって。そこからはもう怒涛でしたよ。家にも急いで帰って、ページをめくり出したら止まらない。読み終えて本を閉じた時にようやく気づいたんです。『ああ、やっぱりあいつの書く物語だ』って」
「ライトノベルでも――」
「分かったんですよ。見えたんですよね、根底にあるものが。ここだからこそ活きるものだったということにようやく気づいて、で、絶縁になった時に俺が言っちゃったことを思い出して、もうたまらなく申し訳ない気持ちになりました」
「なんて言ったんですか?」
「いや、もうそれは勘弁してください」
『知人A』が困ったように両手を振る。
「さすがにあれは他人に聞かせるものじゃないです」
ボクが援護すると、司会者は少し残念そうに追及を諦めた。
「まあ、とてもひどいことを煽るようにして言ったんですよ、あの時の俺は。だから後悔するのと同時に、自力でちゃんと自分を活かせる場所を見つけたこいつのことを尊敬して、じゃあ自分はどこがそうなんだって考えて、試しにコンスタントにしていた公募への応募をやめて、いろんなジャンルに触れてみたんです。ライトノベルだって書いたし、ちょっと離れて漫画なんかも。そうしてると今まで自分が物語をいかに狭く見ていたかってことを思い知らされました」
「その後は……」
「ええ。その時間を経てから、改めてどこだったのかを考えたら、やっぱり純文学だな、と。でも、今までとは書いているときの余裕……と言ったらちょっと誤解されそうなんですけど、そういう感じのものが全然違ってきていて、書くという行為に今までになかった快感を覚えるようになってました」
「そこからですね。ああよかった……。この資料、そこからのことしか書いてなくて……」
ボクたちは同情含みの笑いになった。
「その後、『どこだ』で第六〇回日本文筆会文学賞の金賞を受賞。書籍化されると、開放感あふれる……これって先ほどの話でいうところの『余裕』に起因するのかもしれませんね。開放感あふれるストーリー展開で、主に若年層からの熱い支持を得ました。これはもうみなさんご存知でしょう。『若者の読書傾向に新たな風が入ってきた』と某紙が見開き特集を組んだのがこの時期でしたね。社会現象にもなりました」
「これはもう偶然でした。そういう時代に生まれたからこそ、です」
『知人A』はどうやらこの反響に関しては納得していなかったようだ。
「その後、『エントリー』、『いのち短し』、『おやづけ』と三作連続でドラマ化され、特に『おやづけ』はその年の民法ドラマでは最高の平均視聴率を記録しました」
「脚本家さんのおかげですね。ありがたいことです」
司会者が今度はボクに話題を振る。
「そして同じ頃ですね、メディアミックス等においても大成功を収めた『砂時計』シリーズの続編が、最終巻の刊行からじつに六年の歳月を経て、今度は雷撃社の新しいレーベルの看板として始まりました」
「担当編集にはすぐに『やります』って返事をしたんですけど、後から出てきた企画がとんでもなくて、よくこんなものをまだ実績が十年にも満たないボクなんかでやる気になったな、と思いました」
「ああ言われてしまいました……。えっとですね、そうなんです。『日時計』シリーズは『完全連動企画』としまして、文庫、アニメ、漫画、実写をすべて同時にリリースするという前代未聞の企画が組まれた作品でした。大きな話題になりましたね」
「そもそも新レーベルで打ち出すのが『最初からメディアミックス』だからといってここまでやる必要はさすがになかったと思うんですよ、ボクとしては。でも、聞かされたのが決定稿を渡してからで、なんとなく『まあいいか』って気になってしまったんです」
「その六年はどうでしたか?」
「ボクよりも企画のプロデューサーが死にそうになってましたね。そもそもどう考えても無理がある企画なのに、全部力尽くで進めてしまって、逆に六年きっかりでまとめ上げたプロデューサーには脱帽です」
「さて、この『完全連動企画』ですが、結果としては、これは成功したという認識ですか?」
「どうでしょうね。ボクとしては各媒体が持つ強みを活かせるような努力はしましたが、四つとも気に入った人は少なくて、むしろどれか一つはどうしても認めないという人がとても多かったのは意外でした」
「計算外ではあったと」
「そうですね。プロデューサーはそれが当たり前だという認識だったらしいですが、ボクはそういうものだと納得するまでに時間がかかりました」
「ですが、反響としては絶大なものがありました。批判も数多く寄せられましたが、やはり不可能なはずの企画を十分すぎるほどの形に仕上げたということで、四媒体とも見事にヒットを飛ばし、界隈では『八頭神』という愛称まで生まれました」
『八頭神』と聞いたとたん、『知人A』が吹き出した。
「これ、最初聞いたとき大笑いしましたよ。確かに『頭が四つでもこれほどのクオリティにはならない。八つだ。頭が八つあるに違いない!』って考えてしまうのも分かるけど」
「見てのとおり、ボクの頭は一つです」
頭をコンコンと軽くノックしてみせると、スタジオが笑いに包まれた。
「おふたりともメディアミックスで成功を収めていらっしゃいますが、これまで接点がなかったのはやはり……」
「えっ、いやいや、俺はむしろ今日のような日を望んでいたんですよ」
『知人A』は慌てて否定した。
「文筆会の賞を頂いてからすぐ、報告と謝罪を兼ねて家を訪ねたんです。その時も余計なことを言いそうになったんだけど、こいつは許してくれて、そこからゆっくりと昔みたいな関係に戻っていったんです」
「では、今はもう?」
司会者がボクに答えを求める。
「そうでなければ一緒に出ませんよ」
ボクはにっこり笑って言った。
「おっと! おふたりの話に夢中になってしまって、進行を忘れていました」
司会者が慌てて本来の進行に戻した。
「それでは行きましょう。『私だから教えられるスキル』のコーナーっ!」
観客の拍手とともに、最初の企画が始まった――――
「さて、そろそろお別れのお時間でございます」
観客が揃って「ええ~っ」と言った。
「では、おふたりからテレビの前のみなさんにひとことずつ」
ボクたちは互いに譲りあって、結局まず『知人A』がカメラに向かってあいさつした。
「はい、今日は念願叶ってこの番組で共演できてうれしく思っています。活力をもらった気分です。次回作は、前作からやや期間が開いてしまいましたが、まもなく出る予定なのでお楽しみいただけたらうれしいです。今後ともよろしくお願いします」
観客の拍手の後、カメラがボクに向けられた。
「ボクのほうはこれからしばらく休暇を頂くことになっています」
観客の一人が「ええ~っ」と声を上げ、笑いが起こった。
「まあ、六年分の休暇が取れたと思ったら、また活動しますので、少しだけ休ませてください。もしかしたら彼を巻き込むかもしれません」
「おいやめろ! 仕事が切れるだろ!」
また笑いが起こる。
「次はなにをしようかな、なんて考えながら気の向くままにいろいろなところへ行ってみたいと思います。『こんなところはどうですか?』って案があったらぜひ教えてください」
頭を下げると、拍手が起こった。
「今日はおふたりともありがとうございました。それではまた来週」
拍手が大きくなり、ボクたちは揃ってカメラに向かって手を振った。
さて、どんな案が出てくるだろう。まあ、どんなところでも――――
『余裕のない物語』が書けそうな場所だったら、ボクは満足だ。