有害指定プログラム (2)
バーチャル世界で得た情報を売り飛ばすついでに情報屋から紹介されたのは“運び屋”の仕事。
息の詰まるようなお使いの最中、タクスとリラの乗る車の前に何者かが飛び出してきた。
そいつは全身が金属的だった。
リラが着込んでいる薄くしなやかなボディスーツとは違うタイプの全身を覆う装い。
硬くまっすぐな線で構成されたムダのないシルエット。青白い光沢を放つフルプレート・メタルスーツだ。
頭も目元までヘルメットで覆っていて、両目はスリットの影に隠れている。鼻下から顎にかけては露出しているものの、シリコン皮膚の質感ではなく金属的だ。
金属を頭からつま先まで隙無くまとったメタル野郎が空の右手を腰の辺りにやる。
右大腿の装甲が蓋のように開き、中から鎧と意匠を統一された銃が抜かれた。
それと共に、野次馬達は悲鳴を上げて逃げていく。
俺たちの車を中心にして、人波が音を立てて引いていく。
だが、波に逆らい、数人の男が懐から光線銃を抜きこちらへ走ってきた。
一様に背広で身を固めた男たち。“監視役”の連中なのだろう。
「やってやる!」
「やってやるぞ!」
左右の歩道から口々に叫びためらいなく発砲。
銃口が光り、光の筋がメタル人間に直撃。青白い装甲に火花が散る。
そいつは光線銃にビクともしなかった。
顔面に刻まれたスリットから二つの光が漏れる。文字通りの眼光だ。
メタルの襲撃者は、俺たちの方に向けていた銃口をまず右へ向け三回トリガーを引いた。
「がぁっ!パワーが違いすぎる!」
“監視役”の男が三人、あっという間に胴体のど真ん中を打ち抜かれ歩道に倒れる。
「なんのまだまだぁ!」
怯むことなく、対岸の男たちが光線銃を連射。
その攻撃は無意味。襲撃者の左肘先から光の壁が浮き出して光線を完全に防御した。
メタルの指がトリガーを四回引くと、四人の男が一様に胸板を撃ち抜かれ歩道に倒れる。
そいつは機械みたいに精確だった。
一連の銃撃の合間に、リラは車を急速後退させ、俺はテレポートで車外へ。
襲撃者の真正面に立ちはだかった。
「お前たちの悪事はボクの『正義センサー』が絶対に見逃さん!覚悟しろ、悪党め」
わずかにエコーのかかった声は若い男の声だった。
イカれてやがる。なんとかに光線銃ってヤツだ。
イカれてるなら俺の方に注意を向けて、リラと『荷物』の乗った車を守る必要がある。
「突然銃向けてきて悪党呼ばわりか。電脳にバグでも出たか、変身サイボーグ野郎」
軽い挑発のつもりで放った一言が、メタル野郎の胸のエンジンに火をつけたようだった。
金属光沢がまぶしい身体をわなわなと震わせ、関節の隙間から蒸気を漏らし始める。
多分、こいつ今メチャクチャ怒ってる。
そう思い至ったと同時に、怒鳴り声とビームが飛んできた。
「ボクを…人間扱いするな!」
俺の視界が赤く染まる。
監視役の男たちと同じように胸のど真ん中に飛んできたビームをサイコキネシスで逸らす。
真横に軌道を変えたビームがビルの壁を焦がした。
「ボクはヒート・B・プレッシャー!!世界でたった一体の人型ロボットなんだ!!」
メタル野郎――ヒートが名乗りを上げる。
ご丁寧に両目が光り、全身の装甲に埋め込まれたランプもカラフルに点滅した。
そいつは本物の戦闘ロボットだった。
「テメー、ロボットだってンなら“三原則”とかあるだろうよ。人間襲うってのはどういう了見だ?」
妙なことを言い始めやがったが、話に乗ってやるうちに隙が見つかるかもしれない。
半分は純粋に興味があったから訊いてみたんだが。
「大原則一つ、女子供を守らなければならない!二つ、頭部を破壊されたものは失格!三つ、土の上で裸足で走り回って遊ぶこと!四つ、場合によっては抹殺することも許される!」
「三原則っつったろ!」
「どうも数字には弱いんだ」
「お前本当にロボットか?」
「なんだとォ!」
ヒートの握った銃が形を変える。
グリップと銃身が一直線に伸び、銃口からビームの刀身が出現。
光線銃を光剣にチェンジさせ、戦闘ロボがとんでもない速度で踏み込んできた。
斬撃が袈裟懸けにやってくる直前に視界が白み、テレポート。
振り抜かれたヤッパの反対側に跳び、サイコキネシスの衝撃を側面からぶつける。
横殴りにされたヒートの上半身がぐらつくが、すぐに持ち直しこちらへビーム刃の切っ先を向ける。
「いま…何をした!?」
「テレポートからのサイコキネシス!これが俺の超能力だ」
バカ正直に尋ねてきたので応じてやる。
答えを聞いた野郎の反応は、今ひとつパッとしなかった。
「超能力だと?物質電送や力場制御を使えば可能なトリックだな!」
……パッとしないどころじゃねえ。上等だガラクタ野郎。
「手品師じゃねえ、サイブリッド・タクスだ。覚えとけ」
怒りの感情を込めるほどに、視界の赤色は鮮烈になる。
俺の念じた通り、ヒートの右腕は見えない力に捻り上げられエモノを取り落とした。
「身体が動かない…!」
「だろうな!」
「負けて…たま、る、か!」
野郎が身体に力を込める。
俺も念力を集中させ全身の拘束を続ける。
正直、コイツのパワーはハンパじゃない。
ちょっとでも気を抜けば束縛を脱出するだろう。
サイコキネシス余力なし。ならば次の一手はコレだ。
「うらぁ!」
駆け寄って金属の横面に直接パンチ。
見た目通り奴の装甲は硬く、ブン殴った拳に痛みが走る。
痛覚をかき消そうと右手を振りつつ飛び退いて間合いを取る。
一方でヒートは特にダメージを負った様子は無い。
今のパンチで揺らいだのは物理力と念力の均衡だ。
俺の束縛を脱したメタルボディのロボ野郎はガッツポーズ。
「力不足だったな!やはり正義は勝つんだッ!」
光線銃剣を拾い上げゆっくりと歩くヒート。
両頬と顎を覆った装甲からシャッターが伸び、口元を完全に覆う。
大上段に振りかぶった光剣の刃がいっそう眩く発光して、一閃。
「ダイナミック!」
気合と共に必殺の斬撃が繰り出された。
――俺に背を向けた、何もない空間へ向かって。
「……どこへ消えた…!」
我に返ったヒートがこちらへ振り向く。
もう遅い。
念力パワー充填完了、目の前で間抜け面晒すイカレロボ野郎に全力サイコキネシス!
くまなく行き渡った衝撃は放った俺も驚くほど凄まじく、奴の全身をバラバラにして吹き飛ばした。
道路のど真ん中に胴体だの両腕両脚だのが散乱。
「ちょっとやり過ぎたかな…?」
バラバラになったヒートの体は断面が妙につるりとしている。
関節が最初から繋がっていなかったように見える。
「電磁ジョイント関節…サイボーグ体にはまず使わない。彼は本当にロボットだったのかもな」
車から降りてきたリラが、残骸を見て解説を加えた。
「最後あらぬ方向へ攻撃していたようだが、AIに不具合でも起きたのかな?」
「いや、そいつは俺の仕業だ」
超能力の使い過ぎでふらつく俺に肩を貸しながら、リラが小首をかしげる。
「念写だよ。直接ブン殴った時、野郎の目玉に“後ろに回りこんだ俺”の映像を念写してやったんだ」
説明を聞いたリラが突然真顔になり、眼鏡ごしに俺の目をじっと見てくる。
こちらもついまじまじと目を合わせてしまう。
改めて見ると、こいつ本当に美人だな。
「キミは本当に、超能力者なんだなぁ」
電脳の疲労も手伝ってか少しボーッとしてきた所へ、リラの感心したような言葉が投げられた。
思わぬ角度からのコメントで、一瞬理解が遅れてしまう。
無性に気恥ずかしくなり、何か気の利いたことを言おうかと考え始める。
が、思考は中断。
休む間もなく緊急事態が発生したのだ。
足元に転がっていた戦闘ロボ・ヒートの手足や胴体から飛行機のような翼が生え、ひとりでに宙を舞い始めた。
俺たちが声を上げる間もなく彼の首から下の“部品”たちは再結合し、元通りのメタルボディに。
首無しメタルボディはつかつかと歩き、道端に転がっていた自分の頭部を拾い上げる。
そして帽子を被るように何事もない所作で頭部を胴体に結合させたのだ。
“合体”を完了させたヒートの両目が再び光をたたえ、俺を睨む。
「やってくれたなサイブリッド。もう油断は…うぐっ!?」
と思いきや怯んだ。俺、まだ何もしてないんだけど。
「な、なんという破廉恥な…」
関節から蒸気を噴出しながら後ずさるヒート。
しかも微妙に聞き捨てならないこと呟いてんな。
「悪党の次はハレンチだぁ?」
「こ、このような公の場所で…女性と、そ、そのように密着するなどとは…!」
「……はぁ?」
どうやらコイツ、リラに肩を借りている俺の状態にうろたえているらしい。
いまどき珍しい童貞力だ。ちょっとだけ好感度上昇。現状マイナス48くらい。
「これでは攻撃できない…タクス、この決着はまたつけるぞ!」
「おい、ちょっと待て!俺を悪党呼ばわりする理由もついでに教えてけ!」
「…悪事に加担する者はすなわち悪党だ!この世の悪をボクの正義センサーは見逃さない!」
それだけ言い捨ててヒートは大きく跳躍、青白いメタルボディはビルからビルへと飛び移り何処かへと消えていった。
*
車に戻った俺は、再発進の準備をするリラに提案する。
「“中身”を見てみよう」
ヒートは荷物の正体を知っているかのような口ぶりだった。
奴は確かに悪事と言った。
思い返せば、監視役の連中はためらいなくヒートに向かって発砲していたのだ。
そういう連中が必死になって扱うモノなのだ、これは。
「思ったんだけどよ、同じ“関わる”んでも切り口があるよな?」
「……悪事に手を染めるのか、そうではなく妨害するのか、という事か?さっきの『彼』のように」
察しの早いリラに頷いて続ける。
「アレは極端過ぎるけどな。俺たちは裏の世界で生きていこうとしてるし、それしか無い。だけどさ、俺は流されるままで居るつもりは無いよ」
お前はどうだ、リラ。そういう視線を向けると、彼女も頷いた。
「アタッシュケースを『透視』してみる。機械を使うんじゃないから連中にはバレない」
視界が一瞬青く染まると、銀色のケースが透けて中にぎっしりつめられたブツが鮮明に確認できた。
今、俺たちのサイボーグとしての通信能力は監視されている。
俺はつとめて小声で、見たままの形をリラに伝える。
「掌より小さいサイズの、基盤?みたいだ。ど真ん中に真っ白いチップが積まれてる。そいつがこのカバンにみっしり詰まってるぜ」
透視結果を聞いたリラの表情に、より一層の陰が差す。
肩口からこぼれた銀髪が俯いた横顔を半分隠した。
「ソレは『SHB』と呼ばれる電脳用のプログラム・パッチ…分かりやすい表現で言えば“ドラッグ”だ……」
苦々しく、忌々しげに、彼女は説明を続ける。
肉体的な病気は克服したサイボーグ人類にも病は存在する。電脳のバグだ。
リラのような『解析』スキルを持つ者がバグに応じた修正プログラムを処方するのが未来世界の医療。プログラム・パッチというのはつまり薬だ。
薬があるなら毒もある。
俺たちが運ばされているのは、中でもタチの悪い、いわゆるクラックタイプのドラッグ。
電脳のデータの中でも多くの部分を改竄し、強烈な快楽を引き出すプログラムキットだ。
「タクス。この世界には老いと病がほぼ存在しない。だから、死ぬ権利を主張する声も大きいんだ。こういったシロモノの存在を正当化する意見も、かなり大きい」
改竄範囲は人格や情緒なんてのを扱う中枢の部分にまで及ぶ。
そんなことをすれば電脳はまともに機能しない。繰り返し快楽を感じるだけの、人間とは呼べないモノになり果てる。
「それでも…人の生き死にまでが思い通りになってしまう、こんな虚しい世の中でも…人間を簡単に貶めてしまうようなモノを許して良い訳がないんだ!」
胸の奥から搾り出すようにその内側の思いを語るリラ。
彼女は真っ当に生身の人間として生きてきた末にハイブリッドになった。
真っ当にハイブリッドとして生きようとして、虚しさと戦いながらこうして今も生きている。
それがリラという女なんだと思った。
「だよな。それじゃあ、俺たちにとって納得できることをやろう。なあ、リラ」
*
(アミィ。アミィよ。聞こえるか――――)
(え、な、何…?頭の中で声がする…いま、どこにもログインしてないのに…)
(――お前の電脳に直接語りかけているんだ。通信が使えない状況でな、テレパシーだ)
(あー、なんだタクスか)
さすが子供は適応力高いな。遠慮なくテレパシー会話を続けよう。
(アミィは工作とか得意?)
(……人並みに)
工作というのは当然、電子工作で、アミィの言う人並みとはつまり、彼女の属する界隈の平均技術レベルってことだ。
(今から言うモノをサクッと作って、分かりやすいトコに置いといてくれ。お前の部屋のテーブルとかでいい)
*
「無事だったようですね。心配しましたよ」
“薬屋”の男が視線を注いでいるのは、俺たちじゃなく持ち帰ったアタッシュケースだ。
監視役の連中がやられたことは当然、彼の耳に入っている。
「手下がやられちまって気の毒だったな」
取ってつけたように言ってやると、ハタと首を傾げる男。
言っている意味が本当にわからない。そんな表情をした後でようやく言葉を次ぐ。
まったくもって平然と。
「ああ、気にやむことはありませんよ。部下たちには常々言い聞かせていますから」
「…言い聞かせる?」
「我々は命よりもうま味のあるシノギをやっている。我々はプロフェッショナルなんだ、とね」
答えを耳にしたリラが嫌悪感を隠すことなく目元口元を歪ませ、目の前の男を睨みつける。
男はといえば、彼女の放つあからさまな敵意を鉄面皮で受け流した。
「さて、『荷物』は届けられませんでしたから報酬は支払えません。うま味が得られませんでしたからね。ですが、襲撃者から荷物を守り抜いて持ち帰って下さいましたから…うま味分けということでノーペナルティです」
「さっきからよォ……うま味うま味うるせーな!?」
押し殺すようにドスを聞かせた(つもりの)声に、鉄面皮が無表情に切り替わる。
目の前の野郎が何か口を開こうとした時には、既に俺の視界は白く染まりテレポート。
まずは野郎の目の前へ。件のカバンを奪い、再びテレポート。
そしてアミィの自室へ。頼み通りの『品』はキッチリ完成した状態でガラステーブルの上に置いてある。
片手を軍人の敬礼のように挙げた取り急ぎの挨拶だけを残し、三たびテレポート。
売人野郎の真後ろに立った俺は、奴さんが振り返るより早くピッチリ髪を撫で付けてある後頭部をわしづかみにした。
四回目の連続テレポート。
俺自身の体ではなく、持ってきたモノたち“だけ”を、クソ野郎の脳天直撃で送り込んでやる。
「あわわわ……私の頭に何をした!?」
突然、工事現場のコーンみたく盛り上がった自分の頭頂部をさする男。
ありったけのプログラム・ドラッグを詰め込んだアミィ特製ソケットを、野郎の電脳に直接据えてやったのだ。
目の前に居るのはもう鉄面皮でもなんでもない、見苦しくうろたえる土星人モドキ。
「“した”んじゃない。これから“する”んだ。オタクの言う“うま味”とやらを自分自身で“味見”するのさ!」
俺が握っているカメラのレリーズのような道具を見て、意図をさとったらしい薬屋。
「やめろ」「ただじゃおかない」「ゆるしてくれ」…有り体な言葉を唾を飛ばして並べ立てている。
完全無視。
テレビのリモコンを操作するように、開放。
改竄プログラムが無情にも男の脳内に流れ込む。
「プロフェッショナルならよぉ、お客様に出すモノの味は知っておかなきゃな?」
悲鳴だか絶頂のイキリ声だか分からない奇声のあと、男は汚い銭で拵えたのであろう豪奢なオフィスチェアに身を埋めた。
恍惚の表情で痙攣を続けるだけになった土星人型オブジェはここに放置し、本日最後のテレポート。クサレ外道の事務所を後にした。