バナナ活躍
「ウワァォ!」
「どうしたんだ子門真人みたいな声を出して」
モニターに表示された自分自身のデータを見て、青田がテンションをいきなりトップギアに入れたような驚きの声を上げた。
「性別設定が完全に女になってる…それに電脳の容量も変わって…その一方で既存の記憶や性格、パーソナルな部分は『青田寛』のまま、か」
「ねぇねぇどういうこと?教えてお姉すわぁん」
「物凄く私にとって都合の良い状態になっているということだよ」
「そいつは良かった。やったのは俺だゾ。褒めよ称えよ」
「ああ、凄い。凄すぎる。にわかに信じがたいくらいにな…だが、事実なんだよな?」
彼…いや、名実共に彼女と呼んで良いようだ…の言葉に、ボディ全体を前傾させて頷いてやる。
「となれば、まずはキミと私の『ID』をどうにかして発行しないとな」
「ID?身分証明書みたいなモンか?」
「おそらくキミが想像しているよりずっとシビアなシロモノでね。今の世の中、IDの発行を受けていないサイボーグ体は人間として認められないんだ」
突然の人権剥奪発言に思わず黙ってしまう。
「考えてもみたまえ。この身体、本物の人間とまったく変わらないだろう?」
彼女が両手を広げてみせる。確かに、肌の質感も動きの自然さも全くもって生身の人間と遜色がない。
強いて言うなら、耳に直接貼りついた白い樹脂性の端末ユニットの存在がサイボーグ体であることをアピールしているくらいだ。
「人間と人型ロボットの差が全くないんだ。外見も機能もね。IDの発行を受けて公的に“人間である”と認められているかどうかが、この世で唯一の人間の定義なのさ」
「…IDの発行を受けないでいるとどうなる?」
「たとえ電脳が搭載されていても人間とは見なされず、『動作体』と呼ばれる。所有者の届出が必要な“モノ扱い”をされるんだ。届出をしてない動作体は処分されるよ」
「処分って…」
「その通りの意味さ。野良犬が保健所に連れて行かれるのと同じ。貰い手がつくか、スクラップ」
あっさりととした彼女の言葉にぞっとする。
たかだかそれだけの事でヒトの生き死にが変わってしまうこの世界の恐ろしさを、改めて垣間見た。
「だから何はともあれ私たちの電脳にIDの発行を受け、『人間扱い』になることだ。しかしね、青田寛も神通主税も、公には“死人”でなくちゃいけない。そこが問題だ」
わざとらしく首を捻る彼女に、オモチャみたいなボディ全体を使って俺も頷く。
あらましは分かった。
先だっての女殺し屋の襲撃がもたらしたのは「青田寛という人物の死」と「神通主税は追われる身だ」という二つの事実。
ワケが分からないままハイブリッドとか言う電脳サイボーグに仕立て上げられた俺。
そして発揮した超能力の強力さ。
ハイブリッドへの移行が国家事業だという話からして、少なくともそれくらい大きな規模の「連中」がコトを仕組んでいるのは明らかだ。
バカ正直に公的なID発行を申請しようものならアッと言う間にゲームオーバー。
「俺の電脳はこのボディから引きずり出され、緑っぽい培養液に充たされたカプセルに放り込まれて研究や実験に使われるんだろうな」
「…培養液?」
「あ、ないの?」
培養液は無いらしい。せっかくの未来なのに、もう少し気を利かせろよと思う。
「で、この状況をどうにかするアテはあるのか?」
「あるよ」
あるんだ……
*
「私は今日から『リラ』と名乗ることにする」
机の引き出しから取り出した予備のメガネ型端末を耳のターミナルにマウントした彼女―――リラは自分自身にも言い聞かせるようにして宣言した。
「やっぱり偽名使った方がいいかな」
「それもあるが、気分的にね。このナリで青田寛、って気持ち悪いだろ?せっかくの第二の人生だ。心置きなく謳歌したい。その思いと元の“寛”って名前をもじってリラックスのリラさ」
彼、もとい彼女の主張には大いに共感できる。
ちなみに今俺たちは、これから受けに行く『偽造ID』発行手続きに先立って仮データを設定しているところだ。
「せっかくだから俺も横文字の名前を名乗ろう。『サイブリッド・ちから』って語感が“フェイスガード虜”とかと同系統だし」
「なんて名乗るんだ?」
聴診器型の道具を俺の電脳にかざしてメガネに表示される文字列を見ながら尋ねてくるリラ。
だが、すぐには答えられない。
リキ。ネンジ。サイコ。マリク。ケイシ。テンコー……
頭に浮かんでくる名前はどれもパッとせずしっくりこなかった。
「リラ、お前が考えてくれよ。元医者だろ、インテリだろ」
「別にかまわんが…そうだな……」
言われるがままに少しの間思案してから、はたと閃いたのか表情を明るくしてリラが口を開く。
「『タクス』でどうだい」
「イイね。何か由来とかあるのか?」
「主税、税、直訳してタックス。ちょっと縮めて呼びやすくして、タクスだ」
淀みなく説明するリラ。
なんか自分の名前より若干安直じゃね?
「直訳って。俺のも何かこう、思いとか意味とか、そういうさぁ…」
「ごめん、もう登録しちゃった」
この野郎…まあ、響きは悪くないし良いか。
「IDもそうだが、キミは身体も用立てなくてはならないね」
「それもどうにかなるのか」
「なる。これから向かう『裏の勝手口』でIDもボディも揃えよう」
言うや否や、リラは歩幅に劣る俺を小脇に抱え、人目を憚りつつ青田寛のオフィスを後にした。
俺たちの記念すべき第一歩…はまだ先で、まずはスタート地点へと向かい歩き出す。
目指すは『裏の勝手口』なる果てしなくいかがわしい場所だ。
*
部屋と同じく一様に白く無機質でバカでかい建物を出ると、まさしく“未来”が広がっていた。
「チューブの中を車が走ってやがる」
まさかこの目で実際に見られるとは。来てるぜ未来。
車輪の無い車が宙に浮かび、透明チューブをビュンビュン行き交う。普通の道路でもやや抑えたスピードで移動しているのが見えた。
運転手を見ると一様にハンドルの類を握っておらず、中には前すら見ず助手席や後部座席と向かい合い談笑している人まで居る。
「街中の車は全て全自動運転のエア・カーだ。手動運転の“車輪付き”はホビーか公道以外の不整地用に使われるくらいだね」
駐車場に停めてあったリラの車は残念ながらエア・カーではなかった。
「……ドライブは私の数少ない趣味でね。車輪無しの方が良かったかな。その代わり運転スキルはそれなりにあるから安心してくれ」
それでも、金属感を感じない質感のボディや洗練されたデザイン、ゲームセンターで見かけるようなコンパネの内装などは十二分に未来だった。
*
そのまま組み立てたプラスチック模型のように整然とした街並みを抜け、リラの運転する未来車はどんどん裏路地へ侵入。
行き着いたのはずいぶん薄汚れた感じの喫茶店のような場所で、くたびれた看板に飾り気のないゴシック体で“アミーゴ”と書かれている。
間違いなく、ここが『裏の勝手口』なのだろう。
何の変哲も無い開き戸を開けるとカランコロンと涼やかな音が響く。
誰も居ない薄暗い店内。カウンターの向こうに座りタッチパネル端末を眺めていた人物の視線が俺たちに向けられた。
「おやっさん、私と彼、二人分の“名札”を用立ててくれないか?」
開口一番、カウンターの向こうへ用件を伝えるリラ。
それを聞いたやや強面で浅黒い肌の中年男は、怪訝そうな面持ちで当然の疑問を口にする。
「…アンタは?」
「青田寛だよ。今後はこの身体と電脳でリラと名乗るから、よろしくな」
リラは経緯の説明とか証拠を見せるとか、そういうことを一切せずただそれだけを中年男に告げた。
…マジかよ。
おやっさんと呼ばれた中年男はと言えば、数秒間じっとリラを、あと小脇に抱えられた俺を見据えた。
「……そうかい」
ただそれだけ、ぶっきらぼうに答えて“おやっさん”は手元のタッチパネルに視線を落とした。
画面からうっすらと文字や図が浮かび上がるように表示されているパネルを数回タップしてから、男は再び愛想の欠片もない声で一言。
「仮データは?」
「入力済みだ」
「そうかい」
点々としたやりとりの後、突然俺の視界に「ID登録 完了」の文字列が表示された。
「済んだぞ」
どうやら今のが偽造IDの発行手続きだったらしい。
同じタイミングでリラの方も手続きが完了したようで、カウンターに俺のボディを置いて自分の端末を何やら操作している。
真っ白いカード状のそれは彼女のサイフだ。
「あと、こいつ用に汎用ボディも頼みたいんだが」
手数料の支払いを終えたリラが、傍らの俺に親指を向けて言う。
彼女の話し方や振る舞いからして、ここへ来てこういったやりとりをするのも昨日今日の話ではなさそうだ。不良公務員め。
リラの依頼を聞き、中年男が端末に数字を表示させる。汎用ボディとやらの価格だろう。
その数字を見たリラの褐色の頬がわずかに青ざめる。
「…こんなにするのか」
「真っ当なルートじゃ無いんだから、多少は色が付く」
「よくわかんないんだけど、だいたい幾らくらいなんだ?」
「ええとな…今乗ってきた車が10台は買える」
車趣味の人間が乗り回してるような車輌が10台。
具体的な数字を見せられてもピンと来ないが、とんでもなく高額なことだけは伝わった。
「……払えんなら“仕事”を紹介してやろうか」
うろたえる俺たちに助け舟を出したのはまさかのおやっさんだ。
しかし、こういう裏社会で、べらぼうな額を稼ぐ仕事で、紹介されるのがルックスの良い女となると――
「リラ……たぶんマッサージとかじゃなくて風呂の方だぞ。大丈夫か?」
「待て。どうして私だけが身体を張る前提なんだ」
リラの切れ長の瞳から、メガネ越しに冷たい視線が飛んでくる。
思わず「ありがとうございます」と言ってしまいそうな所を、またもおやっさんの言葉に助けられた。
「そっちのオモチャみたいな兄ちゃんも身体を張る勘定に入れてあるから安心しな。やるのは“荒事”だ」
*
街外れのハイウェイは車輪付きの為の道路だそうで、俺にも馴染みのある高速道路そのものだった。
路肩に停めた車の中、運転席のリラと助手席の俺は引き受けた“仕事”の準備にかかっている。
「目標はスピード狂の成れの果て。ボディをチューンし過ぎて電脳が負荷で“イッて”しまい、以来ハイウェイの決まったコースを周回し続けているらしい」
おやっさんがよこした資料に目を通し読み聞かせてくれるリラ。
俺の汎用ボディを購入する為に紹介されたのは、「暴走した違法動作体の討伐」という仕事だった。
動作体を捕まえて処分するのはお上の仕事だが、役人をに先んじた“動作体狩り”は裏社会ではポピュラーな仕事の一つらしい。
討伐し得たボディを売却して利益にするわけだな。
だが、簡単な討伐であればそもそも役所のハンターがすぐさま鎮圧できてしまうため、裏にまで出回る案件は基本的にハードだ。
「青田…いや、リラか。アンタのスキル“解析”だったろ。荒事向きじゃないが大丈夫かい」
車の内装端末越しにおやっさんが通信を入れてくる。
ぶっきらぼうに見えて意外と世話焼きだな、この人。
「運転スキルには自身はあるが…けっこうな難物が相手らしいからこちらの“手札”も確認しておこうか」
そう言ってすっかりお馴染みの聴診器型スキャナを取り出した。
まずは自分の額に当て、メガネに浮かんだ文字列を追う。
「……ほう、これはこれは」
銀色のロングヘアが揺れ、嬉しそうな声が上がる。
ねえねえ聞いてよ、と言わんばかりに彼女は解説を始めた。
「容量が増えている。私の元々の容量と取得スキルはそのままでな。きっと“青田寛”から“リラ”になったことが影響しているんだな」
「リラが元々持ってたスキルって何だったの?」
「一番容量を割いてるのは『解析』さ。今も“やってる”だろ?自分や他人の能力や電脳の状態を詳細に読み取ることができる。私はこの能力に容量の60%ほどを割いていたから、大概のことは手に取るようにわかるぞ」
いかにも医者って感じだな。
続く説明によれば、残り40%で車輌の運転や複数言語、サイバー活動なんかを広く浅く持ってるとか。
かなり無駄なく多彩な能力を持っている方で、そこへ更に追加で容量の余裕ができたことが相当嬉しいらしい。
「おっと、浮かれてる場合じゃなかったな。私よりタクスの能力を確認する方が重要だ」
顔を綻ばせたまま、俺の“頭上”にスキャナをかざす。
「あれだけの力を使えるんだ、もうあんまり容量残ってないかもなあ」
そんなことを言いながら解析を始めたリラの表情が、みるみる驚きに染まっていく。
「……“容量ゼロ”…だって……!?」
「え、それって、俺には何のスキルも備わってないってこと?」
「違う。かなり膨大かつ深く派生するスキルが備わってる…その消費容量がゼロなんだ」
「そのスキルって『超能力』か?」
リラは無言で頷いた。
今度は俺のテンションが体ごと跳ね上がりそうになる。
「今使える能力とか分かるの?」
「わかるよ。ええと、『念動力』と『物質想造』だ」
あの女殺し屋をやったのがサイコキネシス、リラをよみがえらせたのがサイコジェネスだな。
今回の仕事で使うとすれば、サイコキネシスの方か。
「開放されてない能力もまだ沢山あるぞ…なのにこのカテゴリの消費容量は全部ゼロ…意味がわからん。わからんが、きっと君のブートが遅れた理由なんだろうな」
リラは自慢の解析能力が読み取った内容を一応額面通り受け入れてはいるものの、釈然としないものが残るようで若干首をかしげている。
「ところで、容量つきの普通の能力ってあんの?」
「ええと…『紙ちぎりのばし』容量10%?…なんだこれ」
「ああ、紙を手でちぎって長くするんだな。俺の得意技だ。ティッシュ1枚を1メートル以上にできるぜ」
「ハイブリッドは電脳化した時点で能力データを変換取得済みになるとはいえ…そんな下らんことに10%も割いてるのか…」
さっきまでとは180度違うベクトルで驚くリラ。
彼女には分かるまい。この能力は、ごくごく一時的に限られたコミュニティの中でヒーローになれるのだ。
不必要な能力は消去することもできるらしいが、せっかくなので記念にとっておこう。
*
「……メチャクチャ速ェわアイツ」
今しがた目の前を横切っていった、バイク型だったと思われる“何か”に対する俺のコメントだ。
「時速500キロは出てるな。動力は核融合エンジンだそうだ」
「仮面ライダーが乗るやつじゃねえか」
冷静に分析するリラだが、こいつも俺と同等かそれ以上に困惑している。
快晴のもと最高速でワイパーを稼動させてるのがその証拠だ。
「あの速さじゃ、サイコキネシスをぶつける前に行っちまうぞ」
「このクルマじゃ追いつけそうにないが、どうにか追いすがって相対的な速度差を少なくしてみよう」
リラは集中した面持ちでシフトレバーを操作し、愛車を発進させる。
とんでもない速さの“奴さん”に付け入る隙があるとすれば、“決まったコースしか走らない”という所だろう。
既に分かっている奴のコースを走っていると、バックミラーにグイグイ距離を縮めてくる黒いバイクのフロントカウルが迫ってきた。
「来たぞタクスッ!」
「合点だ!」
あっという間にリラの運転する車の真横についた暴走サイボーグは、パっと見は黒い大型バイクだが所々に手や頭、足の名残りが見られ行き過ぎたカスタマイズの成れの果てであることが分かった。
狙うは車輪。
視界に赤みが差し、サイコキネシスが発動する。
黒いタイヤに俺の意識が引っかかる感覚。
が、初めての手ごたえはすぐにウソみたいに消え去った。
車輪に“何かが引っかけられた”ことを察知したターゲットが急加速、ハイウェイの彼方へ消えていったのだ。
「刺激を与えると更に加速するのか!?」
「…もう一回だ!“触る”ことは出来てンだ、次はうまくいくかもしれない!」
それから十数回、黒いアイツがやってくる度に同じ事を繰り返したがいつも寸でのところで取り逃がす。
あと一歩なんだ。あと一歩前へ踏み込めれば捉えられるハズなんだ。
そんなことを考えているうちに、また“アタックチャンス”がやってきた。
――届け!
視界が赤み、サイコキネシス。黒いバイクが急加速して小さくなっていく。もはや見慣れた光景。
それでも念力の手を前へ前へと伸ばすようにして一心に念じる。
――――届け!!
今まで赤く染まっていた視界が外側から白い光に包まれたかと思えば。
俺たちの車は、さっきまでならとっくに米粒ほどの大きさになっていた筈の暴走サイボーグの後部を捉えていた。
「タクスッ!オッ、追突!オカマ掘る!私はじめてオカマ掘っちゃうゥゥゥ!!」
「アクセル緩めンなよリラ!ブッ込めェ!」
激突覚悟で念・力・集・中。
が――ダメ。夢にまで見たピキピキドカーンはまたしてもならず、それどころか未体験の電気的衝撃が俺とリラを強かに打った。
コントロールを失った俺たちの車は後方へ吹き飛ばされる。
何やらやかましい感じの色合いにボディ全体を点滅発光させながら、狂走二輪はまたしてもハイウェイの彼方へ消えた。
「何だ今の!?まさかあいつも念力を…」
「そんな出鱈目なコトできるのはキミくらいだよ!『電磁バリヤー』を張られたんだ!」
*
「ただでさえクレイジーなスピードなのに、近付けばバリヤーか。難物だな」
闇雲にやっても一向に目的は果たせないことをさとった俺たちは、車を路肩に停め作戦会議。
「ところでタクス、さっきの何だ?」
さっきの、とは一瞬で暴走野郎のケツにつけた“能力?”のことだ。
リラは問いかけると同時に俺の電脳を解析し始めている。
「へえ…『瞬間転移』だとさ」
「まあ、そんなトコだろうよ。しかし、近付いた瞬間に弾き飛ばされるんじゃあ折角テレポートしてもなあ」
「……一捻り加えよう」
*
と言う事で、俺たちはハイウェイにニセの“ネズミ捕り”を設置したのだった。当然無許可だ。
「さあ、どう出るスピード狂!」
張り切ってハンドルを握りスタンバってるリラ。
彼女の発案に付き合ってはみたが、多分コレ無理だぞバカ女。
そうこうしている内に件のかっとび野郎のご登場だ。
ぐんぐん突っ込んでくる。突っ込んでくる。突っ込んでくる!
「気をつけろキミぃ!そこにオービスがあるぞ!」
ウィンドーを開いて身を乗り出したリラが、あろうことか肉声でバイク型サイボーグに叫んでみせる。
ありえない――大真面目にこんな事やってるリラも、それで律儀に減速した暴走野郎も。
「チャンスだタクス!」
「お、おう……」
急かすリラが助手席に据えていた俺を持ち上げ、意味も無く奴さんに向けてかざす。
そういうアイテムじゃねえから俺。
半ばヤケクソ気味にサイコキネシスを発動しようという時に、今まで前か左右にしか動いていなかった奴が始めて別の方向へ向かった。
「「跳んだーッ!?」」
あろうことか、バイク野郎はその場で錐揉み回転と共にハイジャンプしてオービスの遥か上方まで昇っていった、
空を駆けるあいつ。
大地を走るあいつ。
点滅して光るあいつ。
その様に言いようの無い既視感を覚える俺。
脳裏に思考の電流走る。
なんとかトルネード?フォーメション?通天砕?――――あ、わかった。
「俺たちも“跳ぶ”ぞッッッ!」
答えを聞かぬうちに視界が白み、テレポート。
行き先は、ハイジャンプから着地する暴走野郎の左前方だ。
「――ドンピシャだぁッ!」
さっきと同じく、自分たちを乗せた車ごとテレポート成功。
ちょうど黒バイクが着地するのと、奴の左前方に俺たちが着地するのは同時だった。
進行方向を中途半端に遮られた“後続車”がすることと言えば、当然“追い越し”に決まっている。
「すかさず!サイコジェネェェェェス!!」
意識を極限まで集中すると、視界が七色に明滅。
電脳の回路にとんでもない負荷がかかるのと引き換えに、思った通りの位置に思った通りのモノが“出現”。
完全に不意を突かれた格好の暴走動作体は、追い越し車線へ移動するや否や景気よくフッ飛んで。
ハイウェイに沈む夕日の真ん中に、黒い車体とバナナの皮が躍り出たのだった。
「“マリカー”はクラスで二番目の腕前だったぜ!」
横転したターゲットに渾身のサイコキネシスを叩き込むと、フロントカウルの内部で破裂音がしてバイク野郎は完全沈黙。
そこまでやり終えたところで、電脳全体からドッと疲労感が滲み出す。
さしずめ精神エネルギーを使い果たしたとか、初仕事”を終えて緊張の糸が切れたとか、そんなトコ。
「花京院、イギー、アヴドゥル、ポルナレフ、終わったよ――――」
あとの事はリラに丸投げして、俺は意識を手放した。
*
「三日後にまた来い」
汎用サイボーグボディの発注を終えたおやっさんが、相変わらずぶっきらぼうに納期を告げてくる。
念力によって最低限の破壊で無力化した動作体の状態はかなり良好で、相場より高いという価格で売却できた。
当初の目的だった俺用の人型ボディ購入に充ててもお釣りが来たので、リラと山分けすることを申し出た。
「ホントに良いのかタクス。私は運転手をやっただけだぞ」
「あと偽オービス作りな。お前が居なきゃニッチもサッチも行かなかったんだからさ、とっとけって」
彼女は言われるがままに自分の端末へ(金)クレジットを振込むと、端末カードを顔の横に掲げ軽く会釈した。
「おい、若ェの…タクスだったか。アンタは初見の客だから“まけて”やるよ」
と、カウンターの向こうから端末片手におやっさん。
「オマケしてくれんの?」
「ああ。カスタムパーツ一つとそれに合わせてチューニングしてやる。この中から選びな」
そう言って、野太い腕をずいと差し出しタッチパネル端末の画面を見せる。
見せられたカタログには、用途や性能別にびっしりと品名と型番が並んでいた。
ううん、見るからにマニアック。コレが自分自身の身体の部品だって言うんだからたまらないね。
「そうだな、じゃあ……足回り優先でやってもらおうかな?」
第一話に続く。