メイドロボ取り扱いマニュアル(2)
アミィ・ペパーミントの家でメイドロボたち相手にアルバイトをすることになったタクスたち。
屋敷のロボットとふれあいと言う名の悪ふざけを繰り広げる傍ら、一応はお手伝いらしきことも(バイト代をもらう手前)するのであった。
俺はその後、威勢のいい風呂屋型執事ロボに勢い良く全身を洗浄され、「ダメだこりゃ」と言う間もなく執事服再着用を強いられ、そのままアミィに電気街へ連れ出され今に至る。
数百年が経過していると言うのに、電気街は相変わらずの雑然さでもって俺達を迎え入れる。
店頭に並ぶ有象無象の部品たちはむしろ今の機械の人類の方を歓迎しているのではないか――
そんなことを考えていると、不意に店先の中年女性に声をかけられた。
「お兄さん、アミィちゃんのボディガードかい?」
実用性重視名厚手のデニム地エプロンを着けたおばさんは俺の方を見ている。
念のため、自分の顔に指を向けてみると頷かれた。
「映画でしか見ないようなカッコじゃないか。いつもは動作体を連れて来てるけど今日は人間のお供ね」
「いつもこんな感じなんスか」
「アミィちゃんはたくさん買い物していくからねえ。そんなイカニモな格好はさせてないけど。荷物持ちだろ?」
「……うん。おばさん、制御チップ15個とこのリストのケーブルください」
あいよ、と気安い返事で店主の女性が注文品を袋に入れ、カウンター越しに背伸びしたアミィに手渡す。
まるで駄菓子屋で買い食いするかのような光景だが、やりとりしているのは俺には用途不明な電子部品だ。
「……タクス、持って」
「おう。コレで何作るんだ?」
「お家の防犯メカ。この前、一台部品取りに使っちゃったの」
「セキュリティて……それまずくね?」
「たくさんあるうちの一台だから……それに、急ぎの用事だったから」
自宅の防犯に勝る用事って何だろう。
そう考える俺の頭の中を覗きでもしたのか、アミィが前髪の奥からじっと俺を見上げてくる。
「……だって、タクス、急いでたし」
視線が若干抗議の色を帯びていることに気付き、ようやく思い至った。
「ああ、あの時はありがとな。すまねえ、本当に助かったぜ」
急ぎの用事とは、以前俺がドラッグのクソ売人を成敗した時アミィに依頼したモノのことだったのだ。
「ん……次のお店いこ。ついでに色々買っておくの」
頭を下げる俺に口元だけで微笑み、少女は次のパーツ屋へテクテク向かった。
*
何件かのパーツ屋を回るたび、俺が持たされる袋や箱の数は増えていく。
そして、どの店先でも一様に同じようなやり取りが繰り返された。
「パーティーにでも行ってくるのかい、行ってきたのかい、アンタ。アミィちゃんは平服だけど」
「フォーマルスーツと部屋着だからだから目立つねえ」
「そういう人を従えてるとようやくお嬢様って感じだな、アミィちゃん」
いずれの店主も気さくにアミィに話しかけ、アミィの方も自然に応じる。
この街はきっと、この子にとってまさに地元なんだろうな。
ふと通りがかった隠しカメラ屋の店先。
デモ機の映りを紹介する店頭モニタに、俺とアミィの姿が少しずつ違った角度から映し出されている。
黒の高級スーツに身を固めた男と、ラフなパーカーにミニスカート姿の少女。
ちぐはぐな取り合わせと言われればその通りだった。
「タクス……執事の服似合ってるよね。ちょっと格好いいよ」
「お、おう」
いきなり褒め言葉を投げられ少々たじろいでしまう。容姿について褒められるなんて慣れていない。
だが舞い上がる気持ちになれないのは、俯いたアミィの雰囲気がどことなく声をかけづらく感じたからだ。
「アタシの格好…ヘンなのかな……」
こんなことを言うアミィに、普段だったら「むしろ俺のがヘンじゃね?」なんて返してたろうに、なあ。
*
「タクス、アミィ、帰って来たか!」
屋敷の正門で俺達を出迎えたリラは、メイドにあるまじき慌てた様子だ。
「第4客室までテレポートを頼む!一目見れば説明は不要だ!」
「いや、ちょっとは前置きしろよ」
「タクス……リラお姉さまの言う通りにして」
「……お嬢様命令なら仕方ないか」
リラとアミィ、それと買い込んだ荷物も一緒にテレポートした先には、部屋のど真ん中で異音を発する汎用メイドロボと、それを羽交い絞めにしているヒートが居た。
散乱した家具類や割れた窓に破れた壁紙を見るに、この一室でちょっとした立ち回りが繰り広げられたことは想像に難くない。
出かける前には静かな動作で俺達を送り出したメカ少女タイプのメイドロボは、今や両眼のインジケーターを狂ったようにギラギラとフラッシュさせている。
「たしかに大体わかるね」
「アミィちゃん!“彼女”が突然暴れ出したんだ!」
「私が『解析』したところ、制御AIのプログラムがウィルスによる攻撃を受けている。AIをどうにかして“直す”か、それとも――」
「頼む!同じロボットの仲間が殺処分される所はできれば見たくない。彼女を壊さずに済む方法で解決させて欲しい!」
「……と、いうわけさ」
リラとヒートが代わる代わる状況を説明する間にも、メタル両腕に拘束された暴走メイドロボの関節から大きな虫の羽音のようなモーター音がいくつも聴こえてくる。
「よせッ!そんな風に身体に負荷をかけ続けていたら無事では済まないぞ!」
自分よりも小柄なメイドロボに上半身ごとロックをかけながらヒートが呼びかける。
拘束を続けるヒートの両腕は微動だにしていないが、暴走ロボの安否を気にかけるヒートの口調には焦りが滲み出ていた。
「……ヒート、そのまま“その子”抑えてて。お姉さまも解析つづけてください」
アミィは鬢の髪を掻き分け、生身の人間であれば耳が在る部分に据え付けられた外部接続ターミナルに手を触れる。
バーチャル世界での活動に重きを置いてカスタマイズされたターミナルの外装が展開し、大小様々なアンテナや冷却フィンの類が耳から後ろへ向かって自動的に伸びた。
羽交い絞めで固定されたメイドロボの額にランプの明滅するベーゴマ大のメカを吸盤でくっつけると、ターミナルから生える一番大きなアンテナがひとりでに根元からウネウネと動く。
「ポート開放、完了」
明滅していたランプが緑色の連続発光に変わる。
アミィのターミナルで輝くランプも同じ緑色だ。
「……アタシがAIにダイブしてウィルス駆除してくる。タクス、着いてきて」
「え、俺も行くの?」
「いくの」
「なんで?」
「……いいから!」
アミィお嬢様の剣幕に引っ張られ、俺は『魔法使いアミィ』のお供もやらされることになった。
*
「さ、責任とって後始末よ!」
味気ない黒地に緑のグリッドが走るメイドロボのAI世界で、バカでかい魔法の杖を振り回し意気揚々とするアミィ。
「責任ってなんだよ」
「この子がウィルスに感染したのはアタシたちが屋敷にセキュリティ・ホールを作っちゃったからなの!」
「自衛できないヤツにはネットワークに接続させなきゃ良かったんじゃねえの?」
「もう、分かってないわね!」
勝手に盛り上がって勝手に苛立ち始めるアミィ。感情を全身にあらわし、ややオーバーな身振りの度に虹色メッシュの髪や魔女っ娘コスに包まれた胸やらがフワフワ揺れる。
つくづくリアルとバーチャルでは見た目も性格も変わる奴だ。
「犯人はきっとナノマシンを送り込んでウィルス・プログラムのレシーバーにしたの!イマドキ、ネットに繋がなきゃウィルスに感染しないなんて思うのはお間抜け様よ」
軽く罵倒しながらも、アミィは目の前にサンプル画像を表示して『レシーバー』のモデルを見せてくれる。
図解つきの説明によれば、よくあるのは蚊のような超々小型ロボット。
家屋に侵入し、標的にとりついて悪性プログラムを侵入させるポートの役割を果たすらしい。
対抗する為のセキュリティメカも、蚊取り線香や殺虫灯などに良く似ていた。
「だからセキュリティメカをパーツ取りに潰しちゃったアタシと、そのキッカケを作ったタクスの責任!これでよくわかって!?」
「わかった」
「なに突っ立ってるの!?中枢部へ侵入するわよ!」
頷こうとした矢先に、かなり離れた所からアミィの声。
黒緑の地形に唐突に生えた扉の傍に立ち、腕を振って俺を急かしていた。
彼女の速さはバーチャル世界では俺のテレポート並みだ。
「その扉って普通に開くのか?やっぱりパスワードとか……」
「鍵なら持ってる。この子の所有者、ウチなのよ。当然でしょう」
アミィが掌を上に向けると、何もない場所から見たままのカギが降ってくる。
扉の鍵穴にパスワードがバーチャルアイテム化したカギを挿入。が、開かない。
「まあ、それもそうね。アタシだって逆の立場なら鍵を換えるわよね」
自問自答のような独り言を並べ立て、手にしたカギを投げ捨てるアミィ。
今度は自分の身長ほどある杖を両手に構えた。
「クリエイト・ツール」
呟いた彼女の頭上から再び何かが降ってくる。
キャッチしたそれは二本の小さな金属棒。先端がカギ状になったハリガネのような道具だ。
アミィが二つの金属棒を両手にして鍵穴に差し込むと、十秒と経たず扉の鍵は解錠された。
「魔法使いにかかればこんなロックは何の意味もなくってよ!」
「その技術って本当にMPとか消費する系のやつ?」
*
いくつかのセキュリティ扉をピッキングやサムターン回しで解放して辿り着いたAIの最奥。
最後の扉を開けたと同時に否応無く視界に入るのは見上げるほどの巨大なバーチャル構造物。
構造物じゃない。バーチャル怪獣だ。
8本脚のカミツキ亀。背負った甲羅からは何万条とも知れないロープのような触手が空へむかってうねり伸びている。
現実世界の感覚を当てはめるなら、全高40メートル、甲長120メートルと言ったところか。
「思ってたのと違うわアレ」
「なかなかの“力作”ね。タクス、あれは見えて?」
アミィが杖の先で指し示す先は甲羅から生える触手群がつくった山のようなシルエットのてっぺん。
ロープのような触手の先端からふた周り細い触手が無数に伸び、一人の少女をがんじがらめにしていた。
下半身は完全に触手の塊に埋められ、口に侵入する触手に抗えないよう両腕も完全に拘束されている。
「あの娘は!?」
「AIの制御中枢。あの子を傷つけずにこの怪獣を倒すのが作戦目標よ」
「この前の怪獣で戦うのか」
「あんな五分で作ったボット駆除プログラムじゃ話にならなくてよ。それに……」
会話する魔法使いは、同時に掲げた杖の先端に青白い光をチャージし始めている。
「真っ向からフェアにぶつかるなんて、アタシの流儀に反するの!」
光が弾け、カメ型怪獣の頭上で炸裂。
出現したのはバーチャルの空にどういうわけかぶら下がる銀色の構造物だ。
大きさはカメ型怪獣の半分ほど。卵型の表面はメカっぽい装甲が覆う。
「どれだけ大きくて巨大でも、所詮は一体“だけ”……それじゃアタシとは張り合えなくてよ!」
アミィの繰り出した『何か』に気付いた怪獣が、残った甲羅の触手をそちらに差し向ける。
先端が到達するより早く、銀色の装甲の一部が裂けた。
「天才魔法少女の真骨頂は複数モジュールの並列操作!とくとご覧なさい!」
銀色のそれは本当に『卵』だった。
裂け目からあふれ出すように現れた小型の虫、虫、虫。
一匹一匹は中型犬程度の大きさでしかない『それら』が空の卵からどんどん出てくる。
卵と同じく銀色の体を持ったカマキリ型バーチャル怪獣が、カメ怪獣が備える触手に勝るとも劣らない数をもって孵化したのだ。
孵化したメカカマキリは地表を列なし空に群れ、巨大な触手亀に殺到する。
襲い来る触手を鎌で切り裂きながら。
切り裂いた触手にまとわりつき、新たな侵攻ルートに変えながら。
「スゲーな、びっくりどっきりメカか」
「何、それ」
「明日、動画持ってきてやるよ」
「あら、楽しみね」
敵はこの場合、巨大過ぎた。小さく数の多い敵を相手取るには小回りが利かない。
それを補う為の触手も、動作の精巧さにおいてアミィの操るカマキリたちには敵わなかった。
甲羅の触手を全て刈り取られた後、残った部分を細切れにされ、喰われる。
卵が孵化したところから、カメ怪獣が上顎の部分を残して残らず捕食されるまで。
一連の光景は淀みない流れのように目の前で展開されて終結した。
*
「次は俺の仕事かな?」
無力化して足元に転がされたカメ怪獣の残骸を手にとる。
コイツを『透視』すれば作った奴の所へ行けるのだ。
「え?……え、ええ!そうよ!そのためにアナタを連れてきたんだから!」
何故か突然テンポを崩したアミィだが、すぐに気を取り直し俺の傍につく。
彼女が肩に手を置いたのを確認し、透視で得た情報を基にテレポートを敢行。
視界を覆った白い光が引くと、現実世界の奇妙な部屋に降り立った。
薄暗い室内、壁中びっしり埋め尽くすモニターの光が照らす片隅に、望遠鏡を直接顔面にくっつけたようなメガネをかけた長髪の痩せぎす男が縮こまっている。
室内にはこの男だけ。ウィルスの製作者はコイツで間違いがない。
落ち着いてあたりを見回すと、一つ一つのモニターにはそれぞれ違う風景が映し出されている。
「なるほど、盗撮野郎かテメー」
モニタの中は更衣室、トイレ、どこかのオフィス、会議室、プライベートやシークレットにまつわるエトセトラエトセトラ。
どの角度から見ても許される要素は皆無だろう。
指をわざとらしくポキポキ鳴らしながら盗撮マンに歩み寄る。
「おい、何ニヤついてんだ」
この状況にあって、男の浮かべた表情は怯えや驚き、怒りなどではなく喜びの笑顔だった。
「見ちゃった見ちゃった!あの魔法使いアミィって、リアルじゃ“こんなの”だったんだなぁ」
「……こんなの?」
「ヒヒヒーッ!ギャップスゲェーッ!」
裏返った声で言うそいつは、俺の後ろのアミィにレンズ型の両目を向けている。
視線にすら汚らわしいものを感じたのか、アミィは俺の背に隠れ服の裾を握り締めた。
「やかましい」
まずサイコキネシスの衝撃波を正面からぶつけ、両目の赤っぽいレンズを粉砕。
しかる後、部屋中に這うケーブルを操って変態野郎に相応しい亀甲縛りにしてやった。
「このまま通報しといてやらァ。あばよ」
最初の一撃で気絶してしまった盗撮男を天井から吊るし、変態の巣を後にする。
リアル世界に戻ってからの顛末の中、アミィは終始無口だった。
*
「お帰りなさいませ、お嬢様」
テレポートで屋敷に戻ると、メイド姿のリラが今度はわざとらしいほどのメイドスタイルで出迎えてきた。
さっきと随分違うじゃねえか、なんて言おうとした俺を押しのけアミィがリラに突進する。
そのままぶつかる勢いでリラに抱きつき、エプロンの胸元に顔をうずめた。
「あ、アミィ?」
普段から何かとリラに対するスキンシップの多いアミィだが、今の様子はいつもと違うことは俺にも分かった。
リラも、無言で抱きついたまま離さないアミィの髪をそのまま黙って撫でてやっていた。
*
後で聞いたら、あの時のアミィはちょっと涙ぐんでいたらしい。




