役立たずのガラクタ
「そもそも名前がよくない。『ドクトル』と聞いてふつう思い浮かべるのは、筋骨隆々の男だろう」
「そうですか。私は、冷酷非道でクールな殺し屋というイメージですが……」
乾は、くびをかしげる。いやいや、だって「ド」クトルだぞ。濁点やぞ。どう考えても、マッチョ――ちがう、ちがう。そうじゃない。
「じゃあ、なんで女性なんだよ……」
根本的な疑問を口にする。すると、
『私の名前の由来は、そもそも2015年にはじまった人工知能開発計画「ドクトル・プラン」から来ており――』
ドクトルが聞かれてもないのに、乾の腕からわめきはじめた。鬱陶しいガラクタだ。
「でしゃばりロボットめ……」
「そう忌々しげにつぶやくことないではないですか。私たちの会話を正確に理解し、必要とされる情報を提供する――むしろ、すばらしい科学の進歩ですよ。喜ぶべきことですよ」
乾の言葉は、無視していった。
「こいつには情報より、日本人の美徳、遠慮と慎ましさを叩き込んだほうがいいな」
「非合理的です。アンドロイドは、常にもっとも効率的な行動を検討し、それを実行します。そもそも、遠慮などというのはグローバル社会のなかでは足枷にしかならず――」
「ああ、わあった。わあった。グローバル社会での激しい競争を勝ち抜いていくすべについては、またべつの機会に講釈願うわ。そんなことより」
ドクトルとかいうガラクタ時計にちらりと視線を送る。
「こいつは、連続殺人犯を追うのに、どう役に立つんだ?」
「データの分析による犯行パターンの解析。それによる、つぎなる犯罪の予測、防止。平たくいえば、そういう効果が期待されます」
防止は俺たち警察の役目だ、といってやりたかったが、そんな些末なことにこだわっている場合ではないので、黙っておいてやる。それより、もっと大事なことを確かめておかねばならない。
「精度は?」
乾はにやりと笑ったあと、
「必要なデータさえそろえば」
と前置きしてからいった。
「――100%」
乾は自信満々に言い切ったが、鯨岡が「やっぱりな」と苦々しくつぶやいたのを受けて、
「どうしたのです? 信じられないのですか?」
と自信をあっさりと引っ込めて、心配そうに尋ねた。
やっぱりこいつは気のいいやつだ。考えかたこそちがえど、信頼できる相手だろう。しかし、青いと思う。
「君は現場を知らない」
「どういうことです?」
そのことは自覚しているのであろう。問い返しはしたものの、声音は弱々しい。
「必要なデータが揃うことはない」
乾は、あっ、と声をもらして、それから黙り込んだ。
当りまえなことを見落としていたじぶんを恥じているようだった。
「そして我々の仕事の大半は、その必要なデータを揃えることだ」
出口へとむかう。ふたりがいる会議室は狭く、乾のすぐそばを通り抜けねばならない。
「しかし、データを集約して、それを分析するのが上層部なのでしょう。ならば、その役目を――」
「そんなのは、上が考えた理想論に過ぎない。現場に足を運ばずに、集まってくるデータと机で向き合っているだけでは、真理はみえてこない。そんな方法で見つけたつもりの真理は」
だからすれちがいざまいった。
「まがいものだ」
振り返らずに部屋をでたので、乾がどういう表情を浮かべていたのか、反論したのかはわからない。
安楽椅子探偵などいないのだ。あんなのは、探偵小説家が考え出したでたらめにすぎない。現場を知らないものが、頭のなかでこねくりだした妄想だ。
「あのガラクタは励ますことはできるのかね」
とにかく、俺はあんなものと組むことはできない。
それが偽らざる心情で。同時に信条だった。