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嬉しい誤算?

 

「これが――ドクトル?」

「はい。なかなかお洒落でしょ」

 軽口を叩くのは、鯨岡とほぼ変わらないくらいにみえる若い技師。

 ドクトル開発チームの専属スタッフだそうだ。乾恭介と申します、と明朗快活に名乗った。

 じぶんの仕事に自信をもっているのだろう。だいたいの人間は、こちらが刑事と聞くと、意味もなく萎縮してしまうのに、乾にその様子はいっさいみられなかった。

 なにがなくとも怖がられ、理不尽に嫌われがちな刑事にとって、その態度は気持ちがよかった。

 そんな乾の左手首に巻かれているのは、腕時計のようなもの。デジタル時計に近い外観。

 時計より、ひと回りほど大きい。だが、最大のちがいは液晶部分が時間を表示していないところだ。「SLEEP」と無機質な文字を浮かべている。

「てっきり、ターミネーターみたいなのがでてくると思ったが」

「T―600ですかね。そこまで、進んでやいませんよ。しかも、わざわざ人型にする意味がない」

 と、乾は、肩をすくめた。

 じぶんで振っておいてなんだが、鯨岡には乾の発した言葉の意味がわからなかった。

 が、乾はそんな鯨岡にはかまわず、いまのところはですがね、と補足する。

「そんな時代が来ないことを祈るのみだな」

 想像したくもなかった。そんなのは、ポップコーンムービーのなかだけで十分だ。

「そうですか? ぼくは、SFが現実になるようで楽しみですからね」

 愛おしげに、ドクトルをなでる。

 たかが機械になにをしているんだと気持ちわるい。手前の腕にからみついてるのは、ファービーかなにかか。

 ついバカにした口調で、鯨岡はいう。

「そうなったら、人類を抹殺するんだろ?」

 乾は、ふん、と鼻で笑う。

 カチンと来た。なめられてばかりではいられない。

「映画の観すぎと思ったか」

 と、咎めるようにいう。乾は慌てて、

「いや、お気持ちはわかりますが――ただ、そうなる危険性は低いかと」

 と弁解調で語る。

 怒らせたと思ったのだろう。ちょっぴり申し訳なさそうだ。先ほどの笑いも、わざとではなく、ついでてしまったといったところだろう。

 若者らしい素直さだ。とつい老成した風を装ったが、そもそもふっかけたのはこちらだし、些細なことで気分を害したので、いう権利はない。というか、ふたりはもとより同世代だ。

「なぜ、そういえる。無知な刑事にご教授してくれ」

 にもかかわらず、いまだに皮肉な口調はやめられない。じぶんの大人げなさが、ほとほといやになる。

 この男に罪はないのだ。ロボット技術の最先端に身を置く乾にすれば、鯨岡の懸念などとっくに考慮済みで、バカげたことなのだろう。その割には、まだ丁寧に説明しようとがんばってくれている。

(厳しくあたるのも酷だな)

 そう思うと、先ほどの皮肉が、ますますみっともない気がしてきて、

「いや、教えて欲しい」

 と言葉をあらためた。

「ええ――映画にでてくる知能を持ったアンドロイドたちは大抵、『人類を守ること』が第一原理として設定されています。わかりやすくいい換えれば、人間がますます幸せになるように、アンドロイドは働くわけです」

「それはそれでよさそうなものだが。というか、現実のロボットも人間の幸せのためにつくられたのだろう?」

「そうかもしれません――ただ、それをアンドロイドの根本思想に組み込むとなると、はなしが変わってきます。つまり、人類を守ることや、人類をよりよくすることは、かならずしも、人間の意思を尊重することには直結しないわけです。自由意思を認めない。なぜなら人類はあらゆる意味で、未熟な生物だから――。だから、おなじ人間同士で殺し合うバカなぼくたちを、優秀なアンドロイドが善導する。そういう考え方に陥ってしまえば、アンドロイドによる保護という名の、支配がはじまってしまいます」

「20世紀の植民地支配とまったくおなじロジックだな」

 歴史は繰り返す――その金言は事実だったようだ。

「だが、シャフト社が開発したアンドロイドはちがいます。あくまでアンドロイドはサポーター。可能性を算出し、適切なアドバイスを行う。しかし、決断するのは、人間なわけです」

 シャフト社とは、アンドロイドの基幹部、つまり人工知能をつかさどる部分を開発した日本のロボット製作企業だ。社員数がわずか100人以下の中小企業らしい。部長のはなしのあと、一応、報告書に目を通しておいたのが、さっそく役に立った。

 たとえバカにはされなくとも、不見識をみせつけるのは、癪だったからだ。

「人間が責任者であり、管理職なわけか」

「ええ。そういう認識で大枠はあっています。最終決定権をロボットに絶対に移譲しない。決断すること――それが人類が知的生命体であることの証であり、責任なのでしょう」

 乾は、思いのほか強く言い切った。

 両目は、いざとなれば設計したアンドロイドを躊躇なく溶鉱炉に叩き込めるほどの意志の強さをたたえていた。だからこそ、試すような真似をしたくなってしまった。

「それは研究者としての見解か。それとも――」

 問う。乾の思想と、研究者としての正統的な考え方を区別するために。

「個人としての、研究者としての見解です」

 もっとも私は研究者ではなく技師ですがね、と苦笑をもらす。

 はぐらかされたことに気づいて、

「うまく逃げたな」

 と再び皮肉をぶつ。

 まあ、これくらいは許してもらえるだろう。

 この間、ドクトルは、じぶんの出番を静かに待っていた。

「じゃあ、さっそくそいつを叩き起こしてもらおうか。夕方まで眠り続けているとは、まったくいい身分だ」

「社会のこれからを握っているのですから、しょうがないでしょう」

 そういいながら、乾は液晶をタッチする。すると、「SLEEP」の文字さえ消え、眠りについていた画面が明るくなった。

 乾は慣れた手つきで、液晶を操作する。

「パスワードを入力します」

「携帯電話と変わらないんだな」

「音声認識もできますが、それじゃパスワードの意味がありませんからね」

 モーターがまわるような音がして、まもなく女性的な機械音声が流れはじめた。

『システムを起動します』

「ごきげんよう、ドクトル」

 乾の言葉にドクトルは、

『ごきげんよう、乾様』

 と涼やかな声で答えた。

「今日は君に紹介したい人がいるんだ」

『紹介ですか。さて、どなたでございましょう』

「君のパートナーになってくれる人だ。失礼のないようにね」

「かしこまりました。乾様」

 コミュニケーションをとっているようだが、乾は手元の時計に話しかけている。傍からみれば、なかなかに酔狂な光景だ。

 そんなふたりのやり取りを眺めながら、だれともなく、鯨岡はつぶやく。

「驚いたな……」

「ええ。音声認識も完璧、ふつうに会話するうえでは人間と変わりませんよ」

「――女だったんだな」

「そこですか……」

 乾は、この日何度目かの呆れ顔を浮かべた。


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