狸親父はころがす
申し訳ございません。遅くなってしまいました。
「ロボットというと、ドラえもんとかそういう――」
「ああ。たとえが古いのはともかく、マンガにでてくるようなロボットだと考えてもらってかまわん」
「マジかよ」
心の声が漏れる。しかし、21世紀も半ばまで来たとはいえ、ロボットが人間の仲間になるなど、そんなSF染みたはなしはまったく聞かない。そんなのは、いまをもって、手塚治虫や藤子不二雄の夢物語だと思っていたが。
「正確には、アンドロイドというそうだ。AI(人工知能)を備えた、自立支援型アンドロイド・『ドクトル』。資料にはそう書いてある」
「洒落た名前だ。きっとニューヨーク生まれなのでしょうね」
「ああ。去年までスターバックスでフラペチーノを買って、金融街の摩天楼を闊歩していたそうだ」
メタリック・シルバーのロボットが、高価な背広に身を包み、オフィスの会議室で商談をとりまとめる姿を想像する。まったく笑えない。
「でも、なんでまたこんな事件に」
わからない。自慢することではないが、都内だけでも、殺人事件など毎日のように発生している。たしかに、白いマスクの男など、特異な点はあるものの、本質的にほかの殺人事件と変わるところなどないはずだ。
「さあ。わからん。なんでもそのアンドロイドとやらの基幹部には、日本のロボット企業の技術が使われているそうだ。だから、我が国で、優先的に導入実験を行うことになったというわけだ」
「そしてゆくゆくは、すべての犯罪捜査がロボットに取って代わられる。俺たち刑事はまとめてお払い箱ですかい」
「そのときは、ロボット様のお茶くみでもさせてもらうよ」
「きっとあいつら、湯呑でディーゼル飲みますぜ」
喉の渇きを覚えて、部長のデスクにあった紙コップのお茶をごくり。油臭かったが、気のせいだろう。
「おまえには、ドクトルとペアを組んでもらうつもりだ」
「はっ――いまなんと?」
「不満なのは百も承知だ。だが、おまえのような人間とうまくやってこそ、本格的な実戦配備もできるというものだ。地方など、まだまだ旧式の人間が主流だろうからな」
「勝手にはなしを進めないでください。あとだれが旧式だ。ゴメンですぜ、俺は」
「――まだ茶くみ係に甘んじるつもりはないか」
「部長のお茶ならなんぼでも入れますがね。それとこれとでは、はなしがちがう」
入れるどころか勝手に飲んどるではないか、と部長は呆れ顔をみせる。
「とにかくこれは上の決定事項だ。君はもちろん、私にも拒否権はない。斟酌してくれるな、鯨岡刑事」
「なにかあったら上、上、上、上。とっつぁん、管理職でしょ。上と現場との調整役でしょ。決定事項だから、だけとは、あんまりじゃないですかい?」
「だから、斟酌してくれといってるだろう。それで不満なら、とっつぁんからのお願い、でどうだ」
「中年親父のおねだりなんて気持ちわるいだけですね」
「おまえが受け入れてくれないなら、俺はなんどでもそんな気持ちわるいお願いをすることになる。おまえにも、ほかの現場の者たちにもな」
「……勘弁してくださいよ」
ふぅ、とため息をつく。部長はこちらが首を縦に振るまで頼み続けるだろう。愚直に。
だが、そんなバカ正直なところを嫌いになれない。むしろ、上司として信頼できると思ってしまう。
(俺も単純だ)
首を左右に振り、仕方がないからというメッセージを動作に込める。これくらいは、させてもらいたいものだ。
「実戦配備がとん挫しても知りませんよ。半世紀遅れるかもしれない」
「ロボットに人殺しでもさせる気か。だが、そのときは仕方がない。管理職として俺が責任をとってやる。全部被ってやる。おまえに類が及ぶことはない」
「どうだか」
「信頼してないな」
「できるわけないでしょ」
「無理もない」
部長は笑い、ラークを胸ポケットから取り出す。
「ああ、禁煙になったんだったな」
タバコをしまい、席を立つ。鯨岡の側を通り過ぎるとき、
「おまえを信用してのことだ」
と鯨岡の肩を強く叩いた。
喫煙所へとむかう後ろ姿をみつめながら、鯨岡はつぶやいた。
「禁煙になったのなんて、三年もまえのことでしょ」