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殺人者は消失する

 鯨岡(くじらおか)(けい)は事件の知らせをメトロの車内で聞いた。部長からの着信。ハンズフリーモードで応答する。

「白いのだ。ついにうちにもでた」

 右のイヤホンから部長の野太い声が聞こえる。

 念波(サイレント)伝導(マナー)モードに切り替えて、応答する。まわりの乗客にたいする配慮からだ。

「どこです」

「池袋だ。女子高生がやられた」

 苦虫を噛み潰したような声で部長がいう。いまごろ署のデスクで眉間に皺を寄せているにちがいない。

「――今度は池袋ですか」

「ああ。白いのは東京であれば、どこにでも出張可能のようだ。いまどきデリヘルでもピザ屋でもそんな親切なことはしてくれない」

「うちとは大違いですね」

 警察は縄張り意識が強い。よその管轄で勝手な真似をしようとすれば、上司に怒鳴り込みがはいる。

「やかましい。だが」

「この分だと、次の犯行エリアを特定することもむずかしい」

「ああ。ここで打ち止めにでもなってくれないかぎり、警察が網を張るのは厳しいだろうな」

 そう悠長なことをいっている場合でもないがな、と部長はつぶやく。

「一応、本庁のほうで、新しい情報(データ)分析(アナリスク)方法(メソッド)を試しているようだが……」

分析(アナリスク)? 統計屋でも出張ってきたのですか?」

「いや、彼らの管轄ではない」

 本庁では、ITテクロジ―の進歩を受けて、ネットの海に転がる大量の情報を分析する統計課を数年前に設立した。アナログ人間である鯨岡にはよくわからなかったが、ネット中に転がるビッグデータを集めることにより、重大犯罪が起こる場所をある程度、特定できるそうだ。

 しかし当然、その効力により疑問を抱く刑事もいて、統計課の存在自体を快く思わない人間も多い。鯨岡もそんな時代遅れ(アナクロニスト)にひとりだ。

「ならば、もっと上ですか?」

「――ああ」

「本庁(お偉いさん)は、魔法かなにかと勘違いしているのではないのですかね」

「その可能性は高いな」

 もっとも俺にも、おとぎ話のようにしか思えないがな、と部長はおどけた。

「同感です。インチキですよ、あんなのは」

「そういうな。俺たちは、俺たちのやり方をまっとうするのみだ。上の狙いがなんであってもな」

 内心忸怩たるものがあるのだろう。細かいことを置いておいて、大枠だけをいえば、統計課が捜査に介入するということは、現場の刑事たちの権限を制限することとイコールだ。

 叩き上げの部長が、それをよしとする道理はない。

「利害が対立しないことを祈りますよ」

「まったくだ」

 そういって部長は咳払い。それをきっかけにして、話題を事件へと戻した。

「日本橋、葛西、池袋――とこれで三件目ですからね」

「マスコミもいま以上に騒ぎ立てるだろう。そうなれば、都民に混乱が広がるのは避けられない」

「情報をストップすることは?」

「無理だな。現場は池袋駅の目の前。それも殺しは白昼堂々行われた。いまごろ電脳(サイバー)空間(スペース)はこの話題でもちきりだろう」

 ためしに端末を開いてみる。若干、苦労して、電脳空間を呼び出す。

部長は予想(懸念?)は的中していた。ホットワードに「池袋」が入っている。

 もう一点、気になることがあった。部長が「白昼堂々」といったことだ。この時間に連絡があるということは、昼間の犯行であることは予想していたが、その場合、いままでのケースとは異なるということになる。

「有楽町のサラリーマンは二十三時半ごろ。葛西の主婦は二十二時ごろ。なぜ今回にかぎって」

「警戒を恐れて――か。捜査を混乱させる目的もあるかもしれない。もしくは、たまたま夜が続いたというだけで、べつに白いのは最初から夜にこだっていたわけではないのかもしれないな。いずれにせよ、今の段階ではなんともいえんよ」

「サンプルが少なすぎる――ですか」

「そういうことになる。犯行現場、被害者の属性、そして今回の事件によって犯行時刻もそうだが、いまのところなにひとつ共通点がない」

「――無差別殺人。あるいは、私たちが気づいていないだけかもしれません」

「だといいがな。『ダーツの旅』のように決められていたらどうしようもない」

「ダーツの旅? なんですか、それは」

「ああ、なんでもない」

 ジェネレーションギャップというやつだよ、と部長は少しだけ寂しそうな声音でいう。

「でも、昼の池袋なら目撃者もいるでしょう」

「それがな」

 ――だれも白いマスクと黒マントの人物なんてみていないそうだ。

 部長の声は平坦だった。部下に伝えながら、じぶん自身がもっとも信じられないようだ。

「そんな。おかしいじゃないですか」

「おかしいんだよ。この事件はなにもかもな」

 ため息が聞こえてきそうな声。

 引き出しにしまってある、胃薬を飲む部長の姿が想像できた。

「――とにかく休暇中わるいが、現場にむかってくれ。私もすぐに署から駆けつける」

「かまいませんよ。やつが出現しているときに、殺人課の最年少がのんきに休んでいるなんておかしなはなしはありませんからね」

 電話を切った。

 白いの。マスクマン。

 ここで尻尾をつかめるか。

 最初の停車駅でメトロを降りた。池袋なら逆方向だ。有楽町線一本でいける。

 両手で頬を軽く叩いた。そうやって気合いを入れる。休日気分から仕事モードへ。今回の事件は厳しそうだ。

 降りたのとは反対側のプラットフォームにまわりこんだ。電光掲示板によると、次の電車は、二分後に到着するようだ。二十年前ならともかくいまの電車は、JR、メトロ問わず、そうそう遅れることはない。昔は、「人身事故」だ「運転間隔の調整」だと、なんのかんのいったものだが、そんなこともいつの間にかなくなった。

 いまでは電車が二分遅れただけで、(電子)新聞ものだ。

「便利な世の中になったもんだ」

 つぶやきは、プラットフォームに滑り込んできた列車の凶暴な音にかき消された。


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