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里の奥へ奥へと進んでいくと、尻尾をぶんぶんと振り回している淡緑色の竜がいた。
「こんにちは、オビディオ」
声をかけると、ぎゅるんと首を回して更に尻尾の振り回し速度があがる。
『な、なななななんの用だ』
なにをそんなにどもっているのだろうか。
「ベルに用があって」
竜の里は内から外にかけて家長が強くなっている。弱いものは外敵から守られて然るからだ。だが例外として、里の中心には長――ベルナルドが。そしてその補佐がいる。
オビディオはまだ補佐ではなく、あくまで見習い候補として中心に居を構えている。
端的に答えるとオビディオの尻尾はピタッと止まった。
『長……? 長に何の用』
よっぽどベルナルドが好きなのか、オビディオはオフィーリアがベルナルドに関わると決まって不機嫌になる。しかもそれを周囲は叱りもしないで苦笑いするばかりだ。
「ちょっと背中に乗せてもらおうと思っているだけよ。そんな突っ掛からないで」
もう構っているのも面倒になってオビディオを通り越そうとするが、その巨体によって遮られた。
「……」
『……』
「……オビディオ」
無言の末、低い声を出すとオビディオはビクリと揺れた。そして次の瞬間には、慌てながら詰ってくる。
『な、なんだよなんだよ。なんでいつも長にばかり頼むんだよ。リアの莫迦』
「なっ……! 仕方ないじゃない、最近なんでか他の竜は乗せてくれなくなったんだもの」
一年ほど前からベルナルド以外の竜に騎乗を頼むと、やんわりと断られるようになった。最初はたまたまだと思っていたが、悉く振られるにつれ泣きたくなった。
嫌いになったのかと涙を堪えながら訊くと皆、驚愕し全力で否定した。だからその言葉を信じて引き下がったが、未だに納得はしていない。
オフィーリアは、知らない。
それは一年前に人間の騎乗許可が下りたオビディオが、リアみたいな重たい人間を皆が運ぶのは可哀想だから俺が運んでやらなくもない、とあくまでどうでもいい態度を崩さずに命令した為だと。当人たち以外の人間も竜も、あまりの不器用さに憐憫さえ感じたということを。
思い出してまた涙が出そうになり俯く。すると、微風が顔を撫でた。
顔を上げたそこでは、オビディオが目を逸らしながら口をぱくぱくと開閉を繰り返していた。
『あ、あー……あー』
「……何」
やさぐれながらもどうにか応えてあげると、長い沈黙の末に声が落ちた。
『乗る、か』
「……へ?」
『俺に……乗せてやらなくも、ない』
まだ少し捻くれてはいるものの、オビディオが誘ってくれたのはこれが初めてだ。
「……いい、の?」
『ガキが遠慮すんな』
憎まれ口を叩いてはいるが、尻尾はまた元気に振り回されている。ご丁寧に前足も地面につけて伏せた姿を見て、本当なのだと知る。
気付いたときには満面の笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、オビディオ!!」
片方の前足にしがみつくとオビディオの巨体が少し揺れた気がしたが気にせずに騎乗する。オビディオに乗るのは初めてだが、足場も腰の位置も左程迷わなかった。
笑みを浮かべたまま防壁魔法を展開する。
「よっし、準備完了! オビディオ、行くよ――!!」
『おうっ!!』
大きく開いた翼が勢いよく上下したせいで、少し体がずれたのはご愛嬌だ。
『で、リア。なんでわざわざ楽園まで行くんだ?』
飛行状態が安定すると、ギョロギョロした目を爛々と輝かせているオビディオに訊かれた。こんなにも喜色満面の彼は初めてなので少し驚きながらも、胸の奥の痛みを堪えながら答える。
「皆に、訊きに。……お母様の体を治す方法はないか」
オフィーリアには、人間と竜しか言葉を交わすことはできない。それでも伝えたいことは何となくわかるのか、楽園に居る友は応えてくれる。
オビディオは躊躇いながらも口を開く。
『リア、竜族は万物の頂点に立つ存在だ。セラフィーナにはそんな俺たちが考え得るだけのことをしてきた。他種族にどうこうできるとは思えない』
「それでも、わからないじゃない。最強で最高の存在が、全てのことに対して最高であるとは限らないかもしれないじゃない」
『リア……』
「【絶対】なんてないわ」
それきり、二人とも口を噤んだ。
きっと、オビディオが正しい。それでも、駆けずり回らずにはいられない。歩みを止めてしまったら、お母様の前に私が壊れる。
眼下に見えてきた楽園は、静かに【監視者】を迎えようとしていた。
だが、【監視者】は目を細め不遜に笑った。
『ほお……』
次代の長に相応しい笑みに、背の騎乗者は身を乗り出して下降先を注視する。
「えっ……」
そこに居たのは、一メートル以上一・五メートル以下の身長に、四肢を持つ存在。
「人間、の……子ども……?」
呆然としながら誰にとでもなく問うた答えは、すぐに明かされた。
……オフィーリア×オビディオっぽく見える……
ち、違いますよ!?
人間同士の恋愛ものですよ!!?←
明日は更新出来ません。
ご了承ください。