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セラフィーナは元から体が弱かったらしい。生まれたときから莫大な魔力を以て稀代の魔術師の一人として君臨しながらも、成人することさえ危ぶまれ後方支援に徹していた。
そんな体でオフィーリアを産んだ。
王妃となって目に見えて蝕まれていった体は、安楽の地へ移っても回復することはなかった。
少しずつ生命力と共に魔力が薄まっていき、今ではもう歩くこともできない。
『それでも、リアを産むことを迷ったことはなかったわ』
三年前にセラフィーナが倒れ、イシュメルにそのことを聞いた。気付いたときにはセラフィーナの横で泣いていたオフィーリアに、そう言ったのだ。
『勿論、産んでからも後悔したことはないわ。リアを授けてくれたことは、イシュとコンラッドと出会えたことと同じくらいの喜びなのよ』
幼馴染というだけでなく、強い絆で結ばれている三人。彼らは同志であり、仲間であり、友であり、家族であった。
お母様が王妃、かぁ。公爵令嬢にしてもなにもおかしくはないけど。
棚から出した一冊の本を眺めながら、ぼんやりと思う。自分を育ててくれている人たちの異質さを。
公爵令嬢として王室に嫁いだセラフィーナ。イシュメルは公爵公子にして近衛隊員として、王妃となったセラフィーナの専属護衛官として仕えた。コンラッドは成人まではジンデル王国に留学していたが、成人後はブルィギン公国に戻り大公位を継いだ。内二人は身分を捨てて人目につかない山に隠れ、もう一人もしょっちゅう側近の目を掻い潜ってはやってくる。
王妃に公爵公子に大公……なんの冗談だろう。
子どもをからかって遊んでいるだけならいいが、開いている頁に記載されている符牒は三人が持つものと一致していた。
ジンデル王家、ブルィギン大公家、ユルハ公爵家、パルトロウ公爵家。
二大魔法国家と三大公爵家内二家の紋章が、そこにあった。
身に着けている金属という金属全てにあしらってある紋章は、庶民ではとても手に入らない本という高価なものに載っている。とてもじゃないが、遊びであの三人がこんなに金をかけるとは思わない。
そしてなにより、三人の仕草一つ一つから漂うものは、高度な教育を受けて尚且つ本人の経験と格から生まれるもの。上に立つ者が持つ独特の雰囲気。
蘇芳や緋陽に似ているけど、やっぱり違うな。
久しぶりに前世のことを思い出す。けれど、なにも感じない。
緋陽は兎も角、蘇芳や多くの兄弟弟子たちは大切だった。それは違いない。
それでも私は、過去に執着することが出来ない。
おかしいんだろな、やっぱり。
前世で幾度となく言われた記憶に苦笑する。私は、とことん感情が乏しかった。
恋愛は勿論、友情すら、抱けていたのかわからない。だが今世になって、ようやく家族に対する愛情は知ることができた。
お母様……
セラフィーナがやせ細り命の灯が小さくなっていくことを感じる度に、苦しくて泣きたくてどうしようもなくなる。逝かないで、と切に願う。
お母様が逝ってしまったら、イシュもコンラッドもなにをするかわからない。私も、お母様がいない世界なんて想像がつかない。
人の死をこんなにも恐れるのは、初めてだった。
前世の最期で、蘇芳が何故あんなにも激昂していたのかを、今になって理解する。オフィーリアがセラフィーナの死を恐れるように、蘇芳も翠の死を恐れてくれたのだろう。
「ありがとう」
気付いたときには、ポツリと呟いていた。
もう直接伝えることは適わない。それでも、【翠】を愛してくれた人へ精一杯の感謝を籠めて。