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禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
一章 相生の正妃
6/39

5

気管支炎×上気道炎にゼーハー言っておりました。

今はだいぶマシです。

 地面を割るような勢いで叩く雨は、それ以外の音を許さずに世界を埋め尽くしている。


 それなのに、私には聞こえない。


 窓から見えるのは、まだ夕方なのにすっかり暗くなった庭。オフィーリアの生誕の際に植えられた木は枝葉を中心にザワザワと揺れる。繊細な細工が施された丁寧な仕事が見える卓と椅子は視界の隅まで転がっている。緑の芝生を隠すように降り積もるのは、季節の移ろいを感じさせる木葉。それら全ての原因となっている豪雨は普段なら必要に迫られなければ雑音にしか思わないのに、今は唯一の逃げ道と化している。


 何度目かわからない深い溜息を吐く。そこに含まれるのは心配や失望からでなく、否が応でも感じる緊張。そしてそれを解す為の無意識下に意識してのもの。


 ……怖かった。


 自分が思ったことに、嫌悪で溢れた。


 見ないふりをしていた。だけど、嵐も沈黙も私を逃してはくれなかった。

 得体の知れないモノに対する恐怖。知っている筈なのに知らないということは、それだけで十分に逃亡という選択肢を押し付けてきた。


 そこに更に欲望に塗れた目。アレ(・・)は、私を道具としてしか――人間とは見ていなかった。捕まったら人間としての尊厳がボロボロになるであろうことは十分に考えられた。


 ――違う。どんなに目を逸らしても、私が心の底から恐れているのは奴ではない。


 低く淀んだ声。深く濁った瞳。感情の迸っている周囲の空気。

 隠そうともしない怒気は、対峙していた【敵】を殺すことになんら躊躇いもなかった。その命を奪うことを当たり前だと思っていた。それは、公爵公子(ロベリド=ドゥーコ)と呼ばれていた男が私に対して抱いていた感情と酷く似ていた。

 圧倒的強者が捕食者へと向けるもの。それを、あの時のイシュメルは確かに持っていた。


 嫌だ……嫌だよ、イシュ……


 イシュメルを、怖いと思ってしまった。紫水晶(アメジスト)の瞳を、恐ろしいと思ってしまった。何よりも、誰よりも彼のことを。守ってくれたのに。助けてくれたのに。

それなのに私は――


「リア、入るわよ」


 堂々巡りに突入していたとき、ノックの後セラフィーナの声がした。応えていないというのに、宣言通り勝手に入ってきたセラフィーナの手には綿織物の手拭いがあった。


「かぁさま……」


 情けなくも震えた声で応えると、セラフィーナはその大きな手拭いで小さなオフィーリアの体を包み込んだ。外出着から替えたとは云え、中も外も冷え切っている体にはその柔らかさと温かさが心地いい。


「こんなに冷えていたのね。もっと早く押し掛ければ良かったわ」


 セラフィーナが軽く自嘲する声に、反射的に「ちぎゃう!」と叫んでいた。滅多に騒がない娘の姿に後ろで一瞬固まった気配がした。


「ちぎゃう……よわいのはわたち。わりゅいのはあのひと」

「リア……」


 震えて動けない私の目は公子ロベリドが地に伏していくのをただ見ていた。なにが起こったのか認めようとしないオフィーリアの体をイシュメルが持ち上げて黙って帰宅した。抱きかかえてくれているのはイシュメルなのに、恐怖を捨てられないまま。

 イシュメルは私を守ってくれた。イシュメルは私を助けてくれた。それなのに私は、圧倒的な力を持つ彼に恐れを抱いてしまった。

 異端と見られることがどれほどの苦痛かを、【私】は知っていながら。


「リア。オフィーリア」


 柔らかく耳に心地よい声が穏やかに響く。痛くならない程度にそっと抱き締められると、治まったはずの涙がハラハラと零れてきた。

 それを掬うように、目尻にいくつものキスが落とされる。

 そっと見上げた母様は、穏やかな空気に違わぬ笑みを浮かべていた。


「貴女はまだこんなにも幼いのに、自分の為ではなくイシュの為に泣くのね」

「だって、……いちゅ、きじゅつけた」


 生活に必要な小さな光や水、火以外で初めて見た魔法。それでも、イシュメルが強大な力の持ち主だということは見てとれた。

 一度の魔法を使っただけで息切れをしていた公子ロベリドに対して、イシュメルは視覚的規模だけでもその数倍。にも拘わらず、息を吐くよりも容易く操っていた。


 それには、身に覚えがある。

 妖刀を鞘から抜いたとき。伝説と呼ばれる技を再現したとき。呼吸をすることと同じく、その身を刃と伴わせたとき。

 あのとき――


「リアには、イシュの魔法はどう見えたのかしら」


イシュの魔法。イシュの魔法は――


「おおきくて、こあくて、つよくて」


 常識を、力で破ったとき。


「とってもきれーで、このままきえちゃうんじゃないかっておもったの」


 想像すら凌駕する世界で最も感じたものは、美しさに魅了されて動けなくなる恐怖。

 イシュメルの魔法は、大きくて怖くて強い。そして何よりも美しく儚かった。


 思いのままに拙く、けれど精一杯言葉を紡ぐとカシャンと陶器が割れる音がした。


「……はぁ」

「莫迦ですか、莫迦ですね。何の為に私ともあろう者が付き添って差し上げていると思っているのですか」

「う、るさ……だって今、リアが」


 ハッと顔を上げると、真上では母様が呆れた顔をしており、扉の外では聞き慣れた声が二つ言い争っていた。

 イシュメルとコンラッドは暫くそのままギャアギャアと騒いでいたが、暫くすると罰が悪そうに入室してきた。


「リア、申し訳ありません。この臆病者がダイニングで腐っていたものですから」

「なっ……!」

「はいはい、見学者は黙ってなさーい」


 パンパンと手慣れた仕草で両手を合わせて叩き、幼馴染二人を黙らせるセラフィーナの姿はいつも通りのものだった。にっこりとわざとらしく微笑んでから、愛娘に向き直る。


「リア、貴女の言った通りイシュメルの力は膨大よ。そして同等の力を誇るのがコンラッド。それを超えるのが私」


 寝物語のように教えられた事実にポカンとしていると、セラフィーナは更に言葉を重ねた。


「だけどリアはいづれ、私でさえ敵わない存在となるでしょうね」


 痩せ細ばった手が、するりとオフィーリアの銀髪を揺らす。サラサラと梳られながら見つめられるのは、緑色の瞳。


「コンラッドに聞いたのですってね」


 黙ってコクリと頷くと、目の前の儚げな美女は苦笑した。


「そんな悲しそうな顔をしなくていいのよ。こんなに綺麗な銀色に翠玉、お母様は見たことないわ」


 そうか。私は悲しかったのか。


 母様に言われたことでようやく気付く。

 そんな私に、母様は愛おしさを隠そうともしないまま告げる。


「貴女が背負っているものはとても重いから、一朝一夕に教えることはできないわ。だけど、私たち三人で守るから。私にとってのコンラッドとイシュメルが、リアにも出来るように。リア」


 ――お母様はね、王妃レゲドズィーノだったのよ。

14日に試験があるため、大阪まで行きます。

医師には苦い顔されました。←

そして過去最低に貯金も手持ちもなくてびっくりしています。

……あれ、先月今月と医療費いくらかかったっけ……泣


ここまでがオフィーリア3歳で、次からは8歳になります。

まだ一章の内ですがね。

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