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禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
一章 相生の正妃
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4

すみません、予定よりも遅れてしまいました。

 

 朝起きて早々に、森に子どもを置き去りにするとか虐待だろ。

 なにこの軽装備! パジャマに守刀だけだよ!? このままベッドでおやすみできるよ!?

 怒りのぶつけ先は、今ここ――竜の里の麓に在る森にはいない。






 小雨が足を強める中、イシュメルはその紫水晶アメジストの瞳で見据えて来た。


「オフィーリア、お前はどのくらい強くなりたい」

「いしゅよりちゅよく」


 即答だった。迷いなんてなかった。


 護りたいものは母様たちだ。それならば闘技は、内誰よりも秀でているイシュメルを越えたい。

 越えなければ、イシュメルは私を守ってしまう。越えなければ、私にイシュメルは護れない。


 私にとっては至極当たり前のことを言ったに過ぎないのだが、イシュメルは口角をあげて笑った。


「ほぉ……」


 今まで見たこともない、黒い笑みを見せた。

 それにゾクリと悪寒を覚えると、イシュメルは黒い笑みのまま私の首根っこを掴んだ。親猫が仔猫を運ぶように。


「なにしゅるの!」


 今までにない乱暴な扱いに悪寒のことなど忘れて暴れまくるが、当然ながら三歳児の癇癪程度でどうにかなるイシュメルではない。なんだなんだと窺ってくる竜の間を抜け、深い山々をも抜けると初めてくる森にいた。

 ポカンと呆けていると、イシュメルはパッとその拳を開いた。当然、私はお尻から落ちる。痛みに眉をしかめていると、奴はとんでもないことを口にした。


「ここから一人で戻って来い。馬鹿コンラッドとセフィが心配するから制限時間は夕飯まで」


 それだけ言うと、ザッと踵を返し、姿を消した。


 周囲にあるのは、一面の深い緑。たまに樹の茶色と実の赤や黄色。

 そして冒頭に戻る。






 ……知らなかった。イシュメルが本物の莫迦だったなんて。


 余計なことは口にせず、やるべきことをした上で他者のフォローにもまわる。まさに不言実行の代名詞だと思っていたのにも関わらず、まさかのこの状況。

 動植物しか見当たらない鬱蒼と茂る草花。太陽は光合成に必要な最低限しか刺さないそこは、竜の里や不可侵の楽園と云った、太陽に祝福された土地しか知らないオフィーリアには異世界と等しい。


 かと云って足を止める訳にはいかない。体は食べ物を求めているし、雨脚は確実に強くなっている。

 子どもの足で里に帰るなんて狂気の沙汰だと云うのに、イシュメルに対して憤慨はしていても悲嘆はしなかった。


 イシュメルは莫迦だけどわかっている。

 道案内は頼まずともどこからかやってきた狐がしてくれている。本当に喉が渇いたときには鳥が水分の多い果汁を教えてくれる。足が痛くなってきたら野太く長い角を持つ鹿(森の王)がキスをしてくれる。すると痛みはゆっくりと消えていくのだ。

 これが当たり前だと思っていた。だけど、違ったのだ。


 ――改めて実感してこい、己が異端だと云うことを――


 無言のまま歩いていると、頭の中にイシュメルの声がしっかりと響いた。近くにいる訳でも、言われた記憶がある訳でもない。だけど判る。これはイシュメルが私に対しての勧告。


 注意だけならここまで遠い位置にしなくても、里に近い荒野にすればいい。それなのに比較的ではあるが人の住処に近いところに置いていかれたのは、まぁ修行の一環なのだろう。……あの脳筋が。


 三歳児をなんだと思っているんだと憤りながら一気に気を引き締める。最低限の動きだけで見ると周囲を守ってくれている動物たちも警戒心を露わにして茂みの奥を睨みつける。そこから感じたのは似ている――だが酷く不快な感覚。

 ガサっと茂みから大柄な影が一つ出てきた。


 ――似ているのは、母様にイシュメル、コンラッド。

 ――不快なものは、違和感・・・


 姿を明らかにした生物は、【人間】だった。


「ひ、と……?」


 母様たちは【人間】だ。目の前の生物も【人間】だ。

 では、なぜこんなにも違和感を覚える――?

 胴に手足が二本ずつ。頭には目と耳と鼻と口。森の中に子どもがいるという現状に驚くことからも、知能もあるはず。


 必死に自分に言い聞かせるが、本能が納得しないことにはどうしようもない。逃げることもできずに固まっていると、目の前の大柄な男はゆっくりと口を開く。


「……い、ぎょ……」


 イギョ?


 なにを言っているのかわからない。言語は三人からそれぞれ違うものを習っているが、そこには当てはまらない。


 眉を顰めながら「あの」と声をかけると男の目は驚きが減り、爛々と輝いていた。

 その輝きは知っている。ただ欲しいとそれだけの物欲だ。

 隠していた嫌悪感でいっぱいになる。ふらりと私が一歩後ろに退がると、男がゆらりと一歩前に進む。


「里が近いのはわかっていたが、まさかこんなモンを見つけられるとは……人間でなくて精霊の化身だとしても、禁色を持つガキだ。陛下に献上すれば俺も」


 男の言っていることがわからない。わかるけどわからない。確かなことは唯一つ。


 逃げろ。


 震える足を叱咤し動かす。男もすぐに動き出したが、鹿(森の王)に次いで熊も出てきて障害になってくれた。男も流石に息を呑んだが、悪態を吐いた後に声を張り上げた。


「【黒土よ、我が禁色を救う道を阻む獣を埋め尽くせ】!」


 途端、熊と鹿の足元がずぶりと歪んだ。

 なにが起きたのかわからない。見開かれた目に映るのは、土に埋もれていく二匹。


 違う。こんなの違う。


 楽園でどんなに親しくしていようとも、喰うか喰われるかの場で再会したときには命を奪う。それが礼儀であり節理だ。

 そこに、命の危険が晒されている訳でもないのに惨くその命を奪う。まるで、生きていることを知らないかのように。


「やめて!!」


 目の奥を熱くしながら一番大きな声で願う。目の前に迫る男にではなく、動物を呑みこむ大地へと。


 すると、まるで願いを聞き入れたように大地は動物を呑みこむのを止めた。

 首までは埋まっていないことに緊張が緩む。男は茫然としている。

 そこに、怒気を孕んだ聞きなれた声が響いた。


「【聖なる土よ、怒りを鎮め在るべき処へお戻り願う】」


 黒土はゆっくりだが、元の場所へと戻っていく。動物も少しずつ自由がきいていく。

 先ほどまでの怒りは消えて、オフィーリアは救世主を見るように熱っぽい目を英雄イシュメルに送る。呪文を放ったイシュメルは迷うことなくオフィーリアを抱き締めた。


「リア、済まない」


 息が苦しいほどの抱擁は、イシュメルからのものにして異質だ。彼の骨ばった長い指が、私のふっくらと柔らかな体に食い込む。


「いしゅ、へいきよ。わたちはへいき」


 正直痛いが、何度も大丈夫だと伝える。イシュメルのらしくない行動の理由くらいはわかる。

 そして、正直に言うといたことを忘れていた存在が驚愕と畏怖が混ざった怒気を放つ。


「……ん、で……パルトロウ、何故貴様が生きている!?」


 パルトロウ?

 確実にイシュメルを指しているだろうその名は知らないものだ。


 チラリとイシュメルの顔を覗き込み、――言葉を失う。そこにいたのは、私の知っているイシュメルではなかった。

 凍りそうな程冷たい目に宿るは言葉の通じない野獣をどう排除するか。それだけだった。


 なにも言えずに固まっていると、なんの感情も感じられない声が地を這う。


「人違いはよしてもらおう。それよりもヒンッカ公爵公子が何故ここにいる」

「俺をヒンッカ公爵嫡子と知った上でそんな態度を取るのにお前以外いるかっ!」

嫡子フィロ? それは知らなかったな。ヒンッカ公爵(ドゥーコ・ヒンッカ)は四男が成人したら公爵位を譲るつもりだったと思うが」


 明らかな挑発に、公爵公子(ロベリド=ドゥーコ)は簡単に乗った。金銭だけが無駄にかかっていて知性の欠片もない服の胸から出したのは、紫水晶アメジストだった。


「学生時代のようにいくと思うなよ。本来はパルトロウ公爵嫡子に使う予定だったが……死んだはずの護衛官の首を陛下に差し出したらどうなるだろうなぁ?」


 ニヤニヤと下種な根性丸出しの笑みには吐き気と嫌悪しかしない。だが、イシュメルは静かに怒気を収めていく。


「相変わらず三流だな。仮に、俺が死んだ護衛官だったら、生きたまま御前に差し出すべきだ」

「てめぇを生きたまま捕えることが出来ないくらいわかる。死体だろうがあの御寵姫を守れなかったお前を差し出せば、」


 ヒンッカ公爵公子の言葉が不自然に途切れた。沈黙が数秒辺りを見たしたかと思うと、公子ロベリドはグラリと崩れた。重力に逆らわなかったのか、公子ロベリドは抵抗なく地面に顔から突っ伏す。

 そこに、怒気の代わりに殺気を纏ったイシュメルが一言だけ呟いた。


「【眩ませ】」


 ヒンッカ公爵公子の体は、目映いほどの光の中で弾けていった。

申し訳ありません!

悩んだ末に、春まではタブレットで我慢することにしたけれどもキーボードが不良品でして……

やっと良品に替えられたと思ったら二ヵ月ぶりの発作ですよ。

今回は外来だけで済んだので今日急ピッチで書き上げました。


イシュメルが(何重もの意味で)ぶっ飛んで、次はご想像の通りセラフィーナのターンでございます。

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