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パラパラと小雨が降る中、朝食を済ませてからリビングで勉強を始めた。
何故か、コンラッドの膝の上に座りながら。
「……よって、竜の里はおろか、不可侵の楽園には人は入れない、住めないと認識されています」
長い長い第一章を読み終えたコンラッドの膝をパシパシと叩く。
「らくえんにはいりぇるひとは、ふつうじゃないの?」
「いえいえ、普通ですよ? まぁ難しいことを無視して言ってしまえば、監視者たる長たちが好む生物ってことですね」
好む生物? 私が見る限りは食物連鎖を丸無視して一通りの種類が揃っていると思うのだが。……は! まさかファンタジーの定番たる敵対する魔族なんかがいて、そういうものは嫌われているのか!?
「人間は他の動植物に比べて嫌われていますからね。最古の文献から見ても、ほんの数人しか不可侵の楽園への入園記録は残っていません」
好む好まないって、種族でなく一個人毎かよ!! しかも人間嫌われてんのか!
心中で盛大に喚きながら、ふと気付く。
「……わたちたちは?」
人類史では一桁の人間しか入園していないというのに、なんで内半分近くを占める人数がここにいるんだ。
ま、まさか私たちは本当は人間じゃなくて妖精とか……
「私たちはかなり特殊なのですよ。特にリア、貴女は」
「わたち?」
いやいや、前世の記憶があるくらいで凡人ですよ。……ごめん、普通じゃないね。
もしや母様たちも口にしないだけで前世の記憶持ちなのだろうか。
仰け反るようにしてジッと見つめていると、コンラッドは真面目な表情をいつもの美形が台無しなドロドロに溶けているものに変えた。
「えぇ。私もセフィもイシュも、他の人間たちに比べて竜たちに愛されています。竜の里に住む許可に、不可侵の楽園への入園……長に確かめましたが、そんなことは前例がないそうです」
前例ないんか。第一人者なのね貴方たち。
凄い、と口角を上げながら小さな手で拍手をする。力が足りなくてパフパフと気の抜ける音になってしまったが。
すると、身体全体に重みがかかる。
お、重い重い! このスキンシップ過多お色気残念野郎!!
体中を包み込まれながら、耳元に艶やかなテノールが響く。
「そして、そんな私たちとも比べものにならない程に愛され護られているのがリアです」
いつもの残念な発言がくると構えていたのに、コンラッドの声音は酷く真剣だった。
「不可侵の楽園においても、傷つけることが許されないのであって多種族と関わることはありません。ましてや護るように包みこむなど」
コンラッドは、私の認識に素直に当てはまらない話をしている。
確かに四人で楽園に行っても、動植物に囲まれるのは私だけだ。動植物にしても、私が行くまでは皆バラバラに過ごしている。
「竜の里についても、騎竜できる者はいても里長だけは他者を乗せません。彼らは誇り高く、認めていない者の手足となることはありません。ましてや里長は彼らをまとめ頂点に立つ存在です。同種たる竜でさえ乗せたりしない」
そんなことはない。ベルは頼んでも頼まなくても笑いながらその背に乗せて飛んでくれる。
……ごめん。わかっているよ、貴方たちが私もイレギュラーとして認識していると云うことは。
わからないフリは出来るけど彼らにはしたくない。
なにか事情があるとは察していた。でなければ有り得ない。時給自足をする訳でもなく良質なものに囲まれて生活する。母様たちしか人間はいない此処で。--そんなこと。
話をそのまま受け止めるのならば、母様たちも例外。ただ私は考えの及ばない位置にいる。
それは、いったい――
「にゃんで?」
「長たちも分からない、と。彼らは本能に忠実です。邪な者は近寄ることさえ許しませんが何故、邪に感じたのかまではわかりません」
理屈でなく生理的な有り無しか。入園出来た人が圧倒的少数だからまだいいが、比率がもう少し高かったら明確な理由もなく弾かれることは問題だ。
視線を逸らすことなく問うと、コンラッドは柔らかく美しい笑みを浮かばせた。
「ですがリアについては心当たりがあります」
但しその中に僅かに混ざっていた感情。穴が開く程に注視してやっと一瞬だけ掴んだ感情 。
「――銀の髪に翠の瞳」
それは、憐憫だった。
「銀と緑柱石は、特別な色なのですよ」
【特別】
前世の記憶を持つ私は、それがどれだけ危ういのか知っている。
笑みで誤魔化しながらも隠しきれなかった感情。
嗚呼、私はまた異端と忌まわれる存在なのか。優しい母様たちは、私を匿いながら暮らしているのか。
何て言ったらいいのか解らずに俯くと、ポンと優しく頭を撫でられた。
「難しく考えなくていいのですよ。私たちにだってまだリアを護ることは出来ます。ですが、少しずつ知っていきましょうね。私たちはリアより先に死にますから」
「……しにゃにゃいで」
「無理言わないで下さい。生きとし生ける者は皆、土に還ります。私たちにリアを送らせるような戯れはいけません」
苦笑いしながら宥める声は暖かい。同時に、間違って先に死んだら許さないと脅している。
それがどうしようもなく嬉しくて、ギュッと抱き付く。
コンラッドの身体が驚きからか、微かに揺れた。
大丈夫。私は愛されている。
もしこの世界にとって私が本当に害悪ならば、人目につかない場所で一人で生きていこう。死んでしまえば早いのだろうが、こんなにも愛してくれる人たちを遺すのはツラい。
だから、そのための力を得よう。
今までは言語取得と自由の利かない体で生活するのに精一杯だった。オフィーリアにとっての世界は、母様たちに竜の里、そして不可侵の楽園だけだった。だけど、母様たちが私にもっと広い世界を知ることを許してくれるのならば、貪欲に学ぼう。せめて僅かでも、私を愛し護ってくれる母様たちに応えられるように。
丁寧なキスが、額に一つだけ落ちた。
昨晩は幼なじみとご飯に行っていて書けませんでした。
そしてまだ新しい子と出会えていないので手が痛くて適いません。
溺愛表現控えめなコンラッドの次はむっつりスケベ(かもしれない)イシュメルです。