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禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
二章 駿才の第一王子
18/39

3

 ブルィギン公国からの留学生――フィア・ジェリドフ。それがオフィーリアの公的な名であり立場だ。


 階段を上って手前から六つ目のドアノブに鍵を差し込む。開かれたドアの向こうにはベッドと勉強机、ドレッサー、クローゼット、バスルーム、ミニキッチンと一通りのものが揃っていた。


 これで寮費無しとか凄いなぁ。まぁシャワーとキッチンは物足りないが。


 洗面台とシャワー、お手洗いとあって湯船がないが、それは仕方ない。此方では湯船がある方が珍しい。キッチンはポットと洗い場だけだが、此方は食堂があるので上々と言える。

 一通りフィアとして自分が三年間お世話になる作りを眺めると、部屋の奥に荷物を放り投げて部屋着に着替える。

 背中のボタンを外し、膝下まであるワンピースを脱ぎながら思い出されるのは五年前。


 フィア――四日間だけの友人。その名を、私はこれから改めて使い続ける。

 元からオフィーリア自身の名だった其れを、オビディオが勝手に【フィア】に付けた。にも関わらず、フィアという名は【オフィーリア】よりも【フィア】にしっくりと来る。それは勿論、オフィーリアにとっての名は【オフィーリア】であり、フィアの名は其れ以外無いからだ。同じように、フィアにとってのオフィーリアは【リア】だけなのであろう。


 母の死以来、消えてしまった友――


 しんみりとしていると、ドアが叩かれた。なにか不手際があったかと慌てて出ると、そこには小柄な少女がいた。

 切り揃えられた、肩に付くほどの真っ直ぐな栗色の髪。曇り空のような灰色の瞳。健康的な日焼けした肌は貴族令嬢らしくないが、髪と瞳の色合いには覚えがあった。

 意思の強そうな猫目は更に大きく見開かれていたが、オフィーリアが「なにか」と促すとすぐに平静を取り戻した。


「突然申し訳ありません。初めまして、高等部一年リーラ・フラウリーノ=ヴィクグラーフォ・コイブサーリと申します。第二女子寮一年生の代表を務めさせて頂いています」


 コイブサーリ子爵。地方の冴えない一貴族でありながらその名は有名。そこの令嬢。


 僅かに構えながら微笑む。


「此方からご挨拶を伺うべきにも関わらず、足を運んで頂き申し訳ありません。ブルィギン公国より留学させて頂くことになりました、フィア・ジェリドフと申します」


 下腹部で両手を重ねて一礼すると、頭上で小さく名を復唱――呟かれた。悪意がある訳でもないその意味を知り、悩ませているのも悪いので緩く頭を左右に振る。


「豪商でもなんでもない、親もいない孤児でございます。コイブサーリ様が御存知なくて当然です」


 二人の保護者が数年かけて作り上げた設定を口にすると、リーラはまたもや目を見開いた。


「孤児……? ならばどうして、留学など」

「公国では大公陛下のご恩情で、義務教育が十五まであります。そして近々、貧しい子どもも留学が出来るよう、国が支援すべく動いております。私は特待生で、試験的留学生です」


 義務教育があるだけでも他の国より教育制度が整っているジンデル王国も、特待生制度はない。学費は家庭で賄う高等部からは経済的余裕が無ければ進学すら出来ない。

 隣国の教育事情にはそこまで詳しくなかったのか、ここに来てリーラの表情が明るくなった。完璧な笑みから、少し隙のある――愛らしい笑みに変わった。


「公国ではそんなにも教育が充実しておりますのね! あの、その制度はいつから施行されましたの? 平民にも教育を与えることで変わったことはございますか?」


 先程までの子爵令嬢はどこへやら。目の前にいるのは、ただの少女だった。

 微笑ましく感じながら口を開こうとしたところで、低い蛙の鳴き声が聞こえた。途端、オフィーリアは穴に潜りたい衝動に駆られ、リーラはジッとオフィーリアを見た。

 幾分か小さくなったものの、未だギョロギョロと鳴っている音源は、オフィーリアの腹部だった。

 顔を上げられずに羞恥で震えていると、沈黙の末に小さく噴き出す音がした。場違いなその音に意識を持っていかれると、目の前ではリーラが腹を抱えて笑っていた。


「ひーっひっひっひ!! ひひひっひひっひ!!」

「……」


 コイブサーリ子爵令嬢――何れは近衛魔術師と名高い美少女。その肩書は、目の前の少女からは完璧に消えていた。女性としてあるまじき笑いを披露している。

 無言になって見つめて――否、釣られて肩を揺らすと、リーラの笑い声は少しずつ収まっていった。

込み上げる笑いを堪える為に頬を引き攣らせて眉を顰めていると、「変わってんね」と町娘のような口調が目の前から出てきた。


「貴族の娘があんな風に笑ったのに、一緒に笑うんだ」

「下手に気を使われるよりも、遥かに楽でしょう? 実際」


 口にした後で、内心顔を顰める。彼女の気取らない態度に乗せられてしまったが、此方は平民、相手は貴族だ。

 だが、リーラは「そのままでいーよ」とあっさりと言った。


「変わってるね、ジェリドフさん。もう私も【子爵令嬢】してるのが莫迦らしくなっちゃった」


 言いながら入り口に立つオフィーリアの横をするりと抜けて、まだ荷解きもしていない部屋に勝手に入ってきた。だからと云ってオフィーリアも、特に諌めるでもない。


「どうぞフィアとお呼び下さい」


 扉を閉めて部屋の奥に進むと、ベッドに腰掛けているリーラがにやりと笑った。


「なら私もリーラよ。あと、二人きりの時は敬語外して」


 公衆の面前で平民が貴族を呼び捨て、あまつさえ粗野な態度を利いたりしたら双方に悪影響を及ぼす。

 わかりきったことに頷きながら、ベッドの前に勉強用の椅子を引っ張ってきた。お茶を出せないことを謝ると、リーラは当たり前だと苦笑った。


「まっさか私も部屋にまでお邪魔するとは思ってなかったしね。お腹の虫さんになにか差入れたいところだけど、生憎と食堂は今から向かっても閉まってるし。こんな時に限って私の部屋にお菓子ないし」

「……もういいから」


 再び羞恥に顔を赤くしていると、リーラも声高く笑った。

 一頻り落ち着くと、ハキハキとした声で自己紹介が始まった。


「まぁ改めて。リーラよ。魔法属性は氷と雷。肌の色からわかるように、母は南の国の出身で、双子の弟がいるわ。父は臆病・卑怯・ろくでなしのコイブサーリ子爵。――このくらいだと誰でもわかるわよね」


 何を隠すでもなくあっけらかんと言われたことに、特に配慮するでもなく頷く。


「確かにコイブサーリ子爵の噂を聞いているわ。だけどそれ以上に聞いているのは、【コイブサーリの天才双生児】のことだけど」


 そもそもは、魔法属性は一人一つしか持たない。二つ持ちは貴族ならそこそこいるがやはり珍しく、基本属性の二つ持ちが主流である。

 それに対し、コイブサーリ家の双子は派生魔法の氷と雷持ち。そして年齢以上に属性魔法を使いこなしていた。


「授業が楽しみ。リーラの得意技を見てみたいわ」


 すると、リーラは眉を下げて申し訳なさそうに言った。


「多分無理ね。私とフィアでは同じクラスは無理だろうし、他クラスの授業は基本的に見学出来ないわ」


 ベッケンバウアー魔法学園には、五つの科があるが高等部一年は全員が教養科となる。ただしその中でも上位貴族と平民は別のクラスに分けられ、下位貴族は血筋や経済力で分けられる。

 差別である。紛うことなく。だけどそれは、救済措置でもある。無用な争いは端っから避けるべきだ。

 寮も二つに分かれているが、上位貴族の多くは王都に屋敷を持っている。第二寮は基本的には平民の為のもので、第一寮は下位貴族の為のものだ。


 あれ……?


「リーラは第一じゃないの?」


 詳細は言わなくてもわかったのか、「あー……」と声が二オクターブは低くなった。


「コイブサーリは下位とは云え貴族だけど、血筋も家柄も左程じゃないしねぇ。所詮は成金子爵だし、私の本質もコレ(・・)。平民の友達も多いから、第二の方が楽なのよ。だから学年代表って立場でいるの」


 前半の言葉を紡いでいる間、声は低く鋭いままだった。家のことには聞かれれば答えるが触れたくないのだろう。

「そう」とだけ応え、意識して話題を変える。


「明日は特に手順も聞いていないけど、誘導の人がいるのかな」


 今日が入寮〆切で、明日は進級式の後、入学式だ。勿論、新入生に進級式は関係ない。

 リーラはオフィーリアの意図をわかった上で、不貞腐れも悲しみもせずに答えた。


「私も高等部入学式は初めてだからわからないけど、まぁお偉い様の長ったらしい祝辞だけよ。大講堂に集まればいいから、誘導もなにもないわ。基本的には席が無いと云っても、自ずと身分や性別で別れるわね。私はフィアを始め、外部生――特に平民の子と式くらいは一緒だと思うけど」

「あら、私と明日一緒してくれるのは、寮生だからだけ?」


 意地悪く微笑むと、リーラは軽く目を見開いた後にやりと笑った。


「そうかもね。フィアと友人だったら、私はすぐに本性を露わに(・・・・・・)してしまうかもしれないわ」


 その言葉の意味を嚥下出来ずにいると、就寝時間が来てリーラは自室へと戻って行った。

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