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禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
一章 相生の正妃
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本日2話目

 心は酷く凪いでいた。






 細く風に揺れる火を見上げて瞼を下す。一歩踏み出せば、土に還ったセラフィーナを踏んでしまう。

ジンデル王国・ブルィギン公国は土葬が主流であり、火葬は罪人の死に方らしい。


【私】一人では丁寧な火葬なんて出来ないし、そこまで形に拘りはない。死者の魂が穏やかであればいいと思う。


それでも、火を焚かせてもらう。

メラメラと燃え上がる炎が、ゆらりと立ち上る煙が、一緒してくれるように。

死後の世界があるなら空へ。お母様の魂が迷うことも寂しいこともなく行くように。


長い黙祷を捧げていると、「リア」と名前を呼ばれた。


「イシュ、コンラッド」


 もう一人の名は、二度と本人に向かっては呼べない。


 吹き曝しの丘の天辺に来た二人にヘラリと笑う。


「ごめんね、二人に全部任せちゃって」


 イシュメルとコンラッドは一昨日の晩、セラフィーナが亡くなってから休むことなく動き回っていた。誰よりも悲しみに浸りたいのは彼らであろうに。


 上手く笑えていなかったのだろうか。コンラッドが大きな手でそっと頬を撫でてくれた。


「なにを言っているのですか。まだ八歳の子どもが、母の元へいて何が悪いのです」


 言い返そうとして、その優しさに甘える。私は確かにお母様と一緒にいたかった。


「……来る途中、煙が見えた」


 突如聞こえてきたのはイシュメルの静かな声。そっと視線を移すと、その紫水晶(アメジスト)の瞳はオフィーリアやコンラッドと同じく落ち着いていた。


「近づくに連れて煙が濃くなり、炎も見えた。すると何故だが、とても静かな気持ちになった」

「イシュ……」

「火はこんなにも美しいものだったんだな。知らなかったな、ずっと見ないようにしていたから」


 最後の言葉の意味がわからないで戸惑っていると、イシュメルの目が此方に移った。


「リア、どうしたい」

「えっ……」

「セフィは遺言として、俺たちを後見人にした。そして王都で学ぶようにと」


 突然の言葉に目を白黒していると、コンラッドが補足を入れる。


「王都には膨大な知識があります。学園にはなにより人が。リアは学校へ行くことを拒みましたが、セフィはずっと行って欲しがっていたのですよ」


 何故。必要なものは、|竜の里(此処)にあるのに。どうしてそんな、醜い人々が集まる所へ行かなければいけないのか。


 疑問が顔に出ていたのだろう。コンラッドは苦笑した。


「多くの人と関わることでしか学べないものを学んで欲しい。これは私も同じ思いです。リアが大切な人を作れるように、と」

「それ以上に嫌いな人が多いと思う」

「でしたら更に作ればいいだけのことです」


 わかっている。コンラッドは昔言った。自分たちはオフィーリアよりも先に逝くのだと。


「……わかった。学園、行く」


 納得なんてしていないくせに頷いた。親友を喪って悲しんでいる彼らをこれ以上煩わせたくなかった。


 渋々といった体がわかったのかコンラッドが眉を下げるが、行かなくていいとは言わない。不貞腐れているとイシュメルが小さく笑った。


「リア、お父上の元へ行きたいか」

「えっ」


 なんだか今、聞き慣れない言葉が聞こえた気がするが……


 聞き間違えではなかったようで、その言葉はまた聞こえた。


「そのままだ。リアのお父上はジンデル国王。俺たちは大罪を犯して正妃の冠を持つセラフィーナを連れ去った。それでも、リアは国王と正妃の娘だ。王宮に行けば最高の生活を得られる」


 だから、行きたいかと。顔も名前も知らない父親のところへ。


 言われていることが、言っているイシュメルの顔が莫迦らしくて溜息が出る。『最高の生活を』なんて笑いながら言っているくせに、泣きそうな目をしているなんて。


「結構よ。私のお母様は正妃だったかもしれないけど私は王女ではないもの」


 聡明なセラフィーナたち三人が大罪を犯してまで守りたかったもの。誰も明確に言葉にすることはないが、気付いている。


 伝説の銀と唯一の翠。始祖の色と国租の色。


 公爵令嬢として育ち正妃を務めたセラフィーナが娘に平凡な道を、とそれだけで姿を隠した訳ではない。ならば選ぶ道は決まっている。

 なにより。


「私の家族はお母様とイシュとコンラッドだけだよ。父親がいるとしたら、二人こそそうだわ」


 器用な癖に不器用な、愛しい家族。父と呼ばないだけで、思いはまさしく其れだった。


 イシュメルもコンラッドも目を大きく見開き、破顔した。今にも涙が零れそうな顔をして。


「あぁ」


 何方が言ったのか。その声に震えが混ざっていたのは気のせいか。

 火が揺らめく向こう側で、愛しい家族に手を伸ばした。

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