第8話 望まぬ深夜労働
かなり空いてしまって、申し訳有りません。
m(_ _)m
暫くはどんどん投稿できる……はずです。
「ファイア」
その言葉とともに、ミラが手を翳した先に積まれていた薪が勢い良く燃え始め、夜闇を切り裂いた。
薪の数は少ないが、魔力を借りて燃えている為かなり明るく、長時間火が消えることもない。
広場に面した窓からその灯りを見た村人達が、続々と家から出て来て焚き火を囲むように座っていく。
やがてデロンを伴った村長も現れ、村の人間がすべて揃ったところで、焚き火の側にいたミラも人々の輪の中に入った。手には愛用の楽器、フィドルを持っている。
「ミラ姉ちゃん、今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」
子供達は待ちきれない、といった様子でキラキラした目でミラを見つめてきた。それに思わずミラの頬が緩む。
この集まりは、ミラが子供達に伝説や昔話に興味を持ってもらおうと、それらを題材とした唄を自作して弾き語りをしていたのを村長が聞き、村全体のイベントとして定着したものだ。開催日時は大抵村長の気分で決まっている。
「そうね、今宵はお客様もいらっしゃるから、まずは前回までの御話の粗筋からにしましょう」
ミラはそう言うと、フィドルを構えて目を閉じ、唄いだした。
遙か遠い昔の物語を。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今から1000年以上前、まだ国というものが無かった時代。
当時、人間はノーザレス大陸だけでなく、サウゼント大陸でも暮らしていた。
エルフやドワーフといった種族ともそれなりに上手く共存しながら、平和な日々を過ごしていた。
だが、そんな日常は突如崩れ去ってしまった。
ある日突然サウゼント大陸に降り立った、魔人という種族によって。
魔人はこの世界の支配者として名乗りを上げると、サウゼント大陸に住む知恵ある生き物を駆逐し始めた。
エルフでさえ顔が真っ青になるような魔力。ドワーフ製の武具をあっさり手折ってしまう程の筋力。その圧倒的な力の前に人間達は為す術もなく、必死でノーザレス大陸に逃げ出した。
脱出者から齎された恐怖の情報に、ノーザレス大陸はパニックに陥った。エルフやドワーフは森や山、或いは地下に隠れて防御を固めたが、人間にはそれを真似することは出来ない。
人々の心には暗雲が立ち込めた。此処にも何れ侵略者が押し寄せて来て、隠れることの出来ない自分達人間は皆殺しにされてしまうのだ、と。
世界が絶望で包まれたその時、ノーザレス大陸の3カ所に天空から光が降り注ぎ、その中から有り得ない色の髪と瞳を持つ人間が現れた。
彼等は皆一様に違う世界から来たと話し、この世界の知識を乞うた。
周囲の人々が与える物を次々と吸収していき、彼等の力は急激に伸びていった。
ある者は攻撃魔術と付与魔術の腕が目覚ましく、特に付与魔術では、彼が魔力を込めた剣は刃を当てただけで鉄をも切り裂くことが出来た。
ある者は剣術と体術において右に出る者が無く、彼の動きを目で捉えられる者は皆無で、斬られたことを相手に気付かせない程だった。
またある者は治癒魔術に特に優れた適性を持ち、彼女が癒したいと願った相手は、魔力が尽きない限りどんなに酷い傷を負っていても回復させることが出来た。
人々は勇者が、英雄が、聖女が現れたと歓喜し、彼等の下に集い、3つの大きな勢力が生まれた。
3人の異邦人はそれぞれの勢力を率いて集結し、協力して魔人と戦うことを約した。
そして、決戦の時は来た。
攻め入るは、数こそ少ないものの個人個人が強大な力を持つ魔人軍。
迎え撃つは、兵1人1人の力は取るに足らないものの、膨大な規模と固い結束を誇る人間の3勢力連合軍。
最初こそ両軍の力は拮抗していたが、勇者や英雄の活躍により次第に人間側が優勢になり、魔人軍は敗戦を重ねるようになった。
決戦開始から半年。遂に魔人は完全に敗北し、サウゼント大陸に追い払われた。
人間側にも大きな被害が出た為に、魔人を追撃してサウゼント大陸を取り戻すことは叶わなかったものの、ノーザレス大陸には平和が訪れた。
勝利の立役者である3人の異邦人は、サウゼント大陸を人間の手に取り戻せるだけの力を蓄えるため、各々この世界で初めて降り立った場所を首都とする国を建てた。それが、現在の3大国の前身であると言われている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最後の和音が響き渡ると、人々の口から溜息が漏れた。
「いやぁ、凄いね。聴き惚れちゃったよ。さっきの唄、ひょっとして自分で考えたのか?」
デロンが感服した、というような表情でミラに問い掛けた。
「そんな大層なことではありませんよ。歌詞は原典が有りますし、メロディーに至っては即興ですから」
「いやいや、即興であそこまでの出来だなんて、そっちの方が凄いから」
何でもない、と言うようなミラの返答に、デロンは更に驚かされたようで、目をパチクリさせていた。
――その目に値踏みするような光が点ったのに気付いたのは、幸か不幸かミラだけだった。
「ねぇねぇ、はやくつづきを聞かせてよ!」
「ねぇはやくはやく!」
「つづきはどんなお話?」
焦れた子供達が騒ぎ出したのを見て、ミラはデロンから目を離して苦笑した。
「はいはい。続きは、勇者や英雄や聖女と呼ばれた人達のその後の御話よ。残りの時間は、このマラカイト村が属するナヴァレスティ王国の前身となる国を建てたと伝えられる、勇者のその後について語りましょう」
その言葉の後、ミラは再び目を閉じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
煌々と燃え盛る炎が消えてから、3時間余り経過しただろうか。
普段は日没後1時間程で就寝している為、ミラの演奏会が御開きになった後すぐ村人達は眠りについた。
家々の灯りも全て消え、周囲を照らすのは月明かりのみ。村は静寂に包まれていた。
村から少し離れた、草木の陰。其処に都合6人の男が潜んでいた。
1人だけは貧弱な体つきにローブを纏い、手には杖という出で立ちだったが、残りは筋肉を誇示するかのような服装で、腰には無骨な剣を差しており、見るからに荒くれ者と言った雰囲気を醸し出している。年齢は、20歳から30歳というところだろうか。
不意に、ローブの男が口を開いた。
「頭、デロンの奴から合図が来ました。彼奴はもう動き始めてます」
その報告に、一際大きな図体をした男がニヤリと笑った。
「そうか。野郎共、準備は良いか?」
リーダーらしき男の声に、他の者達は卑しい笑みを浮かべて答えた。
「モチロンです。今回はかなりの上玉がいると聞いて、やる気の無い奴ぁ居ませんぜ」
「同感だ。頭、俺達にもちゃんと楽しませてくださいよ?」
彼等は、何件もの強盗、殺人、恐喝その他の罪で指名手配されている盗賊団だ。規模は小さいものの、既に幾つかの村を潰している凶悪犯だ。
もう既に村を手中にした気でいる男達は、早くも妄想を膨らませるのに忙しいようだった。
「分かってらぁ。下んねぇこと気にしてねぇで、とっとと行くぞ」
頭目の号令一下、盗賊達は隠れ場所から我先にと走り出した。そのままターゲットの村へと一直線に向かおうとした――が、それは叶わなかった。
突然、キィン、という硝子を引っ掻いた様な音が、冷たい空気を切り裂いた。
その不快な響きに盗賊達は思わず耳を塞ぎ、顔をしかめた。
「……何だったんだ? さっきの」
「さ、さあ……?」
何が起こったのか分からない。男達の視線は自然と、唯一の魔術師に向けられた。彼は暫く目を閉じて何かしらぶつぶつと呟いていたが、やがて小刻みに震えだした。良く見ると額に冷や汗を浮かべている。
「おい、どうした?」
頭目に怪訝そうな声で問われて、ローブ男は漸く目を開けた。
「……俺達の周りに結界が張られてる」
「結界だぁ? んな事出来る奴がこんなド田舎に居る訳ねえだろ。第一おめぇなら何とか出来――」
「む、無理だ! こんな強固な結界見たこと無い……俺とはレベルが違う。俺には破れないし、勿論剣でも無理だ」
絶望したような表情で叫ぶローブ男を見て、残りの者達に動揺が走る。魔術については門外漢でも、見えざる敵が只者では無いらしい事は理解出来た為だ。
「じ、じゃあ遠話でデロンの奴に連絡して外からどうにか――」
「もう何度も試したさ! だが……もうデロンの媒体、機能してない。おまけに遠視も使えなくなった」
ローブ男の声は最早悲鳴の様だった。
遠話魔術は、その名の通り遠くに居る相手と話をする為の魔術だ。媒体を用いれば、受け手は魔術が使えなくても簡単な事なら話すことが出来る。
ローブ男は仲間全員に媒体を渡していて、これまで大いに役立ってきた。だから、デロンが媒体を粗末に扱うことは有り得ない。
また、遠視魔術とは、術者の良く知る人や建物等を中心とした光景を離れた場所から視ることが出来る魔術である。デロンが潜入した理由は、ローブ男が遠視魔術を使うことで村の様子を偵察する為だったのだ。規模の小さい盗賊団故の慎重さというところだろうか。
さっきまでは普通に使えていた筈なのに、何時の間にかデロンにだけ(・・・・・・)使えなくなっていた。
以上の2点を踏まえると、考えられる可能性は唯1つ。
「多分……デロンはもう、敵の手に落ちた……」
暗い声で呟かれた言葉に、誰も反論出来なかった。静寂が更に彼等の精神を苦しめる。
そこに突然、重苦しい空気にはそぐわない、少女の声が響いた。
「御名答です、三流魔術師さん」
ハッとして盗賊達が辺りを見回すと、前方に人影があった。顔はハッキリとは見えないが、微笑んでいるのが分かる。
「お相手するのが遅くなって申し訳ありません。デロンさんとやらが貴方方のお仲間だということは会った時既に分かっていたのですが、証拠もないのに捕まえることは出来ないので、現行犯になるまで待っていたものですから」
スラスラととんでもないことを話す少女に、盗賊達は唖然としていた。そんな事は気にも留めず、少女は言葉を止めない。
「最初に尻尾を出したのはデロンさんだったので、此方には足止めの為に結界を張らせて頂きました。最初は捕まえるつもりだったのですが――」
少女がニタリと笑った気配を感じ、盗賊達は総毛立った。
「私はどうやら、家族に手を出されかけて黙っていられる程出来た人間では無かったようです」
盗賊達は最初何を言われたのか解らなかったようだが、時間と共にその意味が徐々に頭に染み込んでくると、顔から血の気が引いた。
「ま、まさかお前が……お前がデロンを殺したのか……?」
「御想像にお任せいたします」
「嘘だろ……?」
1人が呟いたのを皮切りに、次々に男達の口から現実を否定するような言葉が漏れる。だが少女は笑ったままだった。
「あら、お仲間の末路を気にしている暇がお有りなのですか? 目の前に得体の知れない人間が居るというのに」
嘲笑うような調子の声に、盗賊達は現実に引き戻された。下っ端は未だ顔が蒼いが、流石と言おうか、頭目は余裕のある表情を取り戻していた。
「てめぇら、何ボケッとしてやがる! 相手は魔術師1人だぞ! 全員で掛かりゃあ問題ねぇ! 殺れ!」
頭目の怒声に追われるように、下っ端4人が一斉に少女に襲い掛かった。ローブ男は何らかの呪文を唱え始めている。
それでも少女は笑顔のままだった。
「ふぅむ、三流盗賊にしては中々ですが……やはり、遅いです」
言うや否や、少女の姿が霞んだ。
瞬時に腰に差していた短剣を引き抜くと、目にも留まらぬ速さで正確に首を狙って1人、また1人と始末していく。誰1人として剣の刃を少女に届かせれないでいる内に、全員が事切れていた。
更に少女はそのままローブ男の元へ走った。呪文詠唱に気を取られていたローブ男は目の前に迫った少女に驚き悲鳴を上げようとしたが、口を開ききる間もなくさっきの4人と同じ運命を辿った。
10秒と掛からずに5人を片付けた所でやっと動きを止め、少女は残る1人に向き直った。
「さてさて、後は貴方だけですが?」
手下を失った頭目は、折角取り戻した平静を早くも失い、顔が青を通り越して白くなっていた。
「……て、てめぇ魔術師なんじゃねえのかよ!?」
「魔術師だと名乗った覚えは有りませんが? 第一、魔術師は短剣を使用してはならないという決まりは有りませんよ」
「この、人殺しが……」
頭目の科白に、少女は初めて笑みを引っ込め、冷たい目で頭目を見据えた。
「そんな安っぽい言葉で私が傷付くとでも? 私は狩人です、生き物の命を奪う覚悟はもう何年も前に決めていますよ。必要な殺生を躊躇うことは自分の死に直結しますから。……貴方と話すのも好い加減飽きました。そろそろ終わりにしましょう」
そう言って、血が滴っている短剣を頭目に向けた。
その切っ先を目にした途端、頭目は声にならない悲鳴を上げ、あたふたしながら少女に向かって剣を投げつけ、背を向けて逃げ出した。この正体不明の人物から離れたい、唯それだけの思いで、振り返る事無く。
だから頭目は、少女が空中で剣を掴み取るのを見ることが出来なかった。
「敵に背を向けるとは……本当に愚かね」
それが、憐れな盗賊が最期に聞いた言葉となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最後の1人を始末し終え、ミラは溜息をついた。
短剣を一振りして血を落としてから鞘に仕舞う。その時に、返り血を浴びていた事に気付き、眉を顰めた。
「ピューリファイ」
ミラが呟くと、ミラの服の染みがまるで元から無かったかのように消え去った。
それを見届けていると、席を外していた精霊達が戻って来た。
「お疲れ様、ミラ」
「ありがと。貴方達の力に頼ってしまわないように待機してもらってたけど、そんな心配の必要も無い程度の輩だったから、全然大した事無かったけどね。あ、そうだ、フラム」
「分かってる。ほらよ!」
ミラが皆まで言う前にフラムレールが意を汲み、軽く手を振るった。忽ち6体の遺骸を金色がかった炎が包み込み、激しく燃え上がった。金の火の粉が空に吸い込まれていく。
間もなく炎は跡形も無く消え、後には灰すら残っていなかった。今や地面に染み込んだ黒い血の跡だけが、此処で起きた出来事を物語っている。
「フラム、ありがと。ごめんね、呼び戻して早々頼み事して」
「気にすんな。……どうかしたのか? 暗い顔して」
ミラの謝辞にフラムは軽い言葉で答え、気遣うような顔で訊いた。口には出していないが他の精霊達も同意見らしい。顔には出さないようにしていたのに見抜かれて、ミラは相変わらず鋭いな、と苦笑した。
「何でもないよ。唯、ちょっとさっき自分で言ってた伝説を思い出してね」
「あの御伽噺がどうかしたのかい?」
「嘗て共に侵略者と戦った者達の子孫がいがみ合い、徒に血を流して大地を赤黒く染め上げていると知ったら、彼の英傑達は浮かばれないだろうなぁと思ってね」
ミラの発言に、精霊達は一様に首を捻った。
「あれはあくまで作り話じゃないのかい?」
「勿論かなり脚色されてはいると思うけど、あの話の軸は実話だと思うよ」
「どうしてそう思うんだ?」
「根拠は色々。歴史や地理、民俗学なんかの書物を読んでたら、事実としか思えなくて」
ミラは基本的に欲が乏しい人間だが、知識欲だけは人並み以上ある。だが、狩りの収入で買う書物は村の益になる内容の物を優先するので、歴史と地理は兎も角民俗学は余り読む機会が無かったはずだが。
「何時の間にそんな書物を読んでいたの?」
「ん? 街の書店に行ったとき、連れて行った子達が夢中になってる間に立ち読みしてるの知らなかった?」
「あれで読めてるのか!? ホントに末恐ろしい奴だな……」
精霊達はペラペラと一定の速度でページを捲っていたミラの様子を思い出して驚愕した。
「まぁ斜め読みだから、全部読んでる訳じゃないんだけどね」
ミラはちょっと照れたように笑いながら、ふわぁと欠伸をした。時刻はもう直に夜半を過ぎようとしていた。
「もう寝ないとなぁ。明日は村長に客人が消えた事について説明しなきゃいけないから、早起きしないとね。あー、何て言って誤魔化そうかな?」
後半は憂鬱そうな声音で誰にともなく呟きながら、ミラは精霊達を伴って月明かりを頼りに自宅へと戻っていった。
お読みくださって誠に有り難うございました。
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