第6話 傍迷惑な邂逅
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ヤイムの工房の外では、ミナトとハーティが2人組の男と押し問答をしていた。通行人や近くの工房の人達が野次馬と化しているが、本人達はお互いしか見えていないらしい。ミラが工房から出て来たのにも気付いていない。
ミラは相手の2人を見て、顔をしかめた。いや正確には、男達の容姿を見て、と言うべきか。
(2人とも金髪碧眼、か。……どうやらミナトさん達、何か難癖を付けられたみたいね。はぁ、また面倒な)
そんな事を考えている間にも、喧嘩の勢いは益々ヒートアップしている。仕方無い、と小さく呟いてから、パンパンッと手を叩いた。すると、大して大きな音がした訳でもないのに、喧嘩している当人達のみならず野次馬達までミラに注目した。
それに一つ頷くと、野次馬達を睥睨する。ミラに見られた者達は皆慌てて散っていき、その場に残ったのは5人だけとなった。
「あぁ? 何だてめぇは?」
金髪男の1人がミラに向かって怒鳴る。女性や子供が泣き出してしまいそうな迫力だが、ミラは怯えた風もなく返答した。
「其処の方達の連れですよ。さて、ミナトさんにハーティさん。一体何があったんですか?」
ミナトとハーティは一瞬お互いの顔を見て、ミナトが説明を始めた。
「俺達は、ミラちゃんに頼まれた通り、此処で荷馬車番をしてたんだ。他愛もない話をしながらな。そしたらコイツらが来て……」
憎々しげに金髪男を見るミナトの言葉をハーティが継ぎ、吐き捨てるような声音で言った。
「俺達は此処に用があるんだ。平民の分際が、俺達の邪魔になるようなことをするな、なんて言って荷馬車を勝手に退かそうとするから抗議して、それから罵り合いに……」
「成る程。……で? 本当なんですか?」
ミラは頷いてから、金髪男達に問い掛けるような視線を向けた。
「あぁ、それがどうした? この2人が平民の癖に俺達に突っかかってきやがるから、身の程を教えてやろうとしてただけさ」
「身の程ですって?」
「はっ、平民風情が俺達貴族に逆らったんだ、身の程知らず以外に何て言うんだよ」
金髪男の言葉に、ミラは眉を顰めた。
(はぁ……やっぱり馬鹿貴族だったか。貴族が無条件で偉い時代はもうとっくの昔に終わってしまっているというのに)
嘗てのナヴァレスティ王国は、王侯貴族が我が物顔で権力をふるい、民衆は常にそれに脅かされていた。
だが、24年前の対魔人戦争で当時の王と数多の貴族が戦死した事により、この国は変わったのだ。
当時の王太子は、元々民や国の未来を憂いており、密かに自分の信頼できる仲間を集め、国を改革する為の案を幾つも練っていた。そして、父王の戦死の後に王位に着くと、一気に大改革を推し進めた。貴族の都合の良いように作られた法律を改正したり、所領の監査を徹底的に行ったり、今まで貴族しか就くことの出来なかった職に優秀な平民を次々登用したりと、様々な政策を行った。そして彼は全てにおいて成果をあげ、民衆の熱烈な支持を得ることに成功し、稀代の賢王と呼ばれた。
その結果、貴族という身分は残ったままであるものの、殆ど意味は無くなった。実力さえあれば出世出来るようになったのだから。
今現在は、若くして亡くなってしまった賢王の妻が女王として国を治めているが、夫の方針はそのまま受け継がれている。
だから、この男達は度し難い時代錯誤の愚か者としか言いようが無い。しかしながら、未だに此奴等と同じ様な考え方をしている貴族は存在する。
自分達は特別な存在だと、信じて疑わない者達が。
しかも、そういう者に限って大したことはない、もっと言えば使えない。その所為で要職には就くことが出来ないのだが、彼等は自分達に非があるとは露ほども考えず、周りの人間がおかしいと本気で思っているのだから質が悪い。
だからミラの顔が不快気に歪んだのも無理はない。
「貴方達、正気ですか?」
「んなっ! てめぇ、今何つった!?」
「正気ですか、と言ったんですよ。どうやら頭だけではなく、耳も悪い様ですね」
ミラの氷柱のような視線を浴びて、金髪男達が硬直した。
「尊敬されるべき人間は、威張ったりしなくても周りから敬意を集めるものです。貴方達は、敬意を払う必要を微塵も感じさせません。所詮はそれだけの人間だと言うことを自覚することですね」
「お、俺達貴族に向かってそんな事言ってただで済むとでも――」
「だからその考え方が時代遅れだとさっきから言っているのですが? 進歩しない人ですね。本当、嘆かわしい限りです」
余りの言い様に呆然としているミナト達をよそに、ミラは芝居気たっぷりに溜め息を吐いた。
「こ、この……ガキがなめやがって!」
怒りのあまり我を忘れた金髪男がミラに殴り掛かった。だが、ミラは半歩体を捌いただけでそれを避け、続いて跳び掛かってきたもう1人も難なくかわした。それにより、勢い余った彼等は石畳に仲良く激突した。
ミラはその様子を軽蔑したような目つきで眺めてから、視線を此方に向かって歩いてくる人物に転じた。
「……それで貴方は? 何か言いたいことがありそうですが……?」
その人物は肩を竦めると、薄く微笑んだ。
「いや、大したことじゃない。唯、まともな貴族だっているということは主張しておこうと思ってね」
その声を聞いて振り返った金髪男達の、先程まで怒りに赤くなっていた顔が、面白いほど蒼くなった。
「ギルバルト様!? どうしてこんな所に!?」
ギルバルトと呼ばれた男は切れ長の碧眼を細め、男達を睨み付けた。
「それは此方の科白だよ。君達はこの間の規則破りの後、1ヶ月外出禁止にした筈だよね? 第一、君達に馴れ馴れしく名前で呼ばれる筋合いは無いね」
更に顔色を悪くした男達に興味を無くしたのか、ギルバルトはミラの方に向き直った。
「済まないね。部下が迷惑を掛けた。私の名は、ギルバルト・アレイ・コーシャス。この街付きの国境防衛軍所属の中佐だ。此奴等は私の隊の者なんだが、以前から素行が悪くてね。どうやらまだ指導が足りていなかったようだ。本当に申し訳無い」
そう言ってギルバルトは頭を下げた。
(へぇ、彼がコーシャス伯爵の嫡男か。実直な人物だとは聞いていたけど……彼奴等の後に見ると尚立派な人に見えるなぁ)
コーシャス伯爵家は王家との繋がりが深く、思想的にも多大な影響を受けている為、数少ないまともな貴族である。中でもギルバルトは、武術や魔術に秀でている上に、指揮官としての才能も十分ある。更に容姿も申し分ないとあって、色々な意味で引く手数多。王女との婚約話が持ち上がっているのは最早公然の秘密である。
「いえ、貴殿が気にされることはありません。申し遅れました、私の名はミラと言います。此方の2人はハーティとミナトです。貴殿の御高名はかねてより伺っております」
「私の名など、大した物ではありませんよ。それに、部下の失態は上官である私の失態だ。何か詫びをさせて欲しいのだが……」
「そんな、とんでもないです。公共の場で騒いでいたのは此方も同じです。真に迷惑が掛かったのは、この周辺の工房の方々と言えるでしょう」
「成る程、それは一理あるな。では、其方には後で私から詫びを入れておこう。……ほら、お前たち、いい加減に立たないか」
ギルバルトが未だに地面に座り込んでいた男達に声を掛けると、彼らは弾けるように立ち上がって直立不動の姿勢をとった。
「この者達は私が責任を持って再教育しますので、御心配なく。ミラ、と言ったかな。その名前、覚えておくよ」
「いえ、遠慮しておきます」
ミラの発言に、ギルバルトは目を丸くして、盛大に笑った。
「ははは! 此奴らとのやり取りを聞いていた時にも思ったけど、君、やっぱり面白いね。是非ともまた会おう」
ギルバルトはミラに向けて微笑むと、部下を引き連れて、城に向けて颯爽とした足取りで歩いていった。
面倒そうなのでもう会いたくないです、という言葉は、流石に飲み込んだミラだった。
貴族は基本的に金髪碧眼です。平民は茶系と赤系。
貴族と平民の子供の場合はこの限りではないです。