第4話 街へ
お読み下さって誠に有り難うございます。
ミラの帰還から夜が明けること2回。予定通り街へ向かうことになった。
村人達が村に1台しかない荷馬車に今回の売り物を載せている横で、ミラはこれまた村に1頭しかいない馬の首を撫でていた。
「ロイヤル。今回も宜しくね」
ミラの言葉を理解したかどうかは判らないが、馬――ロイヤルはちらとミラの目を見てから、嬉しそうな鳴き声を上げてミラの手に顔を擦り寄せた。
「はは! ロイヤルの奴、張り切ってんなぁ」
「そりゃあロイヤルも男だからな。美人にお願いされたらやる気出すに決まってんだろ」
豪快な笑い声を上げたのは2人の男性。
前者は茶色い髪と青い瞳、後者は赤い髪と青い瞳を持っている。
「ハーティさんにミナトさん! 揶揄わないでください」
ミラがロイヤルから目を離して苦笑気味に抗議する。
「いやいや、ミナトの言うとおり。ミラちゃんはホントに美人さんだ」
「冗談はそれくらいになさって下さい。御2人共、今回は宜しく御願いしますね」
「任せろ。トレムに色々教えてやってくれ」
「勿論です」
街に用が有るのはミラだけなのだが、荷物の積み卸しや荷馬車番として、毎回村の男性2名が同行してくれていた。
また、村の子供を1人ずつ連れて行って、子供達の見聞を広められるようにしている。今回同行するのはハーティの息子のトレムだ。
先日8才になったばかりの彼は、向こうで他の子供達に見送りの言葉を掛けられている。
やがて荷物を積み終わり、ロイヤルを荷馬車に繋いで準備は完了した。
「では村長。行って参ります」
「うむ。御主がいれば大丈夫じゃろうが、道中気を付けての」
低い位置からの太陽の光を浴びながら、一行は出発した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
国境地帯コーシャス地方最大の街、ボルドル。それがミラ一行が目指している街だ。
ボルドルはこの地方を治めるコーシャス伯爵が居城を構える街で、交易地として栄えている。
多種多様な人々が生活し、商売をし、旅の途中に訪れる、活気のある街だ。マラカイト村からは北東に荷馬車で1日ちょっとの距離にある為、旅の行程は野宿2回を含む3日となっている。
村を出てから2時間弱が経過し、一行は小休憩をとっていた。
「いやぁ、平穏だなぁ。魔物のまの字もねぇ。ミラちゃん達が村に来てから不作になってないし、流行病もないし、ミラちゃんって幸運の女神なんじゃねぇか?」
ミナトが感心したように言う。
「そんな訳無いじゃないですか、ただの偶然ですよ」
それに対してミラは何でもないという風に流す。だが、その心中は穏やかではなかった。
(……私の意を汲んだ精霊達の仕業です、なんて言うわけにはいかないからなぁ)
魔物を見かけないのは精霊達の威圧に怯えているから。不作が無いのは最初の数年は本当に偶然だが、ここしばらくのはミラがフルフィユテールに頼んだから。流行病が無いのは精霊達が村を浄化しているから。全てミラが精霊術師としてやった事だから何としても誤魔化さなければならない。
ミラの母が魔術師だったので受け入れて貰えるだろうと、魔術師である事は村人達に公言している。だが、精霊術師の方はバレるわけにはいかない。
「ちょっと周りを見てきますね」
ミラはさり気なく他の3人から離れると、精霊達と話し始めた。
「メル、スィエル、フィユト。特に問題は無さそう?」
「ええ、街までなら安全に行けるでしょう」
「僕もそう思う」
「……同じく」
同行しているのは、メールフルーヴ、ヴァンスィエル、フルフィユテールの3人。
精霊達の声はミラ以外には聞こえないし、ミラが精霊達に話し掛ける声はヴァンスィエルの力で周囲の者の耳には届かない。が、それでも唇や表情は動くので、怪しまれない為には隠れて話す必要がある。
「良かった。でももし何かが起こっても落ち着いててね? 大抵のことには私1人で対処できるのだから」
「勿論よ。私はミラを信用しているし、フラムみたいに軽率じゃないから」
「右に同じく、だね」
「……あぁ」
彼等はミラが帰還した後に呼び出してから、ずっと側についている。だが、フラムレールだけは戻されてしまった。
彼女は以前大きな失敗をやらかして、ミラが精霊術師だと周囲にバラして仕舞いそうになった事があった。それ以来、人前では用心としてフラムレールはミラに同行しないようにしているのだ。
「本当は、フラムも一緒に居て欲しいのだけどね」
「それが出来るのは少なくとも後10年は先なんじゃないかしらねぇ?」
「メルったら。さて、そろそろ休憩も終わりにしないと。じゃあ皆、次はお昼の休憩の時にね」
ミラは小さく手を振ってから、3人の所へ戻っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
初めて村を出たトレムの好奇心を満たしつつ、一行は予定通りにボルドルに到着した。
ボルドルはコーシャス伯爵領最大の街。つまり国境防衛の中心となる街だ。その為街は約5メートルの外壁で囲まれており、門は南と東の2つだけ。北と西には大きな物見櫓があり、兵士が交代で常に国境を睨んでいる。
一行は南門で検閲を受け、街へと足を踏み入れた。入ってすぐに、コーシャス伯爵の居城まで一直線に延びる通りに出ることが出来る。此処が街で一番活気のある通りで、道の両脇に店がずらりと並んでいる。
飲食店や武器屋に服飾店等々、様々な店が無秩序に連なる様子に、トレムは目を丸くしている。村には店というものが無いから、無理もないだろう。
「トレム。気持ちは理解できるけど、街の散策は用事を済ませてからね?」
「うぇ!? も、モチロンわかってるよ!?」
「あらあら、慌てなくてもお店は逃げないから、大丈夫よ」
ミラに声を掛けられて、目を白黒させながら変な声を上げるトレム。初めて見る景色は余程衝撃的だったらしい。その微笑ましい様子にミラの瞳が優しい光を帯びる。
「さぁ、行きましょう。何時までもこんな所で立ち止まっていたら迷惑だわ。トレム、はぐれないようにね?」
「う、うん!」
「ミラちゃん、俺達は無視かい?」
「あら、いい歳して迷子の心配をして欲しかったんですか?」
「あ、いや、そーいう訳じゃ……」
一行はわいわいと目当ての店へ向かって楽しげに通りを歩いていった。