第3話 書物に囲まれて
遅くなってすみません!しかも短い…。
何時の間にかお気に入り登録が60件も…。
うん、見間違いだ。きっとそのはず。
マラカイト村は村民の殆どが農家で、小麦や麻、野菜の類を育てている。残りの者は農具や工具、調理器具等の製造や修理という鍛冶仕事を請け負っているが、村の生産物は村全体の物という考えのもと、村の中で金銭の遣り取りがあることはない。金を扱うのは税金を納めるときに作物等を換金するときだけだった。
だが、ミラが狩りをするようになってから、村に現金収入が生まれるようになった。
最初は微々たるものだった為、何も考えずに貯蓄していたが、ミラが狩る獲物がランクアップしていくにつれて、かなりの額になってしまった。
こんな辺境の寒村にそれなりの金額の現金があると知れてしまったら、間違い無く盗賊に狙われる。かと言って暮らしを急に向上させるのも、村人達にとって毒になる。
賊が狙うような価値が無く、村のためになるような金の使い道。その答えとして採用されたのは、本を買うことだった。
ナヴァレスティ王国では、圧倒的武力を誇る魔人に頭脳で対抗しようと、〈知識こそ最大の力〉をスローガンに民間への書物の普及に力を入れてきた。
その集大成として複写魔術が完成し、他国よりかなり廉価で書物を購入することが出来るようになった。
それは田舎でも例外ではなく、次第にミラの家には子供達用の絵本から歴史書や地理書まで幅広い種類の書物が溢れるようになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねぇミラ。何を読んでいるんだい?」
自宅の2階の寝室で書庫から持ち出した本を読んでいるミラに話しかけたのは、深緑色の短髪と新緑色の瞳を持つ美男子だ。少々軽薄な笑みと雰囲気のために、折角の美貌が台無しである。
「ん? この国の政治史よ、スィエル。平民の学者の著作だから、迂遠な表現ばかりの国定史書より5倍は分かりやすくて正確だわ」
「へぇ、何かまた小難しそうな本読んでるねぇ。僕には理解できそうにないや」
「それはそうでしょうね、ヴァンスィエル。貴男もフラムレールの同類だし」
「おいメールフルーヴ、それはどういう意味だ!?」
「……少々知性が足りないという意味だろうな……」
フラムレールの声に反応したのはメールフルーヴではなく、明るい茶色の髪と瞳を持つ美青年だった。殆ど無表情なため、元々クールな顔立ちが更に冷たく見える。
「なっ……す、少なくとも、この軽薄男とだけは同じ括りにされたくない!」
「あら、知性が足りてない自覚はあるのね」
「なんだと!」
ミラは顔を上げて4人の精霊を見つめ、笑みを零した。
湯浴みを終えたミラは、新たに2人の精霊を呼んでいた。
風の精霊・ヴァンスィエルと、地の精霊・フルフィユテール。2人共上位精霊だ。
「フラムは人気者ね」
「今のをどうやって見たらそうなるんだい?」
「だって、どうでもいい人相手だったらフィユトは悪口さえ言わないもの。メルだって、あんなにフラムに構うのは親愛の情の現れよ。それに、スィエルもフラムと一緒にされても怒らないじゃない」
「僕は女性の発言には目くじらをたてないだけだよ」
フラムレールと違い、ヴァンスィエルはメールフルーヴの台詞を全く気にしていないようだ。飄々とした態度は微塵も変わらない。
スィエルの返答を聞き、ミラは更に笑みを深めた。
「本当、皆何時でも揺らがないわね。それぞれ自分の個性が光ってる。だからこそずっと一緒に居たいと思えるのだけど」
呟くような声だったが、精霊達にはしっかりと聞こえていて、皆一様に笑みを浮かべた。
……フルフィユテールはぱっと見全然表情が動いてなかったが。
「嬉しいこと言ってくれるわね。私こそ、貴女と出逢えて本当に良かったと思っているわ。お蔭で人間も棄てたものじゃないと思えるようになったもの」
「右に同じく、だな」
「確かにそうだねぇ。君に出逢うまで人間なんか眼中に無かったし」
フルフィユテールも無言で頷いた。
「……反応しづらいこと言わないで欲しいなぁ」
ミラは苦笑して、目線を本に戻した。
今開いているページは、3大国の残り2カ国、神聖ミシェリア皇国とイストネキア帝国とのこれまでの関係が纏められている。
魔人という共通の敵が居ても尚人間同士の争いは止まず、現在ナヴァレスティ王国と神聖ミシェリア皇国はここ10数年は休戦しているものの、小競り合いは無くならず未だ戦争中だ。イストネキア帝国は今のところ中立を保っている。が、利があると見ればすぐさまちょっかいをかけてくるだろう。
(やれやれ……何時になったら自分達が愚か者だと気付くのかな。こんな昔から延々と無駄なことを。……此処は国境地帯。戦争が再開すれば十中八九戦渦に巻き込まれてしまう。このまま休戦、いや講和してくれればいいのだけど)
精霊達に罵られても仕方無い人間が間違い無く存在するなぁと思いながら、ひっそりと溜め息を吐いた。
(寝る前に読むような本じゃなかったなぁ。気が滅入る。明日話すって約束だったけど、あの子達の勉強がてら、ヴェルガ山での事文章にして読ませるようにしうかな。……うん、それがいい)
ミラは本を閉じると、雨音を聞きながら筆記具に手を伸ばした。