第2話 ある意味最高の贅沢?
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離れは、小さな石造りの小屋で、ミラが沐浴場として利用している四角い建物だ。
この世界では、湯浴みは貴族以上の地位の者や、一部の大商人などの習慣で、一般庶民はせいぜい公衆浴場か、お湯で湿らせた布で体を拭くかである。ましてマラカイト村には公衆浴場すら無い。
ミラは離れの扉を開けた。もうほぼ日が落ちてしまっているので、中は当然薄暗い。が、ミラが小さく
「ライティング」
と唱えると、拳大の白い光の球体が幾つも小屋の中に漂いだした。
扉を閉め、入口横の木棚に積んである布を1枚手に取る。中は飾り気が一切なく、大きめの空の浴槽と鏡に椅子が1脚あるだけだ。
ミラは部屋の中央に向き直ると、誰もいないはずの空間に向かって静かな声で呼び掛けた。
「我が朋友、清らなる水のメールフルーヴ、苛烈なる火のフラムレール。契約に従い、我の前に姿を現せ」
すると、ミラの目の前の空間が淡く輝きだし、やがて2つの人影が現れた。
1人は、真っ直ぐな青い髪を肩まで伸ばした、宝石のように輝く紺碧の瞳をもつ美女。魅力的な笑みを湛えたその表情は、自信に満ち溢れている。
もう1人は、癖の付いた橙色の髪をショートカットにした、血のように紅い瞳をもつ美女。不敵な笑みを浮かべたその顔は、相対する者の背筋を凍らせることだろう。
「メル、フラム。2日振りね」
2人は同時に話しだそうとして顔を見合わせ、僅かな差で蒼い髪の美女が先に口を開いた。
「ミラ、会いたかったわ。貴女がいない時間の、なんと退屈なことか。本当に、暇で暇で仕様がなかったのよ?」
「ごめんなさいね、メル。でも、魔物や獣は精霊の気配に敏感だから……。あなた達上位精霊が一緒だと、狩りどころか山中の生物が皆逃げ出してしまうわ」
「それは分かっているけれど、でもやっぱり――」
「お前はまだいいじゃないか、メールフルーヴ」
橙色の髪の美女が、会話に割って入った。
「お前はミラと契約している精霊の中でも、1番ミラと一緒に居る機会が多いやつの1人じゃないか。あたしより余程ましだろう?」
「それは貴女が自分の感情を制御しきれていないからでしょう、フラムレール。悔しかったらその血の気が多い性格を直すことね。まぁ、無理でしょうけど」
「なんだと! お前、やる気か?」
「ほら見なさい。その短気さを直せって言っているのよ。言葉の意味が分かっているのかしらね?」
メールフルーヴの言葉に、ぐぬぬと歯噛みするフラムレール。2人を一緒にするといつもこうなるのだ。ミラは苦笑しながら仲裁に入った。
「2人共。そろそろ矛を収めて。友人が喧嘩している所なんて見たくないわ」
フラムレールは納得できないという表情をしていたが、2人共素直に従った。
……メールフルーヴに余裕綽々の流し目で見られて、フラムレールの怒りが再燃しそうになっていたが。
「それで、フラムレールと一緒にここに呼び出したってことは……またアレなの?」
「ええ、そうよ。お願いできる?」
「勿論構わないわ。でも、頼ってくれるのは嬉しいのだけれど、わざわざ私達を呼ばなくても、貴女なら魔術を使えば自力で出来るんじゃなくて?」
「そうなんだけど……。魔力使うと疲れるもの。疲れを癒しに来ているんだから、楽したいじゃない。駄目?」
ミラが心底不思議そうに小首を傾げる。
「……本当に、貴女って人は……。まぁ、ミラの御願いを断るなんて選択肢、最初から無いのだけれど。フラムレール、良いわね?」
「ああ、あたしはミラの役に立つなら、何でもやるからよ!」
フラムレールの返事に頷き、メールフルーヴが腕を振り上げた。すると、今まで空だった浴槽から水が湧き上がり、あっという間に満杯になった。
それを見て、フラムレールがパチリと指を鳴らす。数秒後、浴槽の水から湯気が上がりだした。
「有り難う、2人共」
「どう致しまして。それにしても、精霊術でお湯を沸かそうなんて考える人、貴女くらいでしょうね。もの凄い才能の無駄遣いな気がするのだけど……」
魔術。それはこの世界の人間にとってなくてはならない物だ。
魔術とは、己の持つ魔力を呪文詠唱によって紡ぎ出し、世界に影響を及ぼす術のことを言う。
呪文は古来より使われている定型が存在するが、オリジナルを作ることもできるし、更に、呪文詠唱の一部を省略する詠唱略叙や全て省略する詠唱破棄という技術もある。だが両方とも難易度が高く、相当のセンスが要求される。呪文が長いものほど規模が大きかったり複雑だったりする魔術であり、より多くの魔力を必要とする。また、省略の難度もそれに比例する。
魔術の材料とも言える魔力の保有量は個人差が大きく、鍛錬してもそう簡単には増えない。その上、魔力は生命維持に必須なため、人間においては日常生活レベルのもの以上の魔法を使えるほどの魔力を持つ者は少ない。
逆に言えば、人間は誰しも魔術を使用できるので、日常生活レベル以上の魔法を使える者のことを特に魔術師と言うのだ。
これに対して精霊術は、魔力ではなく聖力という力を必要とする術だ。
聖力を持つ者は、この世界の森羅万象を司る存在である精霊を視ることが出来る。そして精霊は聖力を持つ者に引き寄せられる。そうして聖力保有者と精霊が出逢い、精霊が気に入って自分を呼ぶための文言を授ければ契約が成立する。
精霊術の仕組みは、術者の聖力と引き替えに、精霊が術者の為に力を使うというもの。聖力は精霊のエネルギー源となるのだ。精霊には、下位・中位・上位・最上位という4つの位があり、主に風・水・火・地・光・闇の6つの属性に分かれているが、属する精霊の数が極端に少ない希少属性も存在する。
下位の精霊と契約している聖力の保有量が少ない者でも、楽に中堅レベルの魔術師に勝てる。使えるだけで脅威となる術なのだ。
だが、聖力を持つ人間はとても稀少である。おまけに、精霊は個性が強かったり気位が高かったりする者が多いため、人間を気に入ることは滅多にない。
従って、精霊術師は非常に珍しい存在なのだ。
因みに他種族では、圧倒的魔力量を誇る魔人や、魔人には劣るもののかなりの魔力を保有するエルフが、人間とは少し形態が異なる魔術を使用している。
また、魔人は精霊術は使えないが、エルフは例外なく皆精霊術師だ。
「そうか? 平和的な使い方をしてるだけマシだと思うが」
「……まぁね。本当、偶然とは言え、ミラの両親が都から此処へ越してきたのは正解だったわね。もし隠居していなかったら、今頃貴族に干渉されまくっていたでしょうね」
「精霊術と魔術の両方を使いこなす人間なんて、危険過ぎるからな。どんな手を使ってでも手懐けるか排除しようとするだろ」
「ミラは規格外過ぎるからねぇ。そこが気に入っているのだけど。それにしても、あなたが状況を正確に理解しているなんて珍しいわね。明日の天気が心配だわ」
「てめぇはいつもいつも一言多いんだよ!」
「あら、褒めてさしあげたのに」
「何処がだ!」
精霊2人がまたわいわい言い始めたのを余所に、ミラは嬉々として湯浴みを始めていた。
う~ん…設定の説明って難しい…。
矛盾点等ありましたら、御指摘いただければ有り難いです。