第12話 治療と事情
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ミラが3頭の馬を先導して家に向かって走っていると、前方の畑からハーティが顔を見せた。
「ミラちゃん、なんか騒がしいけど……って、あんたら、大丈夫か!? 一体どうし――」
怪我だらけの男達を見てハーティが慌てて声を上げたが、ミラは足を止めること無くその言葉を遮った。
「ハーティさん、話は後です! それより、サナさんとアムさんを呼んできて下さい! 私1人では手が足りません!」
真剣な表情と声音に、彼はハッとした様子で頷いた。
「あ、ああ! 分かった、任せてくれ!」
言うが早いが、ハーティは畑へ駆け戻っていった。
それを横目で見送りながら、ミラは少し速度を上げた。
家に辿り着くと、ミラは玄関の戸を開けたまま家の中に入り、先刻の間に出してきていた敷物を魔術で殺菌した。
それから、水を入れておいた鍋を魔術の火にかける。一瞬で沸かすことも出来るが、怪しまれるわけにはいかない。
そこへ男達が意識の無い仲間を担いで入ってきて、ミラに指示されて仲間を敷物の上に寝かせた。
ミラはその傍らに膝をついて怪我人の全身を観察し、他に命に関わる傷が無い事を確認してから腕の傷を診た。
右腕の、肘と手首の丁度中間のあたりに、2つ並んだ牙の痕がくっきりと残っていて、その周囲の皮膚が毒々しい紫色に染まっている。毒が回っている証拠だ。
きちんと止血がされていたため出血量は少ないものの、傷がかなり深いため、余り時間的猶予はない。
「噛まれたのはこの方だけですか?」
「あぁ、こいつだけだ」
ミラの問いかけに、一番怪我の少ない男が代表して答える。その言葉通り、4人共爪で切り裂かれたような傷や打撲痕、擦り傷等は散見されたが、噛み傷らしき物は見当たらなかった。
それに頷くと、ミラは立ち上がって机の上にあった籠を左手で取って玄関の方へ向かい、階段の前の扉を開け、その中に入った。
其処は物置のような部屋で、壁際の棚や床に様々な物が置かれていた。
ミラは後ろ手に扉を閉めると、真っ直ぐ奥に向かい、しゃがみ込んで床の一部に右手を押し付け、軽く魔力を流し込んだ。
すると、手の下から光のラインが走っていき、床に正方形が描き出された。それと同時に、端の方に取っ手らしき物も現れる。
ミラが手を離した時には、さっきまで何の変哲もなかった床に引き上げ戸が出現していた。
それを開けると、地下へと続く階段が現れた。ミラは魔術の照明を点けると、迷う事無く降りていった。
急な階段を10段ほど降りた先は、それなりに広い部屋の中央だった。
壁一面に、15センチ四方くらいの小さな引き出しを持つ箪笥がずらりと並んでいて、その高さは天井まで届く程だ。それ故か、幾つもの大小様々な踏み台が置かれている。
階段の裏側には机があり、その上には資料のような紙束が積み上げられていた。
此処は、地の精霊たるフルフィユテールの力を借りて作った、薬草の貯蔵室だ。
薬草には膨大な種類があり、その効果も幅広く、非常に便利だ。だが、素人が扱うには少々危険な面がある。使い方を間違えると毒になるような物はざらだからだ。
そのため、この部屋への入口は魔術で施錠し、隠してある。ミラの魔力が鍵代わりだ。
「えぇっと、確かあれは……」
ミラは何かしら呟きながら右手で引き出しを開け、中の薬草を必要量だけ取り出して、左手の籠に入れる。時折踏み台を引き摺りながら、次々と引き出しを開けていく。
薬草は物によっては生のままでしか使えない。また、乾燥させて使う物でも、保存するには温度や湿度に注意しなければならない。
そのため、引き出しの1つ1つに魔術がかけられており、それによってそれぞれに適した環境を作り、長期保存を可能にしているのだ。……世間一般での付与魔術の主な用途は武器の強化なのだが。
「後はこれだけっと……よし、揃った」
暫くしてはっきりとした声を上げたミラの手の籠には、20数種の薬草が入っていた。
階段を上がって戸をしっかりと施錠してから物置を出て、ミラが居間へと戻ると、時を同じくして玄関の方から足音が聞こえてきた。
「ミラちゃん、怪我人だって聞いたけど」
振り返ると、リビングの入り口に2人の老女が立っていた。普段は温和そうな顔立ちなのだろうが、今は怪我人を見て厳しい顔をしている。
「サナさん、アムさん。重傷者の手当てに時間が掛かりそうなので、その間に他の方達の手当てを御願いできますか? 必要そうなものは出してきています」
「はいよ。任せなさいな」
「お安い御用さね」
ミラの言葉に、サナとアムが頷いた。
「頼みます」
ミラは先程取ってきた薬草の一部をサナに渡した。サナはそれを目を通すと、アムと視線を合わせてから治療の準備に取り掛かった。
サナは幼い頃のミラに薬草について教えた女性だ。今では年のために自分で採取に出掛ける事こそ無いものの、当時村1番と言われたその腕は衰えていない。
アムはミラを除いてこの村で唯一の魔術師だ。使える魔術は治癒に関する物が殆どだが、それでも田舎では貴重な存在である。
当然のことながら、治療はただ傷を塞げばいいというものではない。傷口の消毒等も必須な上、場合によっては骨や神経の再生も必要となる。
それらを魔術のみで行おうとすれば、相当量の魔力を消費することになってしまう。並の魔術師では到底そんな事は出来ない。
その為、薬草を治療の補助に利用する事は多い。その場合はサナとアムのように分担して行うのが主流だ。
サナ達が作業を始めたのを確認すると、周りの視線を遮るように背中を向け、ミラは口を開いた。
「フィユト。不要だとは思うけど、一応助力お願いしても良い?」
「ああ」
いつも通りの簡素な返事だが、無表情にはほんの僅かに気遣うような雰囲気が漂っていた。
本当ならば全員こんな手間を掛けずに――怪我人の苦しみを長引かせることなく治すことが出来るのにそうしないことを、気にしているのではないか、と。
それにミラは微笑で返した。
「大丈夫。いつもの事だからね」
ミラはそう言うと、自分も薬の準備に取り掛かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ふぅ、という吐息とともに、ミラは集中を解いた。同時に、患部に当てていた手から放たれていた、柔らかな光も消える。
腕を穿った牙の痕も、変色した皮膚も、もうそこには見られなかった。
「な、治ったのか!? ソイツは大丈夫なのか!?」
サナ達の治療を受け終えた1人が、掴み掛からんばかりの勢いでミラに問い掛けた。
「もう大丈夫ですよ。これ以上の治癒魔術の使用は体に負担を掛けますから、残りの傷は薬草治療だけにしておきます。体力が粗方戻りましたら、其方も魔術で完治させられますよ」
ミラが安心させるように微笑みながら告げると、幾つもの安堵の溜め息が漏れた。
「良かった……」
「本当にありがとう」
「いえ、大したことではありません」
口々に謝礼の言葉を口にする男達に、ミラは何でもないという風に答えた。
視線は既に手元に戻っており、てきぱきと数種の薬草で軟膏のような物を作っている。
暫くして3種類の塗り薬が完成し、傷の種類別に使い分けながら、何カ所もの患部に塗り、丁寧に包帯を巻いていった。
その作業を終えると、治療が終わった1人に手伝わせて、寝息をたてている男を2階に運び、元は両親が寝室として使っていた部屋へ入ると、そこのベッドに寝かせた。
部屋を整えてから1階に下り、物置から椅子を2脚出してきた時には、全員の治療が終わっていた。
「皆さん、どうぞお掛けになって下さい。お茶でも淹れますから」
ミラはそう言うと、支度を始めた。
お盆の上に載せたティーカップの最後の1客に湯を注ぎ終えると、椅子を増やしたテーブルに着いていた男達からお茶を配った。
「どうぞ。心が落ち着きますよ」
「申し訳ない」
すまなさそうな顔に微笑で返し、1人1人の前にカップを置いていった。
続いて、ソファに座っていたサナとアムのところに向かい、先程のお茶とは少し色の違うお茶が入ったカップを手渡した。
「サナさん、アムさん、有り難うございました。どうぞ。お2人のはいつもの茶葉です」
ミラから渡されたカップを見て、ソファに座ったサナ達が微笑んだ。
「お役に立てたようで、何よりさね」
「本当。私達で力になれて嬉しいよ」
笑顔でカップを受け取った2人にミラも笑みを少し深めた。それから、自分の分のカップを持って余った椅子に座った。
「……何というか、不思議な味のお茶ですね。初めて飲みました」
「私のオリジナルですから。私が育てている薬草を茶葉として使っているんです」
1人の感想に、ミラが微笑んだまま答えた。それにほぉ、という吐息が漏れる。
一瞬場に沈黙が降りた後、最も軽傷だった男がカップを置いて話し始めた。
「ミラさん、サナさん、アムさん……でしたか。俺の名はアレン、この巡察小隊の隊長を務めています。コイツらは俺の部下で、右からバルダ、ティーライネス、ロイド。もう1人はゼノンと言います。俺達のような見ず知らずの人間を助けてくれて、本当にありがとう。お陰で仲間を死なせずに済みました。感謝してもしきれないです」
そう言うと、アレンはミラとサナ達それぞれに向かって頭を下げた。3人の部下もそれに倣い、異口同音に感謝の言葉を述べた。
「いえ、本当に大したことではありませんから。お気になさらず。それに、私のような小娘に堅苦しい口調は無用です。それより、どうしてファングビーストと戦闘に? 街道を使う方々が遭遇したなんて聞いたことが無いのですが」
ファングビーストの主な生息地はある程度以上険しい山の奥地だ。南の森方面の街道は、森や山々の間を縫うように走っている。基本的に街道を行く巡察隊が山中に棲むファングビーストに出遭うことはまず無い筈なのだ。
当然の疑問だったが、アレンは困惑したような表情になった。
「それが……俺達にも分からないんだ。普通に街道を通っていたら、いきなり山の方から現れて、あっと言う間に囲まれてしまって……」
歯切れの悪いアレンの語尾に被せるようにして、フルフィユテールがぼそりと、
「言葉が揺れて、視線が逸れた……信用に欠けるな」
と呟いた。それにミラは微妙に眉根を寄せる。
「具体的な場所は分かりますか?」
「ガーネット村の近くだ。最初はそこに助けを求めに行ったんだが、ここには治療師が居ないから、マラカイト村に行けと言われて……。それで急いでここに」
ガーネット村はマラカイト村から見て南西の方角、馬でなら1時間ちょっとの距離と言ったところにある。一旦村に寄ってから怪我人を気遣いつつ来たなら2時間は掛かっただろう。先刻の発言とも合致するし、今度はフルフィユテールの指摘も無い。
ミラ達は今まで何度か他の村から助けを求められて出張していて、ガーネット村にも行ったことがある。それで咄嗟に此処に来るように言ったのだろう。
(ガーネット村の方の山には最近行ってない……その間に向こうで何かあって、調査隊が出たとか? でもそれなら隠す意味は無い筈。かと言って、フィユトの観察眼は十二分に信頼できる物だし……。うーん、ちょっと情報が足りないかな)
ミラが思案していると、サナが2人分のカップを持って近付いて来た。
「ミラちゃん、御馳走様。相変わらず美味しかったよ。それじゃ、私達はそろそろ畑に戻るよ」
サナの言葉で現実に引き戻されたミラは、はっとした様子で顔をそちらに向けた。
「あ、はい。お粗末様でした。あの、アムさん――」
「分かってるよ。この人達の事は私から兄さんに話を通しておくさ」
「有り難うございます。お願いしますね」
カップを流しに置くと、サナ達は家を出た。
「兄さん……?」
ミラが顔を戻すと、今の会話の意味が分からなかったアレン達が一様に首を傾げていた。
「ああ、アムさんはこの村の村長の妹御なんです。この村で来客が泊まれるような家は村長の御宅くらいですから」
さらりと宿泊先の確保を告げたミラに、アレンが驚いた様子で反論した。
「いや、これ以上面倒をかけるわけには……」
「遠慮は無しです。軽傷だったとはいえ、貴方方も負傷していたのですから。きちんと体を休めなければいけませんよ」
呆れたと言わんばかりの口調で返すと、アレンは口を噤んだ。だが、納得していないのが丸分かりな顔をしている。
アレンがもう一度口を開く前に、唯一の金髪をした青年が発言した。
「まあまあ、アレンさん。ここは素直にご厚意に与りましょうよ」
「ティル、しかしだな」
「治療師が休めと指示しているんですから。患者はそれに従わないと」
アレンは渋る様子を見せたものの、ティーライネスの正論に続けようとした言葉を飲み込んだ。
「……そうだな。済まない、世話になる」
そう言って頭を下げたアレンに、それでいいんですとばかりにミラが微笑んだ。
「ティーライネスさん、御協力感謝します」
「え? いや大したことじゃ……って、僕の名前、一発で覚えてくれたんですか!? 無駄に長いのに」
ミラにアレンが1回口にしただけの自分の名を正確に呼ばれたことに、ティーライネスは驚愕の表情を浮かべた。
「何かを覚えるのは得意ですから」
「そう言えば、僕とそんなに歳変わらなさそうなのに、薬草と治癒魔術を両方扱ってましたね……。並の記憶力じゃ、幾つもの薬草の効能を覚えきれないでしょうし、当然ですか」
感心した様子でうんうん頷いている。顔立ちや体つきは20歳前後くらいに見えるのだが、口調や仕草がどこか幼い印象を与えていた。
年上であろう相手に微笑ましさを覚え、ミラは苦笑した。
「私など、まだまだですよ。若輩者ですし」
「いやいや、軍付きの治療師には両方扱える人少ないですし、あの人達よりも手際も良かったですよ」
「そういや、治療前に資料捲ってる奴とかザラだもんな」
「そうそう。1人変わり者がいるけど、それ以外はあんまり町医者と変わりないよね」
ここで、少し荒っぽい雰囲気を持つバルダと、どことなく軽薄な口調のロイドも話に加わってきた。両者とも、ティーライネスよりは年上だろうが、まだ20代前半であろう。
「ですね。あの人がミラさんの事聞いたら、確実に質問責めにしますよ」
「そうだろうねぇ」
「間違いねぇな。俺がこの前診てもらった時も――」
ミラの治療の腕から、軍の変わり者とやらへと段々話がずれていっている3人を眺めていると、ミラの耳に目の前の4人以外の声が届いた。
「ミラ。ちょっと良いかい? 報告したい事がある」
突然響いた自分にしか聞こえないその声に、ミラはほんの僅かに頷いただけで、全く表情は変えなかった。さり気なく席を立って4人にお茶のお代わりを注ぎ、
「済みません。すぐに戻りますので」
と言うと、アレン達の返事を待たずにリビングを出て2階へ向かった。
今回から、1字目を下げてみました。この方が読みやすいでしょうか?
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