第11話 怪我人
遅くなりました。
ゴールデンウイーク連続投稿、最終回です。
暖かい日差しに照らされて、鳥達が嬉しげな声で囀る。地面で芽吹き花を咲かせどこか誇らしげな様子で佇む野草を、柔らかな風が挨拶するかのように揺らしていく。
そんな、麗らかな春の朝。
ミラは家の南側、ほぼ一日中陰にならない場所に大きな布を広げていた。
四隅に重石を載せて布が飛ばないようにしてから、一度家の中に入る。数秒後、麦藁で編まれた籠を持って戻って来た。
そして、籠の中から昨日の薬草を取り出し、布の上に並べ始めた。
薬草を乾燥させるには、春なら少なくとも2日かかる。子供達が辿々しい手で処理を終えたのは午後も半分を過ぎようかと言う頃だったので、昨日干した分では足しにもならない位だ。
並べ終えると、ミラは空を仰いだ。
「うーん、今日は春としてはかなり日差しが強くなりそうだけど……やっぱり1日じゃあ足りそうにないなぁ。まあ、明日も晴れるからいっか」
太陽を見つめながらぶつぶつと独り言を言っていたが、ふいに視線を干した薬草に戻して微笑んだ。
「あの子達も頑張ってるんだから……先生としては、精々追い抜かされないようにしないとね」
そう呟くと、ミラは自分が管理している薬草畑へと足を向けた。
畑といっても、1人で世話をしている為大した規模ではないし、狩りで数日間家を空けることも多い為、余り手のかからない物しか育てられない。が、それでも此処で栽培している薬草は村での生活に大いに役立っている。ハーブティーの原料の一部も此処で作っているのだ。
毎朝薬草の様子を見てそれに応じて世話をし、摘み時の薬草を収穫する。それが村に居るときのミラの日課だった。
今日は春咲きの薬草の花が収穫時を迎えていた。実を付ける分を残しながら収穫し、籠に入れていく。育てていた成果を摘み取る楽しみを味わうのは、栽培者の特権だろう。
……だからといって、若干鼻歌交じりに余り見かけない植物の世話をする様子は、端から見ると少し……いやかなり不気味な気もするが。
だが、周囲には誰もいないため(精霊達はもう見慣れていて微笑ましそうに見ているから勘定外)、ミラの様子について突っ込む者は無かった。
暫くして全ての畑の見回りを終え、今収穫した分の処理を始めようと、籠を持って立ち上がった時だった。
終始楽しそうだったミラの表情がふいに消え、鋭い目で周囲を見回し始めた。
「ミラ? どうかしたの?」
怪訝そうな顔でメールフルーヴが尋ねると、ミラは珍しく固い声で答えた。
「……分からない。唯、上手く説明できないけど、何か嫌な予感がする」
その言葉に精霊達も真剣な顔になった。
これまで険しい山で多くの時間を過ごしてきたミラの勘は、好ましくないこと、つまり危険に対してかなり鋭い。気のせいにして終わらせることは出来なかった。
「スィエル、フィユト。何も無いかもしれないけど、調べてみてくれない?」
「お安い御用だよ」
「……任せろ」
頼まれなくても調べるつもりだったので、2人は即答し、分担して各々の力で周囲を探索していく。
やがて、フルフィユテールが声を上げた。
「……ヴァンスィエル、どうやらこちらのようだ」
彼にしては長い発言に、ヴァンスィエルがすぐに反応し、感覚をそちらに向ける。
フルフィユテールは地中の事なら手に取るように分かるが、地上の事は存在を感じ取ることしか出来ず、それが何なのかまでは分からない。その為ヴァンスィエルにふったのだ。
「……見つけた、これか。本当、ミラの第六感には舌を巻くよ」
少しして、呆れたような感心したような言葉を発したヴァンスィエルに、皆の視線が集まった。
「南の森沿いを、此方に向かって馬で走ってきている人間がいる。人数は5人。けど、明らかに様子がおかしい」
「どういうこと?」
「馬が3頭しかいない。それに、全員何処かしらに傷を負っている。多分、相乗りしている内の1人は意識が無いね」
報告の内容に、ミラは息を呑んだ。が、努めて冷静さを保って問い掛ける。
「その人達の服装は?」
「この間町で出会った、割とマシな人間と似たような服だね」
「……それひょっとして、コーシャス中尉のこと?」
「そういえば、そんな名前だった気がするな」
ミラはヴァンスィエルの返答の仕方に少し呆れたようだったが、今は突っ込んでいる場合ではない。
(コーシャス中尉と似たような服ってことは、軍服? じゃあその人達は国境警備軍の巡回部隊かな? だとしたら、盗賊に襲われたって言う線は消えるよね)
盗賊が軍の兵士を襲うことはほぼ無い。余程切羽詰まっていれば別だが、ある程度の人数が居なければどう考えても分が悪いし、実入りの少ない仕事になる可能性が大だからだ。
ならば。
「その人達、魔物に襲われた可能性が高いね。今どの辺りまで来てる?」
「後10分もすれば着くんじゃないかな。どうする? 助けたいんだろう?」
ヴァンスィエルの問い掛けに、少しだけ悩むような素振りをしてから答えた。
「向こうが馬に乗っているんなら、迎えに出るよりそのまま家まで来てもらった方が速いから、私は蹄の音が聞こえるまで此処にいるよ。スィエルは南方の警戒を。彼等を襲った魔物がまだ居るかもしれないし、彼等の血の臭いに釣られて新たに魔物が出てくるかもしれない」
「了解。実際に出た場合は?」
「物によったら勿体ないけど、殺って。フラムはその場合の後始末をお願い」
「分かった」
フラムレールが頷くのを見てから、ミラは残る2人に向き直った。
「フィユトは私と一緒に居て。薬草を使う事になるだろうから。メルは私達の注意が他に逸れている時に村に何かあったら不味いから、南方以外の警戒を」
「……分かった」
「任せて頂戴」
役割分担を終えると、ミラは南の森の方を見やったが、今の所は何も見えなかった。
まだ少し時間があると見て取り、ミラは持ったままだった籠を置きに家の中に入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数分後、ミラが家から出て来ると、微かながら蹄が地面を打つ音が響いてきた。
その音が聞こえてくる方向に向かってミラが歩いていくと、来訪者の姿が見えた。
ヴァンスィエルの言っていた通り、3頭の馬に5人が乗っている。服装はまだ遠くてよく分からないが、怪我をしているのは遠目にも明らかだった。
向こうもミラに気付いたのか、1人で馬に乗っていた男が馬に拍車をかけた。一気に速度を上げた馬は、ミラに向けて一直線に走って来る。
十数秒後、先行してきた馬がミラの下まで辿り着き、まくし立てるように言った。
「突然すまない、だが仲間の命が危ないのだ! この村に治療師は居ないか!? 居たら手を貸して欲しい!」
顔中に焦りの色を浮かべた男に対し、ミラは落ち着くようにと手振りで示してから言った。
「治療師何て御大層な者ではありませんが、傷の治療なら私ができます」
「本当か!?」
「はい、ですから落ち着いて話を聞かせて下さい。一体何にやられたのですか?」
自分よりも年下の少女が落ち着き払っているのを見て、男も幾分か冷静さを取り戻した。
「ファングビーストの群れに襲われたんだ。何とか全滅させたんだが、1人が腕を噛まれて……」
それを聞いて、ミラの顔が思わず歪む。
ファングビーストは、一体一体はそれ程手強くはないが、7~15匹程の群で行動するため、少人数で出会うと厄介な相手だ。
この魔物の最大の特徴はその名の通り大きな牙で、そこからは毒が滲み出している。噛まれたら出来るだけ早く手当をしないと、死ぬか、生き残っても麻痺などの後遺症が残ってしまう。
「噛まれたのはどれくらい前ですか?」
「多分、2時間くらいだと……」
思ったよりも深刻な状況にミラがさらに顔を歪めていると、残り4人がすぐ側までやって来た。それを見て、ミラは思考を切り替える。
「治療は私の家で。着いてきて下さい」
男達を先導しながら、ミラは頭の中でファングビーストの毒に対する解毒薬のレシピを思い出していた。
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