第10話 授業
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ゴールデンウイーク連続投稿、第三弾です。
ミラがヴィシュヌ山から持ち帰った土産が子供達の歓声に出迎えられた、次の日。夜明け前から降り始めた雨はそれ程激しくはないものの、流石に農作業は出来ない。その為、村の者達は皆、村長宅に集まって過ごしていた。
男達は村長と共に話に花を咲かせ、女達は機織りや裁縫なんかをしながら日頃の愚痴を零し合っている。
そして、ミラと子供達はというと。
「ミラ姉ちゃん、コレって何?」
「どれどれ? あぁ、それはね――」
「ミラねえちゃん、できたよ! みてみて!」
「ちょっと待っててね。でね、これはこの辺りには生えないけど、もっと南の方に行けば――」
食堂に並んでいる長机に座り、お勉強会の真っ最中だった。
6歳未満の子達は読み書きの練習、それ以上の子達は薬草についての勉強だ。この村のような田舎には医者は居ないため、暮らしていく上で薬草の知識は必須だからである。
先生役がミラ1人なので、ミラを呼ぶ声がひっきりなしに飛び交っている。年齢によって学んでいる内容が異なるため、教える方も大変そうだった。
「――に実が生るから、それをまだ青いうちに採って――を煎じて飲むの。分かったかな?」
「うん! ありがとう!」
「どう致しまして。次は――」
「ボクだよ!」
「どれどれ……凄い、文句無しの満点ね」
「やった!」
「ここまでは完璧みたいね。じゃあ次はこれをやってみて」
「はーい」
「ミラ姉ちゃん、課題の本読み終わったよ!」
「速いわね。じゃあちょっと内容の確認をしましょうか」
あっちへ呼ばれ、こっちへ呼ばれ、机の間を動き回り、それぞれ違う用件に対処していく。慣れていなければ目を回してしまうのではないだろうか。
そんなこんなで時間は過ぎていき、ミラへの質問が一旦途切れたときには、勉強会が始まって既に3時間程経過してしまっていた。
「はーい皆! それぞれの区切りの良い所で休憩にしましょう。お茶を入れるわ」
「やったー!」
ミラの言葉に子供達が歓声を上げた。基本的には真面目な子達だが、座って勉強するよりも体を動かして遊びたい年頃なのだろう。実に素直だ。
ミラは笑みを浮かべると、自宅から持参していた茶筒を持って厨房へ向かった。
村長宅の厨房は、時々皆で夕食を取ることもあるので、村では一番の広さである。
ミラは食器棚から人数分のティーカップを取ると、それぞれに茶筒の中身を少量ずつ入れていく。
それが終わると、壁際に置かれていた土瓶を手に取った。
「スプリング、ボイル」
ミラが呟くと、一言目で土瓶を見る見るうちに水が満たし、二言目でその水が沸騰した。
それを順にティーカップに注いでいく。
これでミラお手製ハーブティーの完成である。
ミラはこの村では一番薬草に精通しており、山で採取して来るだけでなく、自宅周辺の空き地を利用して栽培もしている。
薬草は怪我や病気の時だけでなく、普段お茶として楽しむことも出来るのだ。勿論薬効もある。
今淹れたのは、ヒルガオを中心に調合した、疲労回復の効果があるハーブティーだ。
全員分淹れ終わると、トレイに載せて食堂まで運んだ。
ミラが食堂に戻ると、ほんの4、5分の間に子供達は早くもきゃいきゃいと騒ぎ始めていた。その様子に目を細めながらカップを配っていると、利発そうな顔立ちの少年が話し掛けてきた。
「ミラ姉、ちょっといい?」
「ん? なあに、ライム?」
ミラはお茶を配り終えてから振り向いた。
ライムは最年長ということもあり、子供達のリーダー的存在だ。周りへの気配りが上手く、頭の回転も速い。その為、大人達からも頼りにされている。
「ミラ姉、以前俺を薬草採りに連れて行ってくれたことあっただろ? あの時、実物を見て自分で採取することは大事だなって思ったんだ。だから、あいつらにもやらせてやりいんだけど……ダメかな?」
予想外の言葉にミラは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにニヤっと笑った。
「あら、さてはマイかマキあたりに、自分も行きたいってせっつかれたんでしょう?」
「な、何でそれを!?」
狼狽えるライムの様子を一頻り笑った後で、ミラは先刻の問いに答えた。
「ライムの言う通り、薬草を学ぶ上では実践が重要だしね。ある程度まで勉強が進んでる子達なら、連れて行っても良いわ」
「ホントか!?」
「ええ。でもそれには許可を貰わないとね。これからお茶をお出ししに行くから、そのついでに聞いてきてあげる。だから私が戻ってくるまで、あの子達のこと見ていてね」
「ありがとう! こっちは任しといて!」
ライムに子供達の面倒を頼むと、ミラは厨房へUターンした。
新たに淹れたハーブティーを持って、まずは男達が集まっている部屋へ向かった。子供達に淹れた物とは違い、大人用のハーブティーは、肩凝りや腰痛、神経痛などそれぞれの持つ症状によって調合を変えている。
部屋の扉を叩き、茶を持ってきた旨を伝えると、入りなさいと声が掛かった。
部屋の中では相変わらず話をしていたらしく、和やかな空気が漂っていた。ミラが1人1人にお茶を手渡していき、男達が口々に礼を言う。全員に行き渡ったところで、村長が一口お茶を飲んでから口を開いた。
「ふむ、いつもながら上手い茶じゃな。これで薬効があるというのじゃから、本当に素晴らしいのう。時にミラ。何か話をしにきたのではないかね?」
ミラは先に問い掛けられて一瞬驚いたような顔をした後、苦笑した。
「相変わらず鋭いですね。実は――」
ライムのお願いの事を話すと、村長はあっさり頷いて同意した。
「ふむ、確かに必要じゃろう。ミラさえ構わないのであれば、行ってきなさい。畑の方は1日くらい子供達が抜けても大丈夫じゃろうて」
のう? と村長が問いかけるような視線を向けると、男達も頷いた。
「してミラ、何時、誰を連れて行く気なんじゃ?」
「明後日、発案者のライムから年順に、マイ、マキ、リーマ、トウリ、キキ、トレム、ノアまでのつもりです。行き先は……山登りは無理でしょうから、南の森にしようかと」
「そうかそうか。村の事は気にせず、行っておいで」
「有り難うございます。では、私はこれで失礼致します」
ミラは御辞儀してから再び厨房へUターンし、ハーブティーを持って今度は女達の了承を得に行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日付は変わって翌々日。
村のすぐ南に広がる森、パイナス。中心部は光が届かないほど木が生い茂っており、入り込めば迷うこと必至だが、端の方は比較的明るく、危険な生物もほぼ居ない。その手前に、ミラは少年と少女を4人ずつ連れて立っていた。
「森に入る前に、もう一度注意事項の確認をします。森の中でしてはいけないことは? ノア」
「知らない植物にさわることと、目当てじゃない薬草を採ること!」
ミラに訊かれた薄茶の髪の少女が元気良く答えた。
「正解。他に注意することは? キキ」
「2人1組で行動して、絶対に離れないこと。木の数が増えてきたら、それより向こうには行かないこと」
次に話を振られた濃い赤髪の少女は、ノアとは対照的な落ち着いた雰囲気を持っていた。
「その通り。じゃあ皆それぞれのペアに別れて」
ミラの合図で子供達が動く。
ペアは基本的に同い年同士で、この中では最年少のトレムとノアのペアには、ミラが同行する。ペア別に課題の薬草を探して採取するのだ。
ミラはちらりと空を見上げて太陽の位置を確認してから、顔を戻した。
「太陽が真上に来る時間に、此処に集合します。良いですね?」
「「はーい!」」
「それじゃあ、出発しましょう」
その言葉と共に、9人は森へと足を踏み入れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ミラ姉ちゃん、あれってヨモギじゃない?」
「ん? あれは違うよ。良く見てごらん。少し葉の形が違うでしょう?」
「あ、ホントだ! 本で見たのとちょっとちがう」
「ね? これはトリカブトといって、薬にもなるけれど、使い方を間違えると凄く危ない毒草なの。だから触っては駄目よ」
「うん、分かった!」
「わたしも!」
トレムやノアが質問し、ミラがそれに答える。また、ミラが問題を出し、トレムやノアがそれに答える。先程からそれが繰り返されていた。
実際に採取をするのはこの2人にはまだ早いため課題は無く、ミラの授業を実物を見ながら受け、ミラが薬草を採取するのを見学するのが今日の目的である。
因みに、ミラが採取しに来たのは止血効果のあるコノテガシワの葉や、大人用のハーブティーにも入っているスイカズラの花等だったが、それらは既に見つけて採取し終えている。
ミラがふと立ち止まり、傍らの木を指差した。
「トレム、この木が何だか分かる?」
「ええっと……分かった、アカマツ!」
「その通り。じゃあノア、肩凝りに効くのはアカマツのどの部分かな?」
「うんと、樹脂! で、夏に集めるの!」
「正解。2人共、良く勉強してるわね」
ミラに褒められる度に、トレムとノアはやったー! と無邪気に喜んでいる。
ミラも幼い生徒達をどこか嬉しそうな表情で見つめていた。
「さて、そろそろ戻り始めないと集合に遅れてしまうから、行きましょうか」
「えぇー、もう帰るの?」
「まだいいでしょう?」
ミラの言葉に先程までの喜びの表情から一転、不満げな顔をする2人。まだまだ物足りないようだった。
「そんな顔しないの。帰りは違う道を通るから、さっきは見なかった植物も見れるよ」
「ホントに?」
疑わしげな顔をする2人を見て、思わず苦笑が漏れた。
「本当よ。さ、行きましょう」
トレムとノアは如何にも渋々といった様子だったが、それ以上は文句を言うこともなく従った。
……暫くして行きには見なかった薬草を見付けて、2人の機嫌があっと言う間に直ったのは言うまでもないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
集合時間に少々遅れたペアもいたものの、怪我をした者も無く、全員無事に森の入り口に戻って来ていた。
現在、ミラは子供達から話を聞きながら、採取してきた薬草を確認している。
課題をクリアした子は褒め、間違った植物を採ってきた子には見分け方を解説し、見つけられなかった子には探し方のコツを教えていく。
やがてチェックを終えると、ミラは全員の顔を見てから言った。
「お疲れ様。ライム以外は初めてだったのに、皆良くできました。でも、処理をし終えるまでが薬草採取よ。さあ、村に戻ってもう一仕事よ」
「「はーい!」」
まだまだ元気そうな子供達を連れて、ミラは村へと歩き出した。