プロローグ
嶮しい山の獣道を、足音も立てずに駈けてゆく人影があった。
肩下まであるウェーブのかかった黒髪を風に靡かせて、人影――少女は、まるで何かに導かれるかのように、迷いなく山奥に入っていく。
やがて、少し開けた場所に出た。雪解け水が小川となって流れ、木々に遮られることのない陽光を浴びて、色とりどりの花々が風に揺れている。
少女は付近の白樺の陰に隠れて、息を殺した。
数分後、少女がやって来たのとは別の方向から、魔狼の群が姿を現した。全部で15匹。6~7匹単位で行動することの多い魔狼としては、大所帯だ。
普通の狼の倍以上の体躯と鋭く長い爪と牙を誇る魔狼は、間違っても1人で10匹以上も相手にするモンスターではない。
だが、少女は魔狼の群を見るなり、玉虫色の瞳を煌めかせた。小川の水を飲み始めた魔狼を暫く観察すると、一際大きな躯を持つリーダーらしき個体に向けて、背にかけていた弓を構えて矢をつがえ、続けざまに2本の矢を射た。
矢は正確にリーダーらしき魔狼の胸と首を貫いた。恐らく即死だろう。それにより、漸く少女に気づいた魔狼が混乱しているうちに、3射目、4射目と更に矢を撃ち込んでゆく。
魔狼の群が山奥へと逃げ去る頃には、5体の屍が転がっていた。
少女は弓を背中にかけ直すと、魔狼の死体の処理を始めた。
魔狼の毛皮は防寒性に優れているし、爪や牙は研げばナイフの代わりになる上に、都市部へ持って行けばそれなりの値段で売れる。そして、そのままでは食べられないが、天日干しにすれば肉はとても美味だ。
作業の途中、少女は血の臭いに顔をしかめることもなく、戦利品を小川の水で洗うと、荷物を纏めた。
少女はふと、空を見上げた。今は太陽が燦々と、麻布のシャツとズボンに革靴という軽装の少女を照らしているが、夜には雨が降るだろう。少女の経験がそう告げていた。
(もう1晩山で過ごす予定だったけど…。まぁ、いいか。昨日と合わせて向こう2週間分の肉は獲れたし、売り物も手に入ったからね。)
少女は大きく伸びをすると、午後の太陽が照りつける空間から、薄暗い静寂へと再び足音もなく戻っていった。