第十九話 - 『幕間の聖夜①』
師走の語源のひとつに、師匠の僧が走り回るほど忙しい月だから、というものがある。
その真偽は定かではないものの、確かに一年の締めくくりである十二月は人々の気をそぞろにさせる。 とはいえ、西洋文化を多分に取り入れた近代の日本においては、十二月と聞いて連想される言葉は師走よりもクリスマスの方かもしれない。
「なんか、ちょっと緊張するな。達郎は知ってる人いるからいいけどさ」
「俺だって数人くらいだよ」
聖誕祭の晩、達朗は三浦純平を伴って喫茶店ユーフォリアへと向かっていた。 小夜からクリスマス・パーティーの招待を受けたためだ。 なんでも毎年恒例で、知り合いのみの小さなパーティーらしい。
元来、人付き合いの苦手な達郎としては少々気後れする気持ちもあったのだが、 友人を誘ってもいいということだったので、三浦と共に訪れたのだった。
喫茶店ユーフォリアにはいつもと違って窓にはカーテンが下りており、表には『貸切』の札がかかっていた。 パーティーはもう始まっているらしく、近づくにつれ賑やかな雰囲気を感じ取る。
「……ところで、“ソレ”は誰にあげるつもりなんだ?」
「噂の美人店長さんに決まってんだろ。せっかくお招きいただいたことだし」
三浦の手には、赤い薔薇が一本握られていた。 ご丁寧に、クリスマスカラーの三色リボンがかわいらしく結ばれている。 三浦の下心とは裏腹に、クリスマスにはふさわしい。
カウベルを鳴らして二人が店内に足を踏み入れると、すぐに小夜がこちらに気がついた。 いつもの白シャツと黒のパンツではなく、今日はシックなワインレッドのドレスを着ている。 肩にさりげなく羽織ったシフォンのストールが大人の色気を醸し出していて、達朗は背後の三浦が色めきたったのを肌で感じた。
「いらっしゃい。今夜は来てくれてありがとう。そちらは……」
「あ、クラスメイトの、」
「三浦純平と申します! 本日はお招き、ありがとうございます」
「あらあら、ご丁寧にどうも」
ドレスと同じ色合いをした、ルージュの唇がほころぶ。 有頂天の三浦を見ながら、古典の矢島はどこにいったんだか、と達朗は内心で呆れ返る。
「テーブルにジュースや食べ物があるから自由に摘まんでね。 ただし、カウンターに置いてあるドリンクには手をだしちゃダメよ? 二人にはまだ早い、魔法の飲み物ですからね」
茶目っ気たっぷりに小夜はいってから、するりと達朗の耳元に唇を寄せて囁いた。
「時ちゃん、来てるわよ」
ハっとして達朗が小夜を見る前に、 彼女は寄ってきたときと同じようにすっと離れ、「楽しんでね」と言い残して新しく入ってきたお客の相手に向かった。
「大人の女性って感じだなぁ……。くっそ、おまえ羨ましい! 俺も雇ってくんないかなー」
興奮する三浦に生返事を返しながら、すでに達朗の目は時子を探していた。
店内には思ったよりも客は多く、中には子どももいた。 大人たちは皆顔見知りらしく賑やかに談笑しており、子どもたちは子どもたちで、大人の足の間を駆け回って遊んでいる。
その人の波の隙間に、エメラルドグリーン色のスカートがちらりと目に入った。
薄い背中と、フルートグラスをもつ華奢な手。
「達朗? オイ、ひとりにするなよー」
慌てる三浦に肩越しに謝ってから、達朗は人を掻き分けて店内の奥に向かった。 一瞬だったが確信していた。なぜ分かるのか、自分でも不思議なほどに。
時子は、グラスを片手にソファの肘掛けに浅く腰掛けていた。 深みのあるエメラルドグリーンのシフォンワンピースが白い肌を更に引き立てていて、 胸元を飾る糸のように細いシルバーネックレスは、鎖骨のくぼみに緩やかに沿って輝いている。
「あ、達郎。遅かったじゃない」
時子がこちらに気づいて片手をあげたので、達郎は慌てて緩みかけていた口元を片手で隠す。 不覚にも、見惚れてしまっていたのだ。しかし時子の横に立つ人物を見た瞬間、ふわふわと浮遊していた心はその場で停止した。
「よう、遅かったな」
陽気にグラスを掲げた垂火は、ツイード生地のジャケットに濃紺のベストとシャツ、 足元はマーチンのショートブーツという出で立ちだった。カジュアルだが、フォーマルのツボはきっちり抑えた格好だ。 同性の目から見ても趣味がよかった。少なくとも、達郎がささくれのような些細な劣等感を覚えるくらいには。
しかしそんなものも、時子の台詞で一気に吹き飛ぶ。
「一瞬、達郎だって分からなかったよ。すごく大人っぽく見えたから」
「……時子さんも、それ、すげえ似合ってる」
その言葉に時子はまるで、タップダンスを踊るチーターを見るような目をしたが、すぐにくすぐったそうに礼をいう。
「おい、俺は? 家庭教師の俺に挨拶は?」
「あー…どもっス」
「28点。ハイもういっかーい」
「もう酔ってんのかアンタ」
「垂火はねー、早々に酔ってそのまま停滞するタイプなのよね。酔いつぶれることはないから強いのかもしれないけど」
「つまりずっとこのテンションってこと? うわ、めんどくさ…」
達朗が顔をしかめると、垂火はその肩に馴れ馴れしく肘をおいてワントーン高い声を出した。
「それにしてもさーちょっとこの格好はテンプレなんじゃないの~? 黒に逃げちゃオシマイだから。大体、最近の若い子は雑誌さえ見てりゃいいと思ってるからみんな同じカッコしてんのよぅ」
「ピーコか? ピーコ気取ってんのか!? うっぜえ!!」
「ちょっと相手してやってくれる? 水もらってくるから」
「えっ、ちょ、待って」
達郎の縋りつく声も空しく、すでに時子は背中を向けていた。




