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 大きなたんこぶを頭に乗せた桜色の少女は、時折つかえながら自分がマーブルらに捕まって執事に裏切られ泣きながらフライパンでリズムを取り陽気な歌を歌って自分を励ましつついつしか穴に落ちていた事をさめざめと語った。

 カイムとガリーナは意味深に頷きながら、

「あれは歌だったのか」

と意外な事実に溜飲が下がるのか上がるのか分からぬ奇妙な心持ちになった。

「幽霊は怖いし出口は開かないしお兄さんは無事な上に暗がりで聖女さんといちゃいちゃしてるし、なんかもうわたしどうしたらいいか解りません……あ」

 少女は座り込んだまま体をずりずりと百八十度回転させ、小さな声で続ける。

「わたしはあっち向いてますから、どうぞ存分にちちくりあってください……」

「なんだかなあ。この村には勘違いが大好きな人が多いみたいだ。で、結局のところ君は誰」

 面倒くさそうに地面に足を投げ出したカイムが顎で少女を指し示す。相手はフライパンをぎゅうと抱え込んで、肩越しに躊躇するようにガリーナを見つめた。

「――え、いちゃいちゃなんてお洒落なことしてませんよ、しょぼん玉さん!」

「遅いね……反応が」

「だって想像が追いつかないような単語を出されたんですもの。いちゃいちゃって、こう……その……なんだかそんな退廃的で背徳的な語感じゃないですか。ところでちちくりって何ですか?」

「いちゃいちゃの上級語。人前でやったら怒られる」

「まあ、それはご愁傷様なことです。例えば猫の顔を赤く塗ったりファイさんの薄いカツラを取ったりすることですか?」

「ははは。君は可愛いなあ」

 徹底的に噛み合わない背後の二人の緩い会話も耳を素通りする。

 ごくりと喉を鳴らし、引き攣った頬で同僚の巫女たちの言葉を思い出した。

 ――弱虫、意気地無し。いつまで経っても間抜けなんだから。

 ――そうね、貴女には田舎の聖女あたりがお似合いよ。ああ、もしかしたらそれ以下かも。

 ――違うの? なら証明して御覧なさいな。貴女が田舎の聖女よりも強いって。

 強いに決まってる。

 だって私は誇り高く清らかな聖教会の巫女なんだもの。

 情けない弱い自分なんて嘘だ。今から変わる。

 その為に休暇を利用して、自宅にあったフライパンを掴んでこの村まで飛んで来た。

 聖女と勝負して、勝って――本当の自分に生まれ変わって、皆から認められてみせる!

「しょぼん玉さん?」

 聖女は先程から黙り込んでいる少女に首を傾げてみせた。

 震える小さな声で巫女は言葉を搾り出す。仄暗いランプの光に正面から向き直り、聖女の翠色の瞳を真っ直ぐに見る。

「わ……わたしは……自分が大嫌いです。意気地が無くて馬鹿で不器量だから居場所が無くて、皆には苛められて。でも……でも、認められたいんです、わたしも立派な一人の人間なんだって! だからごめんなさいガリの聖女さん、何の恨みもありませんけど、わたしの薔薇色の未来の為にお覚悟――!!」

「え? え?」

 振り返りざまにフライパンを高く掲げ、きょとんとしている聖女に叩きつける。

 橙色の光芒に、鉄の縁がきらりと輝く。

 調理用の凶器は宙を失踪し、ガリーナのヴェールの上から頭に激突――しなかった。

「……え」

 フライパンを振りかぶったまま、巫女は唖然と闇色の中空を眺める。ガリーナも呆然としている。

 そしてカイムの、「また出やがった」という嘆息を合図に、それはより一層形を成して部屋を飛び回り始めた。

 青白い波のような炎が狂ったように舞い、足元から響くような子供の笑い声は段々大きくなり、やがて部屋を揺らす。

「ゆ、ゆ、ゆ」

「また出たあ……!」

 カイムは座り込んだまま顎だけ上げて中空を眺めた。最早まともに取り合うつもりも無い様子だったが、反対に恐怖の極地にいる少女達は哄笑に震えて急いでカイムに擦り寄る。

「なるほどタダな訳だよ。こんな屋敷に十エンスでもついたら多分キレて壊してた」

 小さく呟く言葉が何か妙に物騒なことを示唆していることに漠然と気付きつつ、巫女と聖女は涙目で最早人と同じ形を形成し終えた幽霊達を凝視することで精一杯だった。

 それは少年の姿をしたものだった。

 彼らの笑いと共に、小さな囁き声が部屋を満たす。

(女子がまた来たよ)

(本当、いらない女子ばっかり。男子がなかなか来ないんだもんねえ)

(あれ、この子十年前に追い返した子じゃない? 女って執念深いよ、怖い怖い)

 少しの間を置いて、ガリーナが彼らの指し示すのが自分であることに気付いて、「ごめんなさい」と呟く。

「謝らなくて良いよ、悪いのはこいつらなんだから。叩いても怒鳴ってもすぐに復活して、鬱陶しいッたら無い。ゴキブリみたいなもんだよ、一匹見つけたら百匹はいる」

 カイムの不機嫌な声に、少年は面白そうに笑った。彼らは繊細な相貌の、美しい少年達だった。

 青白く光る体は向こうが透けて見えて、壁を背に佇む三人の鼻先に顔を近づけて吟味するように見つめる。

(不貞腐れちゃって、可愛い。それでこそ僕らが見込んだだけのことはあるってものさ)

(君が来た途端にあの煩わしい鐘の音は消えるし、今年は春から幸先が良いや)

「うるさい、俺はお前らみたいな脛毛も生え揃ってないようなガキと話す気は無いと何度言えば解るんだ。死んだから脳味噌までスカスカらしいな」

 すると、右手にしがみ付いていた少女が震えながら言う。

「お兄さん、渋好みだったんですね……わたしはもうちょっと若い方がいいかな……や、わたしが良くても相手が嫌か、そうですよね毛虫が偉そうなこと言ってごめんなさい」

「まあ、自分に自信を持ってください……貴女はとっても可愛い人ですよ」

 君らも少し黙ってくれ、と真ん中でカイムが唸るように呟いた。

 少年霊達は徐々にその数を増やし、やがて部屋の中空を二十人近く緩やかに浮遊し始める。その全てが短いパンツを穿き、小鹿のような白く細い足を惜しげもなく晒していた。

 勇気を奮い立たせたガリーナが、一歩前に出て彼らを睨みつける。カイムの右手の袖を強く握り締めたまま。

「貴方達はどこのどなたですか? この家はカイムさんの物です、挨拶もなしに我が物顔でうろうろするなんて無礼千万、私が許してもカイムさんが許しませんよ! 名を名乗りなさい!」

「あっ、こら、ガリーナ!」

 慌てたカイムがガリーナを制止するが、もう遅い。少年達はいちように嬉しそうな笑みで顔を見合わせると、突然一番前にいた霊が怒号を響かせた。

(整列! 番号!)

 他の霊達の怒号もそれに続く。

(壱!)

(弐!)

(参!)

 びしりと背を伸ばし、青白い半透明の少年霊達は一人ずつ彼方を睨んで整列する。その迫力に思わず後退りしたガリーナは、カイムの袖をより強く握って縮み上がった。腕を掴むのは十秒ルールがあるから駄目なのである。

「長いんだよなあ、これ」と青年が面倒臭そうに溜息をつく。

(壱拾肆!)

(壱拾伍!)

 少女も大きく震えて青年の腕にしがみつく。両側から固められ、カイムは身動きが取れずに小さく唸った。

「……あ、ちょっとくっつきすぎじゃないですか。カイムさん困ってますよ」

 ガリーナがふと反対側の少女を見咎め、小声で注意する。すると少女は柳眉を下げ、ますます強く彼の腕に縋りついた。

「だだだって立ってられないんだもの……。ガリの聖女さんこそ、離したらいいと思います」

「やです、私だって怖いです。立てないなら座ればいいじゃないですか」

「あ、そうか。さすが」

 ぽんと手を叩くと、少女はカイムを解放しその場で正座した。居心地の良さに何度か大きく頷くと、嬉しそうな笑顔で「腰が抜けたら座るのが一番ですね」と二人を見上げて言う。

 カイムは少女とガリーナを代わる代わる眺め、小さく溜息をついた。

「君らは友達になれると思う」

「へ――え、ええ!? ガリの聖女さんと私みたいなヌケ作が? そんな畏れ多い、私なんか些細な愛と無い勇気と夏場の水溜りに湧いたボウフラだけが友達です! それに勝負しに来た敵なのに、そんな、駄目です!」

 萎縮する少女とは裏腹に、ガリーナは良い事を思いついた子供のような顔でカイムの手を離して少女の隣に座り込んだ。

「そうです、なんで今まで気付かなかったんでしょう。外の人とお友達になれるなんて、凄い事です。よろしくお願いします」

「そんな……私なんか……」

 ガリーナは真っ直ぐな瞳で少女に片手を差し出す。そんな聖女を見て、巫女は無性に泣きたくなってしまった。

 ――ああ、自分はなんて馬鹿だったんだろう。

 人に認められたい、そんな利己的な理由で勝手に彼女を敵と看做して、あまつさえ襲いかかろうとしていたなんて。そんな事も知らず、ガリーナは純粋な笑顔で友達になろうと言う。

 彼女は何の偏見も無く、認める認めない以前に、最初から少女を受け入れている。

 ガリーナの前では、益々自分がみじめで愚かな毛虫に思えた。

 ――でも、それでも。

 差し出された手に触れようか触れまいか、十二分に躊躇した後に少女はおずおずと手を出した。そして軽く力を込めてお互いが手を握り、ぶんぶんと上下に揺らす。

 ――少しでもこんな輝くような少女に近づけるなら、それはとても素敵なことだと思った。

 感極まったように、少女は俯いて涙声で言う。

「よろしく……お願いします」

 聖女も嬉しそうに相好を崩し、いつまでも相手の手を取ってふりふりと揺らしていた。

 その様子を彼女達の頭上から眺めていたカイムも、いい話だ、と呟いて微かに笑う。

 そして暫くの静寂を存分に満喫したあと、ふと思い出して顔を上げた。

「あ、ごめん。ええと何人まで行ったっけ?」

 三人の反応を待機していた霊達は、怒ったように頬を赤くした。尤も、元が青白いのでより濃い青色になった、と言う方がが正確だ。

(弐拾伍だよッ! なんで聞いててくれないのさ、この日の為に二十時間も練習したのに!)

(そうだよ酷いよ、これだから大人は! そんなんじゃ僕ら美少年合障団に入れてやんないぞ!)

 カイムは至極冷静に返した。

「そうしてくれると嬉しい」

 ふらりと一人の少年霊が細い手を額に置いて後ろに崩れかけた。周囲の霊達がそれを慌てて支え、つぶらな瞳できつとカイムを睨みつける。

(ああ、なんてこと! みんな、将来美青年になってもあんな大人になっちゃ駄目だよ! 健気で無邪気でちょっと鬱陶しい、そんな美少年の心を忘れないでいるんだよ)

(うん、解ってる!)

(大事なのはふくらはぎでも太股でも細腰でも上目遣いでもなくて、ハートなんだよね!)

 だからさ、とカイムは首筋を掻きながら、長い睫に彩られた目を潤ませて誓いを胸に刻み込む少し暑苦しい美少年たちを眺める。死んでいる者に将来も何も無いだろうと思った。

「俺けっこう歳だし。もう少年ってガラじゃないし。脛毛とか普通にあるし。取り敢えずここは俺の家になったから、とっとと出てってくれ。夜中に歌うのもやめてくれ」

 すると美少年霊達は顔を見合わせ、嘲笑するようにくすくす笑いあう。まるで子猫が何も解っていない馬鹿な玩具についてじゃれ合いながら語るようなその仕草に、カイムはなんだか無性に苛々してきた。

(僕ら美少年合障団の二軍に、美少年合障団シニア部があるから平気さ。まあ僕らの若さの前には多少レベルも下がるけど、君みたいな自棄っぱち系美青年は今までにないタイプだから重宝するよ。さあ、僕らと共にめくるめくウィンドウッドお耽美ワールドへ!)

「やけっぱちけい……」

 恐らく今まで言われた事の無い形容名詞だったのだろう、どこか腑に落ちない表情で地面に視線を落とす。するとそれまで意気投合し二人で何やら手を繋いで甘いものや聖騎士団について語り合っていたらしい少女達が顔を上げ、勝ち誇った顔の美少年霊の群れとカイムを交互に見て言った。

「自棄っぱち系ってなんか新しいですね。いい感じかも」

「だよねえ〜。でも、なんかこのお兄さんはちょっとあの子達とはジャンルが違う気がする」

「あ、それ思います。何かぱっと見で全然違う……」

 二人は一瞬黙り込み、そして同時に手を叩いてああと声を上げた。

 嬉しそうに霊達を一直線に指差し、

「毛深すぎ!」

と叫ぶ。

 その言葉に硬直したのは少年達だ。皆一様にぽかんと口を開け、その言葉の意図するところが全く理解出来ない相貌で滑らかな青白い自分の腕や脛を急いでチェックする。そしてどこにも無駄毛が生えていないことを示唆しながら、憤慨して叫んだ。

(どこが毛深いって言うのさ! 失礼しちゃうよ!)

(女子は黙ってろよ! ここは美男子の楽園なんだ!)

 ええー、だってー、と女子達は頬を膨らませてもう一度少年達を指差す。

「顔が」

 一瞬の間。

 永遠とも思える静寂。

 そして爆発。

(これは睫毛だろうがああああ!!)

(音を立てるほどのバッサバサ睫毛は美少年の宝だろうがあああ!!)

(だから女子は嫌いなんだとっとと帰れえええ!!)

 少年たちは打って変わった悪鬼の形相を作り、犬歯を剥き出していきり立った。音を立てて触れ合いそうな上睫毛と下睫毛を震わせ、発せられた冷気が嵐となって三人に叩きつけられると、部屋の温度は急低下する。

「きゃ!」

「止めろと言った! 出て行くのはお前達だ」

 冷風の中でなんとか倒れないように足を踏ん張り、小さくなって体を固めている二人を守るように立つカイムだが、霊達は馬鹿にしたように鼻で笑うだけだった。

(何が出来るのさ? 何も出来ないでしょ? だってそこの女子達に見られちゃうもんね。さっきは上手いこと隠せたよねえ)

 風は一層強く青年を叩く。

 黒髪を掻き乱されながら、同じく黒い瞳で浮遊する霊達を睨みつけた。

(君は不思議だよ。おんなじ匂い、あの人と同じ。でもどうしてこっちに居るの?)

(だけどあっちも相応しくない。君の世界はどっち? 本当は居場所が無いんでしょ?)

(だからおいでよ――僕らの、どちらでもない世界へ)

 身を切り裂くような冷気を帯びた風は、まるで氷雪のように荒れ狂う。ガリーナはヴェールが飛ばないようにしっかりと頭を押さえつけ、隣の少女と共に歯を鳴らして身を寄せ合って強く目を閉じて堪えている。

 それを肩越しに一瞬だけ垣間見たカイムの口から獰猛な声が漏れた。

「……おい餓鬼ども、俺が笑ってるうちに大人しくしとけよ」

 既に愛想の片鱗すら見いだせない男の声に、少年たちは哄笑を止めた。それでも風の力は衰えない。

「痛い目見ないと解らないか。冥府の星に還る勇気も無い餓鬼風情が、大人の暴力教えてやる! 歯ァ食いしばれ!!」

 カイムは一歩前に踏み出す。しかし次の瞬間、背後の少女たちの短い叫び声に体を硬直させた。

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