妹にエロ小説を書くよう勧められたんだが、俺はどうすれば良い?
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学校から戻って来た俺は、妹が部屋で俺の小説を読んでいるのを目にした。
「何? この小説?」
妹は俺の小説を結末間近まで読み込んでいる。終盤まで正体不明だった寡黙な青年が、自らの正体を語る重要なシーンである。
「こいつが名探偵なんでしょ? でもこんなへっぽこな解決編じゃ、ミステリの爽快さなんて一部もないわよ。つーかそもそも、平塚とかいう一応主人公っぽいのはどこいったの?」
「ラストシーンで重要な役割があるんだよ。つーかそのノーパソ、ロックかけてあったはずだろう? なんで読めるんだ?」
「お兄ちゃんの誕生日くらい知ってるわよ」
妹はつまらなさそうに俺の小説を読み終えると、寄せられた僅かばかりの感想コメントを目にした。そして呆れたように言う。
「全然伸びないわね」
「うるせぇな。推理ジャンルは特に人気がないんだよ。俺だってファンタジーとか書けばちっとは……」
「人気があるっていうことは、競争率が高いっていうこと分かってる?」
妹はけらけらと笑った
俺はかれこれ一年に渡って小説を投稿し続けている。これだけエンタメっぽく書いて報われる気配が一向にないのだから、やる気もなくすってもんだ。
「でもお兄ちゃんってさ。昔はもうちょっと違うの書いてたことない?」
「違うの?」
「ほらあれ、顔が醜い男の人が主人公で、クラスの美男子の顔を剥ぎ取るんだけど、その現場に乱入して来た女の子に性器を切り取られそうになっちゃう奴」
そういや書いたな、そんなもん。
あれは確か、俺が人生で始めて書き上げた長編小説だった。当時はそういう描写こそが迫力あるものだと思っていたし、書いていても刺激に溢れて楽しかったのだ。
「ありゃぁ失敗作だ」
「どうして?」
妹は目を丸くした。
「書き上げた時はすごく嬉しそうだったじゃない? 『俺は天才だ!』とか何とか言って」
「まあな。だけど思うんだが、あんな作者が好き放題やってるだけの、あんな小説が優れている思うか?」
「あんなに楽しそうに書いていたのに」
「そんなことは関係ない」
俺は思ったとおりのことを言った。
「ようするに、大事なのは結果が出せるかどうかさ」
妹はそこで苛立たしげにパソコンを閉じた。そして口を尖らせて席を立つ。
「ねぇお兄ちゃん。お兄ちゃんが一番書きたい小説って、何?」
「いや、そんなこと言われてもだな……」
俺の頭の中で、漠然とした映像ともつかない映像が駆け巡る。しかしそれだけ。具体的なイメージは一つもない。
俺の書きたいもの、それはいったい何なのだ?
「分かんないの?」
妹は、ほんの少し拗ねたように言った。
溜息でも吐きたげな妹に、俺はなんだか申し訳ないような気持ちになる。なんなのだろう、この居心地の悪さは。
「だったらさ。お兄ちゃんが一番書きたくないものって?」
と、今度は企むような口調で妹は言った。
「へ?」
俺は間抜けな顔をしてしまう。妹はにやにやしながら顔を近づけて、それから挑発するように。
「なんなのさ?」
「そりゃおめぇ……」
鼻先に迫った妹の顔を見て、咄嗟に思い浮かんだのはこれだった。
「……妹萌え」
「はぁ?」
妹は面食らった表情になる。それから僅かに眉をひそめると、妹は口を尖らせて
「どういう意味よ、それ?」
「いいや。なんつーか……」
俺は鼻先に手をやり、体を後ろに反らせつつ
「実際に妹がいるとだな……書きにくいじゃん、そういうの? おまえだって好き好んで書いて欲しくないだろ? 『お兄ちゃん大好きー!』てか」
「うん。最悪」
妹は得心したように何度もうなずく。俺はちょいムカつく。前はそう言ってくれた時代もあっただろう。いつからそんな生意気になったんだ?
「じゃあさ。それ書いてみなよ?」
「はあ?」
「だから妹萌えの小説をさ。いっそのことエロ小説でも書いちゃえば? 気にしないからさ?」
「い、や。エロ小説なんて書いたことねぇし」
「うん。あったら引く。マジで引く。軽蔑する。でも今回だけは許すから書いてみな。読んだげるからさ」
有無を言わさぬ声でそう言って、妹は企むように「いひひひひ」と無邪気に笑う。そしてくるりときびすを返し、部屋を出て行った。俺が心置きなく、話の中で妹を陵辱できるようにだろう。
卑猥な言葉を打ち込むだけで恥ずかしくなってしまう俺だ。エロ小説、増して妹萌えなんて書ける訳がない。妹にはそれも分かっているはずだ。ムカつくことにあいつは俺の弱点なら何でも知っている。だからこそあんな試練を与えるようなことを言ったのだろう。
だというのにすごすご引き下がるのは癪だったので、俺はそういう小説を書いてみることにした。妹萌え、しかもエロ小説などとなれば、その執筆難易度は俺にとって凶悪なものである。
とりあえずプロットだけでも考えてみよう。俺は生意気なあの妹のことは考えないようにして、ワープロを起動してしばし構想に耽った。
どうせ童貞の俺が書く官能小説なんて碌に評価されないだろうと考えると、妙にリラックスしてスムーズに構想は進んだ。いや待て、こんな簡単で良いのだろうか、と思うほど。
書けた。それもすっげぇ奴が。
主人公はメガネをかけたがり勉の優等生。メガネを掛けているのは、幼い頃仲の良かった妹と遊んでいて、階段から落ちて頭を撃った所為だった。そのことで良くメガネザルとバカにされ、その原因を作った妹を恨んでいる。陰気な男だ。
コンタクトレンズにしようと思ったこともある。だが十二歳の誕生日に妹から送られたコンタクトレンズを叩き潰してから、そんなことも考えなくなった。
ある雨の日、傘を持っていなかった主人公は校門の前で立ち尽くす。苛々と舌打ちをしていた彼の前におずおずと現れたのは、傘を一本だけ持った同じ学校に通う妹だった。
兄貴を中に入れてやるつもりだった妹の傘を引ったくり、主人公は一人で帰ってしまった。妹の好意が彼には気に食わなかったのだ。
そして一人雨に降られてずぶ濡れで帰って来た妹は、体が弱いこともあって風邪で寝込んでしまう。高熱にうなされる妹を見ていると、主人公は深い罪悪感を覚え、また、本当は残っていた妹への愛情を思い出す。
彼女を守るべきものとして認識し直した主人公は、妹への献身的な看病を始める。病状は大分安らかなものとなり、妹は涙を流して感謝するのだが、その涙はしかし、主人公の復讐心をまたしても点火させた! それと同時に、これまでなかった、妹に対するある種の欲望のようなものが芽生え……という内容だ。
これまでに書いてきたものの中でもしっかりしたストーリーラインである。完成度自体はそれなりなのだが、こんな小説が評価されるとも思えない。
俺はエロ小説専門のサイトを見つけ出し、適当なペンネームでそれを投稿した。
これを書きながらあいつのことは思い浮かべないようにした。なのにおもしろいことは、こうして書きあがった作中の妹キャラが、現実の妹と正反対な性格になってしまっていることだ。もっとも従順なだけのこの妹より、あれくらいしっかりした奴の方が、俺にも合っているってもんかもしれないな。
一日待った。
俺の小説は信じがたいことに、そのエロ小説投稿サイトで伸びまくった。
その伸びっぷりたるや、その投稿サイトの双璧と呼ばれるシリーズの黎明期を思わせるものだった。次々に投稿される感想へ忙しく返信を行いながら俺は思う。俺の書いた小説が、こんなにたくさん読まれているなんて! 嬉しかった。リロードを繰り返して伸びていく様子をうっとりと見詰めた。コメント欄は次々更新される。その中に、こんなものがあった。
『続き書かないの?』
続き……書ければ当然、俺の小説はさらに評価されるようになるだろう。だがしかし、考えても考えても、あの時のような構想は沸いてこない。それが俺にとっては、恐怖ですらあった。
「お兄ちゃんってホントは変態? だからあんなの書ける訳? まさか最後まで書き上げちゃうとは思わなかったけれど……ところで何やってんの?」
書店から大量に買い込んだエロ小説を、目を血走らせて読みふける俺に、妹はあきれ返った様子で言った。
「それ読んで、何か構想は浮かびましたか?」
俺はふっと笑って、それからやけくそのように答えた。
「全然、まったく、なぁんにも思いつきません。それどころか他に書きたいもんがいっぱい浮かんで来てそればかり考えてる。ダメだ俺は、俺はダメだ。如何にして妹を陵辱し読者を勃起させるか、それだけを考えなければならないというのに」
そう言って俺は頭を抱えた。書けない、何も思いつかない。
「あっそう。だったら書かなきゃ良いじゃない?」
妹は呆れたようにして言った。
「……なんだって?」
「自分の好きなもん書けば良いのよ。今なら書けるわ。お兄ちゃんはエロ小説の才能があった訳でもない。あれが評価されたのは、最初っから評価されることなんて考えずに書いたからよ」
妹は、それだけは昔から変らない優しい笑みを浮かべながら言った。
「自分の書きたいものを書きなさい。お兄ちゃんは、それだけをすれば良いのよ」
……俺の書きたいもの。
書きたいもの、書きたくて仕方がないもの。そんなもの今ならいくらでもある。自信もあった。
「ようやく分かったのね、バカなお兄ちゃん」
妹は生意気に笑って、それからきびすを返して部屋から出た。
もう何も言うことはないかのように。
俺はとりあえずパソコンの前に座って考えた。書きたい者は無数にある。断片的なシーンから、ストーリーができているものまで様々だ。俺はその中から、もっとも自分が書きたいと思う一つを選択して、その内容をワープロに打ち込み始めた。
それは奇しくも、妹萌えの小説だった。
読了ありがとうございます。