市破の遅い春 中 君の名は
「ところで、アナタ本名、なんての?」
とボア大尉が、コードネーム〝近所のオッサン〟に尋ねた。
「オポッサムってんでさ」(フクロネズミ目オポッサム科。雑食性。夜行性)
と〝近所のオッサン〟が答えた。
「キャハハハ。近所のオポッサム? もお、気が抜けちゃうわね」
とマムマム中尉。
「どーして、こーゆうクダラナイ事が、書きたいのかしら? この作者は」
とヒルダ大佐。
「ところでボス。この出没湖の名物は、うなぎだけじゃないんですぜ」
と近所のオッサンが、壁に掛かったメニューを指差した。
そこには、
『出没湖名物、かわず焼き』
と書いてあった。
「そうそう。ウチらはよう食べへんけど、ボスたち(蛇族)は、お好きなんでしょ? ケロピョン(食用カエル)」
と買い物帰りのオバサン。
「え? ケロピョンがあるの?」
とボア大尉の目の色が変わった。
あれだけ、うな重を大量に食べたにもかかわらず、ヒルダ大佐も、コブラ大尉も、マムマム中尉も、目がらんらんと輝きを増してきた。
「へえ。やっぱりお好きなんだ。親父さん、かわず焼き4皿頼むよ」
と近所のオッサンが注文した。
「レアでね!」
と、すかさずマムマム中尉。
「ひえっ! かわず焼きを、レアですかい?」
と親父。
「あははは。レア気味にって意味だ」
と近所のオッサン。
「へい。かわず焼きのレア気味。承り」
と親父は、大きな食用ガエルを焼きアミの上に乗せた。
デレンと垂れ下がった長々しいカエルの足が、なんとも不気味だ。
うちわでパタパタと炭を起こし、炙っている。
ちょっとドロ臭い感じの、かわず焼きの香りが漂ってくる。
「俺たちも食ってみっか? 名物、かわず焼き」
とヘスが言った。
「レアでか?」
と善行。
「あーん。やめてえ。せっかく、かば焼き、食べたのにい」
と伸恵ちゃんが言った。
「ケロピョンって言ったの」
と美那子。
「あの外人さん、通だな」
とヘス。
小上がりの上ではキリスト(ヒッピーのあだ名)が、総理を相手に喋っている。
秘書官達とSP達、番記者達が聞き耳を立てている。
「犯人は3人です」
「3人だけ?」
と総理。
「そうです。SF映画に出てくるレーザーガンのような武器で、片っ端から焼き殺していったんです」
とキリスト。
「アタシたち、茂みに隠れて見てたの。恐かったデス」
とマリア。
「一人は軍服を着た背の高い男で、外国人です。訳ワカラン言葉を喋ってましたから」
とキリスト。
「生き残りがいたなんて……ミスったわね。カーン少佐の事を喋ってるわ」
と買い物帰りのオバサン。
「あとで……、捕まえて、尋問するわ。……とにかく……、今はコレよ……」
とヒルダ大佐はカエルの足にむしゃぶりついている。
「やっぱ、私たちにはケロピョンが一番よね」
とコブラ大尉も足の骨をしゃぶっている。
「オジサン、もう4皿クダサイ」
とマムマム中尉。
「8皿にして! もちょっとレアでもいーのよ」
とボア大尉。
「でもオジサン、炙りかたがとっても上手。……ガマー(大将)のヤツも(熱線銃で)炙って、足の一本も食べてやるんだった」
とヒルダ大佐。
「ホント。小さくてもこのケロピョン、美味しいわあ」
とコブラ大尉。
「いやあ。お客さん。嬉しいねえ。備長炭が決め手でやす」
と親父。
「な。親父。なんてったってウチの炭は、秩父の備長炭だもんな」
とモヒカン。
「うっく! お前は喋るな馬鹿ボーズ! さっさと運べ!」
と親父。
蛇族の4人は法悦境といったところだ。
「で、他の二人の特徴は?」
と総理が尋ねた。
「ええ。あとの二人はモロ日本人です。一人は近所のオッサンって感じ」
とキリストが答えた。
「も一人は女です。買い物帰りのオバサンって感じ」
とマリア。
「近所のオッサンと買い物帰りのオバサンですか……。この二人もレーザーガンですか?」
と総理。
「そうです。買い物カゴからレーザーガンを取り出して、ジュバババって感じで……」
とキリスト。
マリアがキリストをつついて言った。
「ふえっ……あすこに……買い物……」
コードネーム〝買い物帰りのオバサン〟は、買い物カゴから熱線銃を取り出して、マリアとキリストにちらっと見せた。
そして、にったら。と笑った。
「ひえっ! 大ヤバだ! マリア、逃げろ! 焼き殺されっぞ!」
こう叫んだキリストは、マリアの腕を引っつかんで、靴もはかずに店外へ飛び出して行った。
「何ですか? どーしたの?」
と呆気にとられる総理と取り巻き達を尻目に、ヒッピー2人は走って行く。
その時、直下型の地震のような振動が、付近一帯を襲った。
──ゴゴゴゴゴ
と凄い縦揺れ。
「ゲスラが出たのか?」
と総理が叫ぶ。
「きゃあ」「きゃあ」「きゃあ」「きゃあ」
とロマーノの女達が悲鳴をあげる。
番記者達は総理をほったらかして、店外へ飛び出して行った。
サイフを出す奴。携帯をかける奴。秘書官達は緊張の極地だ。
SP達が総理の周りでスクラムを組む。守ってるって事か?
「超巨人の友和が出たのか?」
と善行がハンド・マイクを握る。
「何で誰も地震だって思わないんだ?」
とヘスが叫ぶ。
ヒルダ大佐も叫んだ。
「ビトー・プレッソが来たわ。みんな行くわよ! オジサン、残りのケロピョン、テイクアウトにして!」
親父は流石にプロである。激しい縦揺れの中、焼きあがったかわず焼きを、パック詰めにしている。
「こら! 馬鹿ボーズ! 輪ゴムとビニール袋だ! えー、こちらの勘定は、どなたでやすか?」
〝近所のオッサン〟がサイフを開いている。
警察本部長が飛び込んできて叫んだ。
「総理、早く避難してください! この揺れはゲスラじゃありません! 上空に巨大な飛行物体が飛来したんです。そのせいで、ほら、重力がアレして、つまりポルターガイストみたいな案配の揺れでしょ?」
「ちっとも解らん説明だ!」
と古参のSP。
総理が叫ぶ。
「防衛大臣は? 市破は? いったい何やってんですか?」
「市破防衛大臣は展望ホテルです。徹夜続きだったから、まだ寝てるんじゃないですか?」
と秘書官が答えた。
とにかく全員外に出てぶったまげた。
上空には巨大な、銀河連合時空重巡洋艦「ビトー・プレッソ」が滞空していたのだ。
まるで映画インディペンデンス・デイのように、空を覆う「重巡ビトー・プレッソ」の雄姿。
「さあ。地球の攻撃機が来ますよ。迎撃しますか?」
とビトー・プレッソの副官が言った。
「いや。電磁シールドだけでいいよ。勝手に突っ込んできて、勝手に落ちるがいいさ。原始人が相手だからな」
とカーン艦長が言った。
スクランブル発信した自衛隊の戦闘機が、ビトープレッソのシールドに触れて墜落した。
地対空ミサイルも発射されたのだが、すべてシールドに当って爆発した。
《・・・衛星軌道に銀河連盟艦が来てます・・・識別・・・245ヶ星系軍・・・時空戦闘艦フェロモン号・・・艦長・・・フェロモン号のアクメ砲は・・・なかなかあなどれませんよ・・・》
「ここで滞空してる方が、安全だって訳ですね」
と副官。
「情報部の作戦が最優先って事だ。ここでヒルダからの連絡を待とう。地球人が核弾頭を使いそうになった場合は、一旦、衛星軌道へ退く」
とカーン艦長。
《・・・軌道上のフェロモン号から・・・高速戦闘機・・・2機発進しました・・・》
「迎撃機、出しますか?」
と副官。
「いや、発進準備だけでいい。様子を見よう」
とカーン艦長が言った。
展望ホテルから飛び出した市破防衛大臣は、空を見上げて驚愕する人々の間を縫って、作戦本部に向かって走った。
だが、すぐに息切れがして、へたばってしまった。
目がかすみ、手足も痺れている。
酔っ払っているだけじゃない。糖尿病も進行している様子だ。
それに、昨日から〝柿ピー〟しか食べていないので腹が減っている。
脂汗をかきながら、へたり込んで、ウンウンうなっていると、通りすがりの外人女が立ち止まって、しゃがんで話しかけてくれた。
「アナタ大丈夫? 可哀相に。アルコール中毒みたいね。飲んでばかりで何も食べられなくなったら、お終いよ。父がそうだったの。コレあげるから食べなさい」
と、パック詰めの、かわず焼きを一つ手渡した。
なんという優しさ。
市破はジーンときた。
そもそもモテル男じゃないし、陰険そうな赤ら顔が祟って、いらぬ警戒心を刺激するのが常だった。
だから女に優しくされた事なんか皆無なのだ。
単純ながら、恋心がポっと芽生えた。
喧騒の中、こう聞くのがやっとの市破であった。
「あの、君の名は?」
「ヒルダよ」
と女が答えた。
「ボクは市破と言います。展望ホテルに泊まってます。ロビーの日本庭園の橋の上で今夜、逢ってくれないかな?」
と、もじもじしながら言った。
「いいわよ。7時にしましょ」
そもそもヒルダの好みは、かなり変わっていた。
──細目の赤ら顔、実直そうな喋り方。珍しくタイプだわ。可愛くて素敵なひと。
「ホントにいいの? 待ってるからね。ゼッタイきてね」
赤ら顔がますます真っ赤になる。
「じゃ、今夜ね。ちゃんとケロピョン食べなきゃ駄目よ」
と言い残して去って行った。
「ケロピョン?」
市破は暗示にかかったように、かわず焼きを頬張りながら、ヒルダの後姿を見送っている。