市破の遅い春 上 うな重
市破防衛大臣は変な夢をみた。
それはやけにリアルな夢で、嫌な夢と言うよりは、むしろ不思議な夢だった。
総理と太郎外務大臣と3人で、ゲスラ対策の話し合いをしていたところ、他の国会議員全員に爆笑されてしまったのだ。
眠主党の江田野議員に、
「もお、ゲスラって何ですか? アンタ達、大ボケですね。邪魔だから、アッチ行ってください」
と言われてしまった。
「何だキサマ! 若造のクセに! 私に対しての態度はトモカクとしても……総理に失礼じゃないか!」
と言っってやったのだが、
いつのまにか現れた農協のオッサンたちに、
「酔っ払いのボケ議員」
「お前の脳みそ、鬼熊隊長の半分」
「バーカバーカ」
と囃し立てられてしまった。
なんと、夢の中の市破は下野していた。つまり防衛大臣ではなくなっていた。
しかも爺民党は野党となっており、眠主党が政権を取っているではないか。
それどころか夢の中の世界では、東日本が未曾有の大災害に見舞われており、福島の原発までも大事故を起こしていて、まさに、カタストロフィ真っ最中といった有様であった。
「あ、なんだかアタマが……。だからSFって嫌いなんです。怪奇伝奇ミステリーなら好きです。……アルファポリスの大衆娯楽にランキング中って? もー、何でもいーです。1時間程席を外しますから、その間に対策を練ってください。いずれにしても、……私の責任じゃありません」
こう言って、いつものように総理が逃げた。
太郎外務大臣は浪曲のような渋い声で言った。
「あのね。国会議員たるもの、いかなる場合でも現実を直視しなきゃイケマセン。たとえ野党になったとしても、それが何だってんだ! 我々自慰民党は……え? 字が違う? 党名が違う? 爺民党ってアンタ……うむ。……こりゃ何かの間違いだな。……え~実は、アタシャ前から眠主党員だったような気がするんだよ。そーだ! ハトヤマクンなら知ってる筈だ! オザワクンだって証明してくれる筈だ! ちょっと眠主党本部へ行ってくる」
カーテンの隙間から朝の光が差し込む。
旋回中のヘリコプターの音が聞こえる。
なかなか防音の効いた部屋らしい。だから我慢できない程ではない。
「まったく。すっとぼけたオヤジどもだ。……しかし、あのヌルカンが総理って……想像力を遥かに超えてるよ。……まさに悪夢……ふう。……あっ!」
ベッドから起き上がった市破は、タバコを吸っていた。
出没湖畔の展望ホテルに宿泊したのだが、バーボンと柿ピーを持ってきた鬼熊隊長の忘れていったタバコが、サイドテーブルの灰皿の脇に無造作に置かれていたのだ。
「うっわっ禁煙……破っちゃった……じゃないかあ。……ぷはあ……ふにゃふにゃ……久々に効くにゃあ……はふう……気持つええ……」
ポッと温かくなって弛緩する五体。法悦境の市破は再びベッドへつっ伏した。
「ふわあ……やっぱり……禁煙って……馬鹿のすることだな……も一本吸お……せっかくだから……コレもちょびっと……」
安楽椅子に移って新たなタバコを咥え、ショットグラスにバーボンを注ぐ。
喉に熱く流れ込むアルコールが、また、たまらない。
「ぷいっきー! サイコーってんだ! もお……朝だけど、アダルトチャンネル見よ」
都知事その他の殉職。そして特別調査隊の焼死による全滅の報を受け、研究施設で眠るゲスラの抹殺どころじゃなくなった。
当面の危険は、やはり流木島に消えたゲスラの群れ、或いは高度な火器を持った何者か。という事になった。
焼殺事件の夜、巨大なゲスラがレーダーに映った訳じゃない。
いち早く現場入りした科捜研によれば、火炎放射器を使用した痕跡は皆無との事。
もっと高度な火器が使われたのであろう。との見解であった。
とすれば、特別調査隊を襲ったのは、高度な火器を持った何者かって事になる。
何者とは何者か?
流木島はこの大量殺人事件の捜査中であった。
出没湖には警察と自衛隊が競い合うように船を浮かべた。
ヘリコプターに吊り下げられて運ばれた調査船だ。これはダイバー達の活動拠点となる。
小型潜水艇も運ばれてきた。
湖畔にはマスコミが押し寄せてきた。
自衛隊の制止線の前には砲列の如くカメラが並び、各局の美人レポーターも総がかりといったところだ。戦車の上で鬼熊隊長がポーズを取っている。
携帯が振動した。そもそも鳴りっぱなしなのだ。そこで、マナーモードにして、あらかた黙殺している市破であった。
「ふにゃふにゃ。今度は誰だ? 鬼熊か。もしもし。あーもお! 喋るな。ウルサイ! 当面は警察の捜査が最優先でしょーが! しっかり防衛線を固めてろ! 今はそれしか出来にゃーだろが! それより鬼熊、タバコが切れた。すぐ買ってきてくれ。うん。お前と同じやつでいい。それとバーボンが切れそうだ。一本頼む」
出没湖畔のうなぎ屋は朝っぱらから大繁盛であった。
ごった返している訳じゃない。
テーブル席の一角を占める外人客の女達が、やたら大食いで矢継ぎ早に注文するからだ。
「へいお待ち~」
と言って、モヒカン刈りの若者が、うな重と、きも吸い、おしんこの乗った角ぼんを運んでいる。
見れば、鼻ピアスも、♂タトゥーも、スキー帽も手伝っているではないか。
このうなぎ屋は、モヒカンの父親がやっている店なのだ。
「あ。総理大臣がいる」
と言ったのは美那子だ。
美那子に善行に伸恵ちゃん、そしてめくりちゃんとマリ子ちゃん。ヒマ人客のヘスも。つまりロマーノの連中が、美那子の提案に乗って、店を閉めてゲスラ見物にやって来たのだ。(スカンバック 参照。)
テレビで見た超巨人が、まぎれもなく友和だった事が気になってしょうがない善行は、
「巨大化した友和が出てきたら、何が起こってるのか聞かなくっちゃな」
とハンド・スピーカーを持ってきている。
これで、超巨人になった友和と会話するつもりなのだ。
店内は、老舗のうなぎ屋の、かば焼きの匂いで一杯だ。
「今度は大量焼殺事件ですか。……次から次に……せめて栄養とらなくっちゃ。(総理なんて)早く辞めたいよ……」
と総理大臣がぶつぶつ言っている。
周りにたむろする秘書官達やSP達、それに番記者の連中もご相伴に預かっている。
「ねえ君、流石に老舗だね。コレ(うな重)旨いねえ」
と総理がモヒカンに話しかけた。
「ウッス! 何せ朝イチで入荷した福建省からの空輸モノっすから。ピチピチっす」
と満面の笑みで答えた。
「ふ、福建省?」
と総理。
──パッカーーーーン!
と親父のひしゃくがモヒカン頭に炸裂した。
「みぎゃーっ!」
とモヒカンの叫び声。
「この馬鹿ボーズがっ! えへへ。総理、馬鹿のジョークですから……。出没湖産に決まってるでやんしょ。えへへへへ」
と親父が言った。
その時、顎髭と口髭と長髪の、ヒッピーのような形の男が、やはりヒッピーのような、バンダナを巻いた丸ポチャ女と一緒に、店内に駆け込んできた。
色めきたったSP達が総理の前へ出て人壁を作った。
すかさず拳銃を抜いた奴もいる。
ヒッピーが叫んだ。
「アナタ、総理大臣ですよね! 日本で一番偉い人! 直訴します。ジキソ! 話を聞いて下さい」
そしてSPの人壁の前で土下座した。女も一緒に土下座する。
「あっキリスト先輩」
と鼻ピアスが叫んだ。
「マリア先輩も。一体どうしたの?」
とスキー帽。
SPは、男女のヒッピーを立ち上がらせ、身体検査をしている。
「武器は持ってません」
とSPの一人が言った。
座ったままの総理が言った。
「キリストさんって? アナタたち誰ですか? うな重が食べたいの?」
ヒッピーが答えた。
「総理、俺たち見たんです! 流木島の調査隊が焼き殺されるとこ」
「ひょえ~!」
と♂タトゥーが歓声をあげた。
「ふわっ恐い」
とめくりちゃん。
「おい善行、面白くなってきたな」
とヘス。
「なんだあ? どういう事なんだあ? コッチ来い!」
と古参のSPがヒッピーの腕をつかんで引っ立てようとしている。
抵抗しながらヒッピーが叫ぶ。
「あー! 喋るにあたって、条件があります! 応じてくれなきゃ絶対喋らないから!」
「条件ってコノヤロ! 誰に向かって……。総理、コイツ警察本部に連行しますから。どうぞ食事を続けてください」
と古参のSPはヒッピーの腕をひねり上げて、手錠をかけようとしている。
「ひどい! やめてー!」
と女のヒッピーが叫ぶ。
「酷えや。先輩は何もしてねーじゃねーか!」
と、親父のひしゃくを警戒しながらモヒカンが言った。
「ちょっとあなた、横暴すぎるわよ!」
と見かねた伸恵ちゃんも立ち上がって言った。
「伸恵ちゃんカッコイー!」
と美那子。
総理が言った。
「ちょっと待ちなさい。条件って何ですか? 君(SP)、放してあげなさい」
古参のSPがヒッピーを放して言った。
「ほら、お前、喋ってみろ。総理がお尋ねだ」
総理が言った。
「アナタお名前は?」
「総理ってトッロいわね。名前聞いてる場合じゃないでしょ!」
と座りなおした伸恵ちゃん。
ヒッピーが答えた。
「俺はキリストって呼ばれている地元の人間です。こっちがマリア。本名はカンベンしてください」
「本部長(警察)を呼びますか?」
と若いSPが総理に言った。
「警察には喋りたくない。俺、怪しいものじゃないですよ」
とキリスト。
目でSPを制した総理が言った。
「アナタ、充分怪しく見えますけどね。で、条件って何ですか?」
「まず、ここで、総理が立ち会ってくれたら、うな重、食べながら、総理に直に喋ります」
とキリスト。
「やっぱり食べたかったんですね。応じましょう。親父さん、うな重2つ」
と総理。
「特上で、きも吸い付きで。アツカンも、大トックリで」
とキリスト。
「キリスト先輩。さっすがあ!」
とスキー帽。
「スッゲ! 総理にオゴらしてやんの」
と鼻ピアス。
「ハイハイそれ2つ。アツカンは駄目です。お茶になさい」
と総理。
ヒッピーの男女は小上がりに上がりこんで座った。これで座卓越しに総理と対面。
モヒカンが特上うな重ときも吸いを運んでくる。
「おいマリア。冷めないうちに食っちまおうぜ」
とキリスト。
「ウン。これ美味しい」
とマリア。
全員の凝視をものともせずに、二人は貪り食っている。
「もお、本当にじれったいわねえ」
と伸恵ちゃん
「オジサン。アツカンのラージ5本と、カバ焼きアト6つ。ヒヤヤッコも6つ」
とテーブル席の外人女性客。
食べ終わったキリストが、お茶を一口すすって切り出した。
「総理、まず、約束が欲しいんです。絶対に俺を逮捕しないって……」
「アナタちょっと瞳孔が開いてますね。何か、おかしなクスリとか、やってません?」
と総理。
「ほんとに総理って、じれったい人ねえ」
と伸恵ちゃん。
「だけど、あのキリストさん、ちょっとテンパッてるみたいだな」
と善行が言った。
「そうだ。ありゃ、アハハ。キメてる顔だよ」
とヘス。
「やっぱコレか?」
と善行がチョキを作る。
「そうだ。食欲を直撃ってな」(超電導美那子WXY『青春、波高し』 変チックリン・サーキット参照。)
とヘス。
ここで、店内を見回した秘書官が大声を出した。
「えー、民間人の皆様、事情が込み入ってきましたので、食べ終わった方から順番に店外へ出て下さい。それから店主殿、ここは貸切にさせてもらいます。従業員の方も速やかに店外へ出て……」
すかさずキリストが叫んだ。
「条件のひとつ! 皆さん、そのままで! 立ち会ってください。俺と総理の約束の証人になって下さい」
「約束ってアナタ……焼殺事件に関与してるって事ですね? 困った人ですね……」
と総理。
「お願いします。日本で一番偉い人。あ、一番は天皇陛下か? とにかく総理、俺を助けて下さい」
とキリスト。
総理の目配せを受けた秘書官が、再び大声を出した。
「えー皆様、前言は撤回します。ま、お帰りになりたい方は、どうぞご自由に。総理、これでいいですか?」
「何よ偉そうに! 自分でしゃべりなさいよ!」
とテーブル席にいた外人女性客が、総理を睨んで言った。
エキゾチックな、かなりの美人じゃないか。
「まどろっこしい星ね」
と連れの大女が言った。アイパッチを付けている。
空になった重箱を重ねている。彼女一人で8個は食べた勘定だ。
そう。ヒルダ大佐とボア大尉。コブラ大尉とマムマム中尉が来店しているのだ。
現地の案内人、コードネーム〝近所のオッサン〟と〝買い物帰りのオバサン〟も一緒にいる。
「おいヘス、すげえ美人がいるな。イデデデ。美那子……よせ」
善行の太ももを美那子がつねっている。
SPの一人が総理にひそひそと耳打ちした。
総理は納得顔になった。
「成る程。読めました。流木島で大量の大麻が見つかったそうです。栽培していたのはアナタですね」
「司法取引を要求します。俺は焼殺犯人を見ました。情報を提供しますんで、アレは、あくまで野生の大麻って事で……なにとぞ……」
とキリストが言った。
「ナマイキな! 司法取引だって! 笑わせんじゃねー!」
と古参のSP。
「総理、麻取り(麻薬取締り局)に連絡しましょう」
と若いSPが言った。
「お。『相棒』の右京さんが出てきそうな展開」
とヘスが言った。
「君(SP)、ちょっと待ってください。とりあえず、焼殺事件の話を聞かせてください」
と総理が言った。
「えー司法取引を要求……」
とキリスト。
「なんだと! コノヤロ! アメリカじゃねーぞ!」
と古参のSPが腕まくり。
「いいから。続きを喋んなさい」
と総理。
「ゼッタイ逮捕しない?」
とキリスト。
「野生の大麻なんでしょ? アナタの名前が書いてある訳じゃない。大丈夫です」
と総理。
「総理、うまい事、言うわね」
と伸恵ちゃん。
「若者を騙すなんて、お手のもんだよ」
とヘス。
ところで、モヒカン達4人が、そっと店を出ようとしている。
「そこの4人、動くな!」
と古参のSPが言った。
「なんで? さっき、お帰りになる方は、どうぞご自由に。って言ったじゃねーか」
とモヒカン。
「オマエラの考えなんてお見通しだ! 流木島には行かせないぞ!」
と古参のSP。
──パッカーーーーン!
とモヒカンの無防備な後頭部に、ひしゃくの一撃。
「痛ってよーっ!」
とモヒカン。
「まったく、この、馬鹿ボーズがあ!」
と、ひしゃくの柄を握りしめた親父が言った。
「連中見てると若い頃を思い出すな」
と善行。
「オレは違う。パンク以降の連中は、どーにも理解できん」
とヘス。
「そっかあ。お前、焼け跡派だったもんな」
と善行。
「うん。焼け野原で古クギひろって換金してって、違うって!」
とヘス。
「とにかく。若さって本当に、イーモンですね」
と善行が言った。
その頃、出没湖は鶴田川との分岐点の浅瀬に立つ研究施設『ゲスラのまな板』では異変が起こっていた。
ゲスラがモスラのように(簡単な表現)、全身からねばねばの糸を分泌し始めたのだ。
糸の色は金色であった。
これがゲスラの全身を、くまなく覆ってゆく。
そうだ、これは繭だ。繭を作っているのだ。
一体、何のために……何が起ころうとしているのか?
「ゲスラが金玉状の繭の中で、ベロベロ化して、パワーアップするのでありんす」
と参照太夫が、ミもフタも無い事を言った。