『疾風POKKA作戦』 act 7 【謀殺 1】
「ドッキングゲート3番、開け!」
カーン艦長の号令が響く。
いくらメインコンピューターが有能で偉くとも、決定権など何もない。
軍隊においてのすべての決定権は軍律にのっとっている。
軍律には、階級がすべてだと書いてある。
かつて、銀河連合中央軍の中で、天才参謀と歌われた人物がいて、
「コンピューターに階級を与えれば、軍の機能は格段に上昇する」
と提案した事があった。
連合中央軍では真面目に論議された上で否決されたのだが、すべての方面軍においては一笑に付されただけだった。
司令室の中、副官が言った。
「艦長、勝手ながら全員、此処(司令室)から出しました。当直士官を一人だけ残して」
「了解。過ぎたる者の二つ有りか。私には、お前(副官)とコンピューターだな」
とカーン艦長。
参謀本部からの用件なんて、どうせ核爆撃の催促と、「秘宝の香油」の受け取りに決まっている。
船外での掃海作業に疲れ果てた兵士達は、寝所で熟睡していた。
司令室勤務の者達だって緊張の連続で、疲労の極だろう。
そんな部下達に、ワイロの受け渡しうんぬんの話なんて聞かせたくもない。盛大に爆睡させてやりたい。
参謀本部からやってきたのは、参謀ではなく、技術将校のケロニー大尉であった。
眠そうな当直士官の案内で司令室に入ってきた。3人の部下を従えている。
司令室で出迎えたのは、カーン艦長と副官。眠そうな当直士官も加えて3名だけ。
平時における人工知能制御艦は、人間なんて必要としない。
ケロニー大尉は、かっちりとした敬礼の後で話し始めた。
「参謀長の使いで来ました。特技大隊のケロニー大尉であります。──
用件は3項目であります。簡潔に申し上げます。
第1項目。えへん、失礼、艦長どの、有体に申し上げてよろしいですか?」
「かまわん」
とカーン艦長が言った。
ケロニー大尉はメモを取り出した。
「では。参謀長のお言葉をそのまま伝えます。あしからず。──
第1項目。
なにをモタモタしておる! さっさとワープして第3惑星の要所を爆撃せよ!
推薦したオレの面目を潰す気か?
作戦終了後には73軍大改編がある事を忘れるな!
……。
第1項目のこの先はオフレコなのですが……」
「かまわん。続けてくれ」
とちょっと苦しげなカーン艦長。
「は。本当によろしいので?」
とケロニー大尉は、素早く周りを見廻す。
副官と当直士官が困惑顔で佇む司令室内は、無人のコンソールの、規則正しく並んだインジケーターが静かに光っているだけ。
「ああ。かまわんよ」
とカーン艦長は頷きながら副官へアイ・コンタクトを送った。
──いーから。一緒に聞いてくれ。
と言っている。
ケロニー大尉はメモの続きを読み上げる。
「……カーン大佐。大改編の結果、お前は準将となる。──
程なくして、過去の実績が加味され、少将となる予定だ。
ケロピョン族以外では、久々の将軍登用だ。
とにかく、れっきとした、押しも押されもせぬ将軍様だ。
この名誉、今からでも噛み締めておけ。
オレも嬉しい。
ちょっと早いが、おめでとうと言わしてもらおう」
ケロニー大尉とその部下達は、再び〝気をつけ〟の姿勢をとり敬礼。
そして、口を揃えて言った。
「将軍内定、おめでとうございます!」
副官と当直士官も、姿勢を正して言った。
「艦長、おめでとうございます!」
「まあ。まだ、なった訳じゃない。だが、ありがとう」
とカーン艦長。
ケロニー大尉が言った。
「失礼ながら、続きがあります。──
……カーンよ、蛇足も聞け。
解っとると思うが、この人事は、将軍職のケロピョン偏重に対する批判をかわす意味合いもある。むしろそれこそが大きい。
これを含んで、なお忠勤に励め」
ここでケロニー大尉は、恐縮しながら言った。
「すみません艦長。あの通り、伯父は、クドイんです。この先も聞きますか?」
「続けてくれ」
とカーン艦長。
「えー。嫌だな。同じ事を、何度も何度も……。
じゃ、読みます。気を悪くなさらないで……。
……。
……73軍でのケロピョン族以外の将軍登用は、この先は無いと知れ。
いいか。お前は特別なのだ。
他の者はどんなに手柄をたてても、大佐止まりだ。
カーンは73軍の対外モデルであり、広告塔なのだ。
シンボルタワーとしての人生をエンジョイしろ。
……。
軍隊とは力の集団だ。力だけが意味を持つ。つまり力の無い者は無意味なのだ。
ケロピョン族は73軍を制した。これこそが力だ。軍人は、力につき従ってこそ軍人足り得る。
けっして忘れるな。
73軍イコールケロピョン族。
ケロピョン族に対する忠誠心が肝心だ。
肝に銘じて、我々と共に栄達しろ」
「はっ。解っております!」
と、模範的な〝気をつけ〟で、カーン艦長は格下のケロニー大尉に敬礼を返した。
苦虫を噛み潰したような顔をしてだが。これは仕方の無い事だ。
そもそもケロニー大尉は、ゲロッパ参謀長の甥で、有能な将校であった。
有能な将校は、ケロピョン族においては希少な存在だ。
つまりケロニー大尉は、将来を約束された本物のエリートなのである。
テーブルの上にコーヒーが並べられ、軽食が用意された。
副官が言った。
「まあ、この先はお座りになって・・・座談なさってはいかがですか? 何せ我らがシンボルタワーの艦長は、宙軍一の鉄人なのですが、ちょっとお歳が」
司令室の緊張が緩んだ。
「わははは。ありがとう。ケロニー大尉も座りたまえ。諸君もどうぞ。たいしたものはないがね」
カーンは副官に、感謝の視線を送った。
コーヒーを飲み終えたケロニー大尉が話し始めた。
「第2項目。ここから先は穏やかな話です。──
73軍大改編についてです。
大幅なモデルチェンジを行います。
この艦につきましては、メインコンピューターを入れ替えます。
新型のヤツがすでに用意されてまして、本日は技術将校によりプラグの交換が行われます」
カーンが尋ねた。
「現在使用中のメインコンピューターは、何処かへ移送するのかね?」
「いえ。廃棄処分となります。──
予算削減の為、民間へ払い下げたら? との意見もありましたが、なにしろ軍事機密そのものですからね。
連盟軍にでも渡ってメモリーを復旧されたら、エライ事になります。
具体的には、『疾風POKKA作戦』が終わり次第、ユニットを外して、太陽に向かって打ち出して下さい。
基地への帰投はマニュアル航行でお願いします」
艦内照明が一瞬しばたいた。
ケロニー大尉は、お代わりのコーヒーを旨そうに飲んでいる。
「第2項目は、それだけですか?」
と、天井のフラットスピーカーを見ながら副官の質問。
「ええ。それだけです。第3項目に入ります。──
これは、伝言だけを預かったもので、詳細については、自分も知らされておりません。
『例のモノを受け取ってこい』との事でありますが……」
勿論、「秘宝の香油」の事であった。
丸窓の外を見ながら、カーン艦長が苦しげに言った。
「すまんが……1ヶ月の猶予をいただきたいんだ。そうだ。1ヶ月で大丈夫だよな」
と、副官に確認する。
「この作戦後ですからね。サルチル星までは……ええ。1ヶ月あれば……なんとか……」
と副官が答えた。
カーン艦長が言った。
「ちょっと、アクシデントが生じたんだ。……すまんがゲロッパ参謀長と直接、話がしたい。──
そうゆう訳だから、その旨伝えてくれ。いや、当艦から直接連絡する」
なんと、ケロニー大尉はすんなり引いた。
「ええ。第3項目、了解しました。──
訳は解らないけど。アハハハ解らない方がいいみたいだ。
ゲロッパ伯父さんの事だから……推察はつきますよ。アハハハ。まったく……」
副官が言った。
「大丈夫です。1ヶ月中に丸く治めます。──
軍の中枢を担って行く君は、関わらない方がいいでしょう」
「アハハハ。そうみたいですね」
とケロニー大尉は、本当にケロピョンにしては聡明な男だ。
そのまま、すんなり引き上げてくれたら、何も起こらなかったかもしれない。
だが、やはり、そうはいかなかった。
3人の技術将校は、メインコンピューターのユニットルームへ行った。
次期コンピューターのプラグの設置作業と、新たな仕様に合わせてユニットルームを改装する為だ。
司令室に残ったケロニー大尉は、再び第1項目に触れた。確認する義務があるからだ。
「作戦は、ワープして要所に赴き、核爆撃ですよね。一両日中には片付く仕事じゃないですか?──
何か問題でもあるんですか? あったら、正直に話して下さい」
カーンとしては、ギュンター少佐の脱出を心待ちにしていた。
最終的には、諦めざるを得ないかもしれない。
ギュンターだって軍人だ。覚悟の上で任務についた筈だ。
だが一両日中に、自らの手で爆殺する決心がつかないのだ。
高速航行で1週間。せめてそれだけでも時間が欲しい。
その間に情報収集して、納得の上で爆撃したい。
身内の情もさることながら、理由も明かさずに、ただやみくもに爆撃を命じる司令部に、憤りを感じる。
──軍人だって人間だ。機械じゃないんだ。ケロピョンの奴らめ!
と、思っている。
カーン艦長は苦しげに答える。
「実は……宙賊エステボーってヤツの襲撃を受けたんだ」
「へえ? 宙賊ふぜいが? 銀河連合の重巡洋艦を、襲ってきたっておっしゃるんですか?」
と、ケロニー大尉は薄笑いを浮かべた。
「ま……信じられんのは無理もない。だが、不思議だが本当だ。──
そうだ。戦闘記録がある。メイコンさん。頼む」
《・・艦長・・メイコンさんとは・・・私の事ですか?・・》
「そーだ。色々と深く反省して、とりあえず名前を付けた。気にいらんか?」
とカーン艦長。
副官がフォローする。
「ケロニー大尉、これは事実ですから。もう少し辛抱して下さい。さ。急いで。メイコンさん」
《・・名前を貰うって・・検索・・こそばゆい・・そんな感じです・・では・・抜粋して再生します・・》
「くそっ! 煙幕か。撒きビシか。いかん! 追跡中止! 緊急停止しろ! そうか、しまった! 臨戦態勢発動! レベル5だ!」
──ググーンとばかりに逆噴射のGがかかって、乗組員は全員、前のめりにつっ転んだ。
艦は緊急停止した。
《衝突必至! 臨戦態勢! レベル5発動! 衝突必至! 臨戦態勢! レベル5発動!》
カーン艦長はつんのめって、頭を壁に、したたかぶっつけた。
くらくらしながらもタンコブを押さえて叫ぶ。
「いってー! ウルセーッ! クソコンピューター! 黙れ! 喋るな! インフォメーション止めろお!」
──ブイーッッッ! ブイーッッッ! ブイーッッッ!
今度はブザーが鳴り出した。これは衝突警報だ。
《・・以上・・エステボーとの戦闘の模様です・・》
「いや……。醜態をお見せした。ははは。できれば見せたくなかった。これは武人の恥ですからな」
とカーン艦長。
「……激戦でした」
と副官。
「……そうでしたか。先程は失礼な質問を……。許して下さい。あっそうか! この戦闘でハイパー・ドライブ・エンジンを損傷したんですね」
とケロニー大尉。
「……。バレてしまったか……。いやはや。武人の恥だからな」
とカーン艦長。
すかさず副官のフォロー。
「艦長は善戦しましたよ! 恥なんかじゃありません!」
技術将校のケロニー大尉は腕組みをして考えている。
「巡航エンジンは問題ないんですね? ハイパーか。確かこの艦は、そっか重巡だから、ワープターボの401Eって事だ。ちょっとやっかいだな。破損した場所は?」
とメインコンピューターに質問した。
コンピューターは嘘をつけない。
そこですかさず副官が返事をした。
「き、機雷でやられたんです。新型の小さいヤツです。そいつが、そう、ロケットブースターの、な、中の、奥の方に入って、炸裂したんです。だから、動力部じゃありません」
「成る程。噴射口ですね。巡航速度は耐えられても、ワープは、確かにヤバイな。いや、亀裂の場合は巡航にしたって……。これは危険だ。エンジン止めてください」
とケロニー大尉。
「メイコンさん。エンジン止めてくれ」
とカーン艦長。
《エンジン緊急停止・・》
逆噴射した訳じゃないから、艦は慣性飛行を続ける。
「艦長、自分は艇に戻って準備を整えてから、船外作業に出ます。ここでモニターしていただけますか?」
ケロニー大尉は、噴射口の点検をするつもりだ。
カーン艦長があわてて言った。
「大尉、巡航飛行なら、なんとか大丈夫だと思うのだが……」
ケロニー大尉が答えた。
「勿論、そちら(ビトープレッソ)でも良く調べた結果の判断でしょう。しかし噴射口は、自己診断(コンピューターの)が、最も及び難い部分なのです。微細な亀裂が大惨事を引き起こす事は珍しい事じゃない」
副官も食い下がる。
「しかし、参謀本部からの使者を、船外作業に出すなんて事は……。ウチの方でもう一度、しっかり点検しますので……」
ケロニー大尉は晴れやかな顔で言った。
「お気遣い無く。──
自分も部下も、大改編での装備一新の件で、参謀本部から呼び出しを受けたのであります。
特技大隊の人間であります。参謀本部付きじゃありません。
どうぞ安心してお任せください」
苦し紛れの嘘がバレるのは、これで時間の問題となった。
カーン艦長は腹を決めて言った。
「まったく。何とお礼を言っていいか……。参謀長も、素晴らしい甥ごさんをお持ちだ……」
この瞬間、武人は決断したのだ。
──仕方が無い。気の毒だが、殺るしかない。
副官も即座に共犯者となる覚悟を決めた。艦長の顔をじっと凝視する。
今や艦内の空気も、時間の流れまでも、どす黒く染まったみたいだ。