『疾風POKKA作戦』 act 1 【キャバレー・ペンタゴン】
海王星間近の宇宙空間。
時空船「星間デリヘル・ミルキーウェイ」が、微速飛行していた。
船体が何かの形に似ている。
そうだ。米国防総省ペンタゴンの建物に似ている。
この船は、aタイプのデリヘル嬢が「こんばんは」と言って訪ねてくる、デリバリー高速艇の母船であった。(蛭 民意の尊重 参照。)
連盟の風俗営業認可もちゃんと受けているレジャー産業船で、母船内は宿泊施設付きのキャバレー営業を繰り広げている。
見れば、多数の時空船がドッキングしている。
ペンタゴンからタコ足配線のように5方に伸びたドッキングゲートには、「オリオン農協」の大型時空バスや、自家用時空艇が何隻もジョイントされている。
その他にも星間タクシーや高級ハイヤーなどが……。
おっ、連盟議員専用の公用機まであるじゃないか。
なんと、宙賊エステボーヨシユキの時空船「ステッペン・ウルフ」もドッキングしているのが見える。
店内では助平男どもが盛り上がっていた。
「おーおー! どこを向いてもaタイプばっか。くらくらするなあ」
と連盟議員のオジサマ。
「ほーら、めんこいねえちゃん、観念して、こっちゃこいや。はれ? おめ、さっきのねえちゃんと違うのか? 今さっきプレゼント渡したねえちゃんやーい!」
と農協のおっさん。
ホステスはすべて、悩ましい薄物をまとったaタイプクローンであった。
100人近くはいる。
ゴージャスなラウンジは、シャンデリアの下、七色のカクテルグラスが並び、オードブルは銀河の果実と珍味が花盛り。
官能的な音楽に合わせて、やけに悩ましいホログラムと、たまらない香りが刻一刻と変化を続ける。
隅のボックス席にはエステボー達が見える。
幹部の3馬鹿大将がボスのヨシユキを中心に座っている。
総勢20人ばかりで飲んでいる。
「ボス、ロボ・ミナコ、惑星温泉て留守番させて、正解たたね」
と目尻が下がったエステボーモータクトー。
「アイツ、アンドロイドのくせにヤキモチ妬くからな……。めちゃくちゃ強いし」
とエステボーヨシユキも鼻の下を伸ばしている。
稼業である「宙賊働き」をおっぱじめる前に、客に成り済まして楽しんでおこう。という魂胆らしい。
「ねえオジサマ、ベッドルームは無重力にする?」
とaタイプ。
「いや。うんと重くしてくれ! 重たい身体を引きずって、エイコーラと励もう。『ボルガの舟歌』は、ロシアの農奴の魂の呻きなんだ!」
とエステボーレーニン。
「もお! 変態なんだからー!」
とaタイプ。
「俺は無重力がいい! 心は今なお軽やかに、風に乗り、パンパの上を飛び回る! ビバ! フリーダム!」
とエステボーゲバラ。
「きゃあオジサマ素敵!」
と、こちらもaタイプ。
「お前ら、……詩人だな」
とヨシユキ。
「さあボス、丹田に力いぱい込めて、イッパツのブチカマスのことよ!」
とエステボーモータクトー。
「いや~ん。禿げのオジサマったら、ロ・コ・ツ!」
と、またまたこちらもaタイプ。
その時、船内スピーカーから大きなドラ声が響いた。
翻訳機を使った銀河共通語だ。
《コラ・・オマエ・・パカ・・トマルアル・・ユコトキイテ・・スグ・・トマレ・・》
「いよー! 待ってましたア!」
アトラクションと勘違いしたオヤジが、手を叩いて叫んだ。
《・・・タメカ? ・・ツウジナイカ? ・・ホンヤクキ・・モード2ニスル・・・・ブツ! ・・・・停船を命ず! 貴船、速やかに停船せよ!》
客は一斉にざわめいた。
《・・こちらは銀河連合巡洋艦・・ビトープレッソ・・即時・・停船せよ・・さもなくば・・轟沈せしむ!》
「せしむ。って、オイ」
と連盟議員が秘書に話しかける。
──ググーン!
凄い揺れの後、「ミルキーウェイ」は緊急停船した。
「きゃあきゃあきゃあ」
とaタイプ達が騒ぐ。
連盟議員が立ち上がって、スピーカーに向かって叫んだ。
「オイ。私は連盟議員のクリントンだ! 公宙上で〝連合〟が、連盟船に対して、どんな権利で命令を発するのか? 説明を求める!」
《・・・これより臨検する・・・速やかにゲートを開け! ・・・》
クリントンが怒鳴った。
「オイ! 聞いてんだろ! 連盟議員のクリントンだ! 責任者を出せ! お前ら戦争始める気か?」
《・・・・・》
スピーカーは暫しの沈黙。
なんとなく後ろめたい気分の男どもは、押し黙って身づくろいを始めた。
aタイプ達がざわめいている。
「ボス、えらい事なたな」
とモータクトー。
「臨検って、ま、拿捕はしないんじゃないか? 罰金ってとこだろ?」
とレーニン。
「何れにしろ、宙賊の上前ハネられてたまるか! お前ら、パラライザー(麻痺銃)に切り替えとけ」
とヨシユキ。
「ボス、船に戻ってスタンバッてます」
こう言ってゲバラが5人のエステボーを伴い「ステッペン・ウルフ」へ戻って行く。
再びスピーカーが鳴った。
《ブブッ・・・連合巡洋艦ビトープレッソ艦長・・チンギス・カーン大佐である・・さて・・高名なる連盟議員のクリントンどの・・・・貴殿のこのような行状・・・奥方はご存知かな?》
「あはははは」
と客の男どもが、思わず笑った。
逆上したクリントンの怒声が答える。
「なんだとコノヤロー! かあちゃんにゃ内緒に決まってんじゃねーか! ちくしょう・・男の遊びを邪魔しやがって・・・美人局みたいなマネしやがって! お前ら、キンタマついてんのか! 連合はオカマの宙賊か?」
「ぶふふ。オカマの宙賊だって。言てくれるね。クリキントン」
とモータクトー。
「こいつ、かあちゃんが話題に上ると、いきなりブチ切れるんだ」
とレーニン。
《では、高名なるクリントンどのへお答えしよう。・・・海王星の第二衛星は〝連合〟の資源プラントを有する・・ご存知なかったか? ・・・従ってこの座標は・・領有権を巡って現在調停中である・・・・・調停中の座標は公宙とは呼べない・・・・従ってこの座標では〝連合風営法〟が適用される・・・・連合風営法第8条・・連合圏内ニオイテハ・・スベテノ風俗営業船ヲ禁止トスル・・・・・・クリントンどのお解りか? この座標においては・・連盟船の航行は自由なれども・・風俗船は・・業者・客・双方へ罰金を科す・・・拿捕はしない・・・ゲートを開けなさい・・》
「ぐっぞー!」
と立ち尽くすクリントンに、男装したaタイプのマネージャーが、何やら囁いている。
インフォメーションが鳴った。続いて男の声。
《ピンポロリーン・・えー当店店長です。「星間デリヘル・ミルキーウェイ」毎度ご利用ありがとうございます。緊急事態につき、本社に指示を仰ぎましたところ、本日の支払いは、すべてサービス。つまり無料にせよとの事でございます》
「おお!」
「ヤッター」
と客がどよめいた。
どんな時でも男というものは馬鹿なものだ。
《・・・しかしながら、〝連合〟の臨検による罰金は、言わば天災のようなものでございますれば、当店への損害賠償請求は、なにとぞご容赦の程を。・・臨検後・・当座標を抜け次第、更なる悩殺サービスを再開します。・・・ゲートを開きます。なにとぞ冷静に・・・》
ザックザックと足音も整然と銀河連合軍の兵士達が入ってきた。
高速艇がドッキングして10人程が乗り込んできたのだ。
連盟軍にしても連合軍にしても通常、駆逐艦以上の艦は民間船とのドッキングはしない。
自爆テロや不慮の事故を警戒しての事だ。
「10人ビッタリある」
と、モータクトーは目を細めて確認する。
「ふふふ。連合の馬鹿ども」
とレーニン。
「ホエズラかかしてやる」
とヨシユキ。
携帯翻訳機を付けた伍長が、武器センサーのアンテナを伸ばしながら言った。
「諸君。無駄な抵抗は止めたまえ。まず、武器をすべて回収させてもらう」
──ブビー!
と反応した奴から片っ端に、兵卒が取り上げていく。
──ブビー!
──ブビー!
なんとaタイプ達も、ほとんど反応してるじゃないか。
胸のすき間やら、薄物をまくりあげられた太もものガーターベルトから、挟んであるデリンジャーレイ・ガンを取りあげられている。
護身用だろうが、ほぼ全員が持っているようだ。
この事は連合兵士達も以外だったのだろう。
面食らった顔をしながら、それでも嬉しそうに、aタイプの薄物をめくり、胸元をまさぐる。
兵士の持つ回収バッグは、すぐにレイ・ガンで一杯になり、新たなバッグを広げている。
兵士達の顔が次第に緩んできて、助平ったらしい顔になった。
助平な手に触られながらも、aタイプ達は皆、声を洩らさない。
執拗に乳房を触る奴もいるのだが、ただマネキンのように、完全に沈黙している。
こんな時、声を上げたりすると、みせしめとして撃ち殺される事を知っているからだ。
緊張の為なのだろうが、動作もよく揃って、皆、同じ動きになってきた。
兵士達の遠慮のない手に弄ばれながらも、皆が右を向き、次いで、皆が左を向く。
ピンクの頭が同じように動き、同じように揺れるのが、なんだか不思議な光景だ。
そうだ。これこそがクローン本来の、つまりaタイプクローンの本性が現れているのだろう。
「いいか、最初の奴の発砲が合図だ。分かってるな」
とヨシユキ。
──ブビー!
モータクトーの銃が最初に反応してセンサーを鳴らした。
最も執拗にaタイプを触りまくっていた兵士が、モータクトーを熱線銃の台尻でこづく。
こいつは翻訳機を付けていない。
「これが欲しいか? 助平野郎! おまえパラライザーでよかたね!」
モータクトーはそのまま発砲した。
──ブチュチュン!
すかさずエステボー達が発砲した。
──ブチュチュン!
──ブチュチュン!
──ブチュチュン!
連合兵士達は全員、痺れて転がった。
「うわー!」
「ヤッター!」
と歓声があがる。
「よかったあ! 腹巻きに挟んで、全財産、持ってきたんじゃ」
とオリオン農協のおっさんが叫んだ。
「だよな。お土産買って帰らにゃ、女房と娘にぶっ飛ばされる」
と、こちらはオイオイ泣き出した。
喜ぶ客とaタイプ達とはうらはらに、クリントンは浮かぬ顔をしている。
「だけど、お前達、エライ事をしてくれたな。正当な理由での臨検を妨害したとなると……連盟に非があるって事になる……その場合、議会に対して、何て釈明したらいいんだ?」
と泣き顔になったクリントン。
「わはははは」
と一人のエステボーが笑った。
「何だ、イケガミ、何がおかしい?」
とヨシユキ。
「だって、クリントンって、連盟議員のクセに……何も知らないから」
と、エステボーイケガミ。
「何だと! キサマ民間人の分際で! 議会にはな、元老達(元老院議員)だっているんだ。彼らは非常にウルサイ。だから色々大変なんだ! それでも苦労しながら私は、連盟の名誉と利権を守ってるんだぞ!」
とクリントン。
「くすくす……でもね、クリントン先生」
と、エステボーイケガミ。
「また笑ったな! いったい何が可笑しい!」
とクリントン。
「確かに〝連合〟は、海王星の第2衛星の領有権を主張しました。調停にもかけられました。でもね。200年前の話なんですよ」
と、エステボーイケガミ。
「200年?」
とクリントン。
「そうです。100年前に資源が枯渇して、連合は領有権を取り下げたんです。だから、今ではこの座標は、純然たる公宙って事になりますね」
と、エステボーイケガミの解説。
「公宙って? でも、連合巡洋艦の艦長が……」
とクリントン。
「アハハ。アンタ、かつがれたんだよ! 馬鹿だと思われたんだな。何も知らないから」
とヨシユキ。
「ハア~! やぱしクリキントン、ためあるな」
とモータクトー。
「わはははは」
客とaタイプ達が笑った。
「連盟史も知らないボケ議員」
「お前の脳みそ、かあちゃんの半分」
「バーカバーカ」
と農協のオッサン達が囃し立てた。