有尾人の記憶
さて此処は、銀河系の中央密集空間から、さほど遠からぬ星域の、荒涼とした無人惑星。
めぼしい資源の何も無いこのような天体を、銀河系共通言語では「千駄星」と呼んでいる。
幾千も在る駄目な星。という意味だ。(なんだか気分が……。と千駄山ロッカ。その後HBEロッカと改名))
この惑星の岩山と岩山の間に、見事な直方体の真っ黒なモノリスが立っていた。
長辺600メートルの巨大な物だ。
横幅と奥行きは、モノリスの黄金率にのっとった長さである。
雄大で厳かな光景だ。
だがこれは、アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』に登場したモノリスじゃない。
これは巨大な宇宙船であった。
「銀河系第一の頭脳」(これは連盟首脳部の付けたキャッチ・フレーズなのだが……。)ボイン・シュタイン博士の巨大探査船、「モノリス号」であった。(江守友和の冒険 第7話 『モノリス』 参照。)
この黒糖ヨウカンのような直方体の巨大宇宙船は、着陸時には縦方向に「つっ立つ」のである。
ニョッキリ立っている真っ黒な姿は、巨大な記念碑か、或いは墓石のようでもあり、確かに厳かな感じがする。
コンソールに向かってモニターを眺めているのは、ボイン・シュタイン博士と、助手を務める植物人間のザクロマン達だ。(『モノリス』 参照。)
「ちゃんと参照したでありんすか?」
と参照太夫が言った。
ザクロマンの身長は、連盟人(地球人もほぼ同じ)の半分程。
つまり子供サイズの連中が、博士を囲んでワラワラといるのだ。
──いつしかモニターには、原始人の一団が写っていた。
景色も、岩山からステップへと変化している。
たなびく体毛の様子から、風が吹いているのが判る。
この原始人には、カンガルーのような長い尻尾があった。──
「有尾人じゃな。我々、つまり〝ご都合主義的ホモサピエンス起源種〟とは、別種のヤツじゃ」
とボインシュタイン博士。
──やがて有尾人達は、毛皮の衣装を身に着け、槍やブーメランを携えて、歩き回り始めた。
狩りは集団化する。
集落ができる。
農耕が始まる。──
「立体映像ですね」
「この種族の記憶装置が、作動したって訳ですか?」
「この連中、結果的には、凄い文明を作ったって事ですよね」
とザクロマン達。
コンピューターを操作しているザクロマンが言った。
「解析の結果が出ました。2億5千万年前です」
「もっほっほっほ」
と、ボインシュタイン博士が嬉しそうに笑った。
黄色いザクロマンが言った。
「博士、やりましたね! 銀河系知生体起源の……〝新種〟の発見です。おめでとうございます!」
この黄色いザクロマンは、興奮のあまり、すぐさま真っ赤く完熟した。
あわてて操縦室のドアを開け、外へ飛び出して行った。
ドアの外は、なめらかなスロープが続く、広々とした草原であった。
青い空にはポッカリと人工太陽が浮かんでいる。
草原も人工太陽もホログラムではない。
実際に土の上に生い茂る草であり、太陽だって空に浮かんでいるのだ。
質量を持った超ミニ太陽で、「宇宙創生」を目指すボインシュタイン博士の、壮大な研究の産物であった。
そもそも「閉じられた空間」の基礎理論も、「宇宙創生」の研究の産物なのだ。
(一般に博士は、ハイパー・ドライブの理論を打ち立てた事で知られている。)
連盟、連合を問わず、現在の銀河系知生体のテクノロジーの基礎理論を確立したのが、一個人なのだから、やはり銀河随一の大天才と言えよう。
彼の出自が連盟圏内であった事は、まことにラッキーと言わねばならぬ。
そんな訳で、何かとベタベタ纏わりつく連盟政府の干渉が嫌なボインシュタイン博士は、この超テクノロジー巨大船「モノリス号」を造ったのである。
これで連盟の時空船ごときは、いつでも振り切って好きなところへ行ける。
そう。自由な研究環境こそが、博士にとっては一番重要なのだ。
先程のザクロマンは、丘を目指して走って行く。
完熟した以上、腐敗する前に「共通メモリーバンク」である「大きな株」まで、行かねばならんのだ。
そして「大きな株」の傍らに横たわり、共通記憶脳に記憶を吸収させ、新たなザクロマンとして蘇る。
他のザクロマン達も興奮した結果、完熟した。
彼等もドアの外へ出て、走って行った。
入れ代わりに、再生したての青々しいザクロマン達が、ゾロゾロ入ってきた。
──モニターの中では、洗練された衣装を着た有尾人達が街中を闊歩している。
テクノロジーが発達して、未来的な建築物が建ち並ぶ。
戦争もあった。
黒煙立ち上る戦場では、モビルスーツを身につけた兵士達が疾走する。──
「戦車や戦闘機がありませんね」
と青いザクロマン。
「大部隊があちこちに、突然出没して……まるで『陣取りゲーム』ですね」
と別の青いザクロマン。
「ふーむ。瞬間移動装置を開発したんじゃな。だから乗り物は発達せんかった。いや、作る必要がなかった。と言うべきじゃろ」
とボインシュタイン博士。
──戦争も終わり、有尾人達は繁栄を続ける。
平和だ。
古代ローマ人のように優雅な衣装を纏い、美酒に酔い痴れ美食を楽しむ。
やがて高層ビルは姿を消して、草原や花園が増えてくる。──
──環境を調整している。
神殿だけがやけに増えていく。
トルコみたいなイスラム世界のようだ。
オラが町に、オラが村に、モスクのように神殿が立つ。──
まあ考えてみれば、我が国だって同じだ。
オラが町に、オラが村に、社や寺が立っている。
──ひときわ大きな中央神殿では、連日連夜、盛大な儀式が行われている。
この中央神殿では「お神酒」が製造されている。
テレポーターを使って、地方神殿に配っている。──
──有尾人の衣装はだんだんシンプルになり、日がな一日、友と語らいながら「お神酒」を飲み、ひなたぼっこをしている。
「お神酒」には、幻覚作用があるようだ。
もよりの神殿へ行っては、神様を拝み「お神酒」を貰ってくる。──
「天国って、こんな感じかな?」
「なんだか、つまらないです」
「一種の退化じゃないですか?」
とザクロマン達。
「ふふふ。『飲む。打つ。買う』を、すっかり忘れてしまいよったな」
とボインシュタイン博士。
──巨大彗星が現れた。
どんどん近づいてくる。
ザクロマン達が口々に言った。
「ほら来た!」
「油断大敵ですね」
「彼等には、宇宙飛行のテクノロジーが無い」
「これで滅亡したんですね」
──彗星の引力の影響で、大嵐が吹き荒れる。
悲嘆に暮れ、神へ祈り続ける有尾人達。
賢者とおぼしき連中が、瞬間移動装置の奉ってある各神殿へ集まっている。
皆に何やら呼びかけている。
大嵐のさなか、中央大神殿の前に、惑星中の有尾人が集まってきた。
もちろん、もよりの地方神殿のテレポーターを使ってやってきたのだ。
──いよいよ彗星が近づく。
中央大神殿界隈に、いや、この場合「地域」と呼ぶべきだろう。
中央地域に全ての有尾人が集まったようだ。
嵐は吹き荒れる。膨大な数の有尾人達が寄り添って祈っている。
壮大なスペクタクル。
エクソダス。或いは、カバラ神殿のあるメッカのような光景。
大神官が叫んだ。
「我らすべての同朋を、今こそ、神の御手に委ねん! いざ行かん!」
──ブッ! と、ホログラムが消えた。
「どこかへ、テレポートしちゃったんですかね?」
「でも、この規模の彗星衝突じゃ、惑星上は何処へ逃げても助かりませんよ」
とコンピュータの計算数値を見ながらザクロマン達。
──ブンッ!
という音と共に再びモニターがついた。
先程の大神官が現れて言った。
もちろんホログラムであり、テレパシー言語だ。
「我らが運命を見知りし者よ、──
結末が気になるであろう?
……。」
大神官はいたずらっぽい笑みを浮かべ長いベロを出した。
それから、こう言った。
「神様もお許しじゃ。──
じゃによって、お教えしてしんぜよう。
さあ。汝も、……。
我らに続くのじゃ!」
──グオオオォォォォォォオオオォォォォォォオオオォォォォォォ
凄い音なんてもんじゃない!
モノリス号は信じられない程強烈なエネルギーに、
シュッポンンンンン!
とばかりに吸い込まれた!
「ほええええええ」
とボインシュタイン博士が叫ぶ。
ザクロマン達もわめき立てる。
「うわっっっっブラックホールへっへっへっ真っ逆さまっさまっ!さまっ!さまっ!」
「脇からー・・からー・・からー・・からーからからから」
「ぬーけーたーらーたーらーたーらーたーらーらっらっらっらっっっっ」
「まだまだまだだだだだだだだだ」
「しえ~い~ぃ~ぃ~ぃ~ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「どーんーどーこーしょーしょーしょーしょしょしょょょょょょょょょ」
阿保らしくなった人には、『超電導美那子WXY』を、お勧めします。
この作品は「保険科学の実証実験を繰り返し行う」という明確なる方法論に即し、高齢化社会の性的諸問題解決の糸口を見つけ出さんとする、斬新かつ意欲的な「希望の書」であります。
エステ棒振興会会長のロッカは語る。
「キンゼイ博士以来の、そうですね40年ぶりくらいの『保険科学の名著』と言ってさしつかえないでしょう。──
ま、自分で言うのもなんですが。
方法論を確立しているから、自信を持って言えるんです。
これは本当に、私たちにとって『福音の書』なのですよ。
ところで、
『副読本』(FC2ブログ 超電導美那子倶楽部)への多数のお便り、ありがとうございます。
そうです。
けっして私が偉いんじゃない。
私に啓示を与えてくれた神の力が偉大なのです」
と、参照太夫のCM。CM。CM。CM。でした。でした。でした。た。た。た。
参照太夫も、ブラック・ホールに吸い込まれた模様。
大神殿の巨大テレポーターは「モノリス号」を弾き飛ばした。
実際、有尾人にしたって、行き先が解っていた訳じゃなかった。
種の滅亡必至のこの時、最後の賭けとして、一か八か、ブラックホールに照準を合わせたのだ。
彼らのテクノロジーの最盛期、すなわち戦争時代に、テレポーターの基礎理論がめざましく発達した。
宇宙飛行とは無縁の彼らではあったが、テレポテーションとワープに深く関連する、天体とブラックホールの研究は進んでいた。
彼らが照準を合わせたブラックホールは、彼らの研究結果によれば、何処かへ抜ける可能性を、おおいにはらんでいたのだ。
そして彼らが生存可能な新天地を、探し当てる為の「生存条件探索追尾センサー」が用意された。
これはテレポーター開発に付随して発達した、彼らのテクノロジーの最重要部分であった。
エネルギー源は、なんと彗星そのものを活用した。
「さあ、ぶっ飛ぼう! 鬼が出るか蛇が出るか!」
といったところだった。
モノリス号の中で博士が叫んだ。
「凄いのう! のうのうのう・・テレポートとワープ! プップップ・・有尾人にしたってたってったってたって・・極めた訳でもあるまいに・・アルマーニ・・マーニマーニマーニ・・ニニニニ」
「博士・・せーせーせー・・出ます! ・・ますますすすすす・・」
とザクロマン。
出た。
モノリス号は停止した。
静まり返った宇宙空間。
沈黙の世界は当然、シーンとしている。
コンピューターが起動した。
スピーカーもデモ始動を開始。
《ブベベッブベッ・・文字数(空白・改行含む):5,343字 改行や入力など 入力欄で何らかの操作を行うと文字カウントを開始します・・・・・・・・・・・・・・3月3日・・・ひな祭りです・・・お酒は控えて安全運転・・・完熟ザクロマンは速やかに「根っこ」へ・・・ブー! ロッカの記憶回路にバグ発生! 「根っこ」じゃなくて「大きな株」だろって? ・・・そーでした。・・そろそろ疲れが・・・ウサギ転がる木の根っこ・・・ブラック・ホールを通って・・・抜けたらドンドコショ・・・アンドロメダ周辺部へ到着・・・やっぱり・・・とか・・・うまうまとって・・・誰ですか? ・・・》
「わっ博士、此処は銀河系ではありません! まさかって感じ! 此処は、アンドロメダ星雲ですよ!」
と真っ赤くなったザクロマン。
「ほう? 一度行ってみたかったんじゃが、来ちゃったのか……ふむ。困ったの……」
とボインシュタイン博士。
「どーしましょ?」
とザクロマン。
「アンドロメダじゃ……わしの大好きな、ピチピチギャルが、おらんじゃないか!」
ボインシュタイン博士の悩みは、思いの他、深刻だ。
完熟ザクロマン達が丘の上の「大きな株」を目指して走って行く。