都知事の殉職
ここは研究施設「ゲスラのまな板」(科学者の呼び名の方を採用)の屋上ヘリポート。
謎のヘリコプターが着陸して、ドアが開いた。
お出ましになったのは総理じゃなかった。東京都知事であった。
この男、火事と喧嘩が大好きな江戸っ子だ。
その上、今は無き日本最大の大スターの兄上でもいらっしゃる。
そろそろ引き際だと思うのだが、まだ在職中。(この〝お話〟を発表する頃は、誰が知事になっているのだろうか?)
ゲスラが出現した日も、朝一番、ニュースを見るなり、野次馬根性に火が付いてしまった。
すぐさま登庁してヘリコプターに飛び乗り、出没湖畔へ駆け付けた。
ヘリの中で都知事が言った。
「着陸してくれ。せっかくの怪獣だ。でっけえ姿をアオリで見なくっちゃ。それに、腹が減ったな」
「合点承知の介!」
と、すかさず右に旋回して高度を下げる。
この操縦士は、都知事の野次馬仲間なのである。
警察の制止をふりきって、自衛隊の制止線を蹴散らして、展望ホテルの最上階の一室に陣取った。
このホテルの最上階は6階だ。
宿泊客はあらかた避難を完了していて、館内はガランとしていた。
ホテルの支配人が言った。
「食事だって? そんなの無理無理無理! まったく! 東京都知事がゲスラに何の用があるって言うんですか? アタシャ仕事だから、仕方なく残ってるんだ。ゲスラの事なら隣の部屋の人に聞いて下さい! 『ナントカ博士の古生物研究所』の方々ですから」
窓の外にはゲスラの群れが徘徊している。
都知事が言った。
「移動中に、自衛隊が一匹倒したってえ? こんちくしょう! 見損なったぜ! 遅かりしイ~由良助え~」
ついてきた操縦士が言った。
「これだけいっぱい(ゲスラが)いるんでさあ、本格的なやつあ(攻撃は)これからですよ」
「あのヤロウ(総理)にしちゃ、やけに決断が(攻撃)早いじゃねえか。オイラが来るまで待てってんだ!」
と都知事。
「くすくすくす」
と笑いながら、お気に入りの番記者がメモを取っている。
この若い男も都知事の野次馬仲間で、何処へでもくっついて行く。
『メモ・・・攻撃が早すぎる。なぜ待てない。総理を見損なったぜ! 都知事談』
「こんなもんかあ……。しかしゲスラ、でかいなあ」
と若い番記者。
今回も研究施設の完成を聞き及び、我慢出来なくなったのだ。
実は、他にも理由があった。
愛人である銀座の高級クラブのママから、お土産にゲスラの歯を一本、おねだりされているのだ。
「パパあん、最近お店の景気がわるいのよん、こんなんじゃもうやってけないわ。都庁から横流しのあの名画を売り払って、やっと営業続けてるのよん」
と、くねくね身をくねらす。
「名画って? アレだろ? ちゃんと飾ってあるじゃないか」
と、都知事。
「あらん、あれは画商が用意してくれたレプリカなのよん。私、考えたんだけど、あなた都知事なんだから、今話題のゲスラの歯の一本や二本、どうにでもなる筈よね。ねえ、大きなゲスラの歯を、ここに飾るの。きっと評判になるわあ」
最近とうとう総入れ歯になってしまった都知事は、自慢の江戸弁の切れも悪くなってしまった。
入れ歯安定剤の調子を、無意識に確かめながら喋るせいだ。
「ママ、いくらおいらでも、ちょいと、無理ってもんだぜえ。第一ありゃ、国のモンだ。そいつあいけねえや」
と笑いながら答えた都知事であったが、解剖に立ち合って、あわよくば小さなカケラのひとつでも、ちょいとくすねてやろう。と思い立った。
都知事はヘリの操縦士を伴って、階段を降りて行く。
もう一人、若い番記者もぺったりくっついて行く。
いつでも一緒の野次馬三人組なのだ。
操縦士が言った。
「誰もいやせんね」
都知事が言う。
「それより、イビキかいてやがんぜ! ってこたあ、ゲスラはまだ生きてやがんだ」
──グオーー・グオーー・グオーー
若い番記者がICレコーダーに囁いた。
「衝撃の事実発覚! ゲスラは生きていた。~~~このイビキの音を、お聞きください!」
階段を降りると、ゲスラの背中の方に出た。
3人はパイプやぐらの脇を通って歩いて行く。
「あ! だからビルの外にみんなが……ありゃきっと、逃げ出したんだよ!」
と操縦士。
「違えねえ。おいらラジオ体操やってんだとばっか、思ってたぜ」
と都知事。
「あー! あの手ぶりは、……来ちゃ駄目だって言ってやがったんだ! 都知事、急いでヘリに戻りましょ!」
と操縦士。
「戻るったっておめえ、真ん中まで来ちゃったんだぜ。あすこに見える出口まで、しとっ走り駆け抜けようぜ!」
と都知事。
「あ! 走っちゃ駄目だ! と、聡明な番記者! ゲスラが目覚めたら……ガチチ! ゴチチチ」
と若い番記者がICレコーダーに噛み付く。
「そうだ……。起こしちゃいけねえ。ソロリ、ソロリと行こうぜ。抜き足、差し足、忍び足……」
と都知事。
「あーもう! じれっってえ! 都知事、急いで下さい。もお……おっかちゃん怖いよ!」
と操縦士。
「解った。解った。──
結局のとこ、ぐるり大回りだな。
……。
膝が……、震えてらあ。
らちあねえ。
しかし……。
国民にはあくまで極秘って事か?
しやらくせえ!
……。
たまたまアポ無しで来たから、発見出来たってえ訳か?
べらぼーめ!
総理の野郎、此処でいってえ、何を企んでやがる?」
へっぴり腰でソロリソロリと進む、野次馬三人組であった。
──グオーー・グオーー・グオーー
「はたして総理の企みとは? いったい何でありましょうか? ~ああ、この際だから、新聞社辞めてテレビのレポーターになりたい」
と、ICレコーダーを握り締める若い番記者。
「だけど、こんだけ大きな身体だ。寝返りでもうった日にゃあ、ふええ……おっかちゃん……」
と操縦士。
「お陀仏と申しましょうか、一巻の終わりと申しましょうか……」
と若い番記者。
都知事が言った。
「おい! 縁起でもねえ事、言うんじゃねえ!」
再び、ゲスラが寝返りをうった。
今度は右側へ横向きになった。
──ズッシーーンンンン!
ICレコーダーが都知事の最後の声を収った。
「ってやんでえ! ちくしょーめ! ムギュウ……」
他の二人の断末魔の声は、
「おっかちゃーん!」
と、
「わっシッポか?」
であった。
哀れ野次馬三人組は、シッポの下敷きとなり押し潰され、ぺっちゃんこ。
今度は左の太ももが上になった為、松尾首席秘書官の圧死体があらわになった。
ギャグアニメみたいにペラペラの薄っぺらになった訳じゃない。
見事に潰れたその死体は、いや、言うのはよそう。
誰でも想像出来る事だ。
想像出来ない人だって、トマトを踏み潰すだけで事足りるのだから。
東京都知事と操縦士。それから番記者は、こうして殉職した。
後日、事のいきさつを耳にした都知事夫人は、件の銀座のママへ、
──おまちかねの「ゲスラの歯」を送ります。ほんの「欠片」ですけど。──
と書いたラージサイズの茶封筒の中に、無惨に圧し潰された都知事の「血まみれの総入れ歯」を入れて、送り付けたのだという。
げに恐ろしきは、女の戦いである。