蛇の舌
ここは、久々に銀河系。
「この話、スケールが大きくなったでありんすな」
と、これも久々の登場、参照太夫が言った。(『NKSRの世界』参照。)
ケンタウルス座のアルファセントリー惑星。
銀河連合軍、第73軍管区、基地司令塔ビル内の「秘密情報室」では、ギュンター・カーン少佐が、ただならぬ報告を受けていた。
後ろに立っているのが、ミス・ヒルダだ。紅茶のカップを持っている。
かっちりとした制服のスカートから、ぴんとまっすぐに伸びた黒いストッキングの脚が、時おり動くのだが、……これは当然だ。生きている女性なのだから。
なかなか色気のある、ふくらはぎが、すんなりと、それでいて、太ももにかけてが妖しく……。とにかく、色気がある。
この部屋の所在は、銀河連合軍内では公然の秘密だ。
何故なら……ドアのプレートに大きな字で「秘密情報室」と書いてあるからだ。
ま、冗談はさておき、この部屋の主は、諜報戦の世界においては、最も恐れられている一人で〝蛇の舌〟と異名を採る、筋金入りの地区ヘッドであった。
さて、ただならぬ報告とは……。
現在、地球に戻っている、連盟情報部の遠藤為五郎大佐を監視活動中の、コードネーム〝近所のオッサン〟からのものだ。
これだけ書けば、勘の良い読者諸君は、何の事かすぐ解る筈なので、クドクドとストーリーの重複をする必要はない。
カーン少佐が喋っている。
「繋げて考えると、一目瞭然だ。──
つまり、連盟は、巨大生物兵器を開発したって事だ。
まず、エンタメが出没湖へ向かった。
そして、出没湖から、30メートル級の怪獣がうじゃうじゃと……うむ……」
頬の傷痕が不気味に歪む。
宿敵エンタメとの攻防の際に負った傷だ。
勿論、連合世界にしても連盟世界にしても、これくらいの傷は、跡形もなく消し去る事が可能だ。
しかしカーン少佐はこの傷を、あえて残しておいた。
二度と不覚を取らぬ為の、戒めとしてだ。
思えばエンタメには、後手に回ってばかりで、いつも煮え湯を飲まされていた。
カーン少佐は喋り続ける。
「怪獣の後で出現したヒューマノイド型ときたら、170メートルもあるのか!──
我々(連合)が開発中のバイオ・ソルジャーだって3倍体がせいぜいだ。
170メートルって、……いったい何倍体だ?」
アイ・バッチが小刻みに震える。
あ、このアイ・バッチは、ミス・ヒルダが付けている。
ミス・ヒルダが口を開いた。
「怪獣の数は?」
通信機に向かって喋っていたカーン少佐は、振り向いて、カッと、かかとを鳴らして「気をつけ」の姿勢をとった。
そして答えた。
「はっ。全部で10匹が暴れ回ったとの事であります!」
ミス・ヒルダが紅茶を飲み干してから言った。
「マヌケ!」
「は?」
とカーン少佐はポカンと口をあけたまま。
空のティーカップをカーン少佐に渡したヒルダは、壁に掛かっている細身の長剣のつかを、左手で握った。
そう。〝蛇の舌〟ヒルダ大佐は左利きだ。
──ヒュン! ヒュン!
と二度、素振りをしたヒルダは、
──シュピーン!
とばかりに少佐の持つ陶器のティーカップをカットした。
「ひっ」
と少佐が腰を抜かした。
見事な切り口を、かいま見せたティーカップは、
──カチャーン!
と床に砕け散った。
〝蛇の舌〟ヒルダが言った。
「怪獣は、先に1匹殺されたって言ってたじゃない」
長剣でピシピシと通信機を叩く。
「はっ、そーでありました! 全部で11匹であります」
とカーン少佐。
「ボケナス! 170メートルが何倍体かですって? お前、それでも連合諜報部の将校なの! 低脳!」
ヒュンと長剣が空を切り、カーン少佐のベルトを切った。バサッとズボンが落ちる。
「ひえっ! 許して!」
と、水玉のトランクスを押さえたカーン。
その時、通信機が鳴った。
《補足情報を送ります。遠藤為五郎は、出没湖の流木島で、消息を絶ちました》
と、これも連合諜報員、コードネーム〝買い物帰りのオバサン〟からだ。
「エンタメのヤロウ、何か企んでやがるな」
と、ズボンをずり上げながら、カーン少佐がつぶやく。
〝蛇の舌〟ヒルダ大佐が叫ぶ。
「さっさと地球へ行ってエンタメを追え! 今度しくじったら降格くらいじゃ済まないわよ!」
ズボンを押さえているカーンの尻を、ドゲシ! とばかりに蹴飛ばした。
このヒルダ大佐の異名〝蛇の舌〟には理由があった。
ちょっと長めの舌の先が、実際に二つに割れているのだ。
まあこれはヒルダの属す種族の特徴なのだが。
数年に一度、脱皮するとも言われている。
もっとも、見た者はいない。誰にも見せないのだろうが……。
ともあれ、キリリとした、いい女なのである。
「くそ! ヒルダのイカレ女め! すぐに長モノ(長剣)を振り回しやがる!」
と、ぶつぶつ言いながらもカーン少佐は、高速艇で地球へ向かった。