テレパスの世界
エンタメはジャケットの内ポケットから、もそもそと数枚の写真を取り出した。
そして、ボソッと呟いた。
「ダンナ……見てくれ」
写真には木目の光沢も艶やかな、よく磨き込まれた木製の衣装マネキンが写っていた。
頭の部分はドングリのようで、目も鼻も口も無い。
博学な作者は、あえて書くが、キリコの絵画『ヘクトールとアンドロマケの別れ』のような感じだ。(頭部のみだが。)
やけに殺風景な、青みがかった変な場所を背景に、半透明の服を着ている。
様々なアングルのやつがあった。
「ほお? なんじゃこりゃ?」
と友和。
エンタメはゴクリと唾を飲み込んでから答えた。
「……ここの連中だ」
「驚いたでしょ? 友和さん」
とaタイプ。
「このノッベラボーの、木目のマネキンが?」
「……そうだ」
エンタメの声が重い。
aタイプも怖々と、うなずいている。
「ダンナ、これが彼等の本当の姿なんだ。誰だって驚く」
エンタメの声がますます重くなる。
「だけど俺、クロエといつも喋ってるんだ。コイツ、口が無いじゃないか? 口が無けりゃ喋れないだろ? 化けるにしたって……」
「テレパシーだよ」
とエンタメ。
「テレパシー?」
と友和。
「いや、テレパシー以上の、もっとずっと高度な能力だ。──
音響とか、つまり我々にとっちゃ幻聴と言うべきかな?
視覚映像、これは幻影だな。我々の感覚の全てをコントロールしてるんだ。
いや、彼等は、もはやコントロールしてるなんて、自覚さえ無いだろう。
我々だって、心臓を動かしている自覚なんか無いだろ?
これと同じような感じで、超能力を発揮している。
そして我々の五感の全てを、錯覚させているんだ」
青ざめたエンタメの唇が、ワナワナと震えている。ちょび髭まで痛々しく震える。
涙目になった小さな目をしょぼつかせながら、絞り出すような声で言った。
「ダンナあ、俺達あ、潜在意識から何から何まで、ねこそぎにされてるんだあ」
友和はテーブルの上の写真を凝視した。
それから、回りの席で今まで飲んで騒いでいた、地球人と寸分変わらぬ客の、男達や女達を見回した。
今はバーテンも客も黙りこくって、静まり返っている。
店の音楽は止み、心なしか外の喧騒の音まで消え失せてしまったようだ。
この静まり返った、不気味には違いないのだが、何となく、ばつの悪い空間の中で、エンタメとaタイプが小刻みに震えている。
友和はビールを飲み干した。
「ま、少なくても馬の小便じゃない。ちゃんと飲めるし、旨い」
血の気の失せたaタイプが、友和の顔を凝視している。
回りの人達を見ないように、それから、テーブルの上の写真も見ないように、身体と首が固まっている。
目が点になるとはこの事だ。
お守りのキューピーのロケットを握りしめた右手で、左の二の腕をさすっている。
「友和さん……わたし怖い」
友和はタバコに火をつけて、大きく煙を吸い込み、吐き出した。
「ふう。気が付けば、すすきの野っ原とか、コエダメの中って訳でもないらしい」
「ダンナ、よく平気だな?」
と、涙目のエンタメ。
友和はエンタメのジョッキに手を伸ばし、その手付かずのビールを一気に飲み干した。
「俺だって腹が立ってる。──
知らなかった。くそ! こんなマネキンの化け物に騙されていたとはな。
狸と狐が合体してパワーアップしたような木目のノッベラボーに騙されていたのか!
木の木っ端じゃないか! 王貞治のバットか? ってんだ! 馬鹿野郎!」
瞬間湯沸器のように突然怒り出した友和の、あんまりな物言いにエンタメの口があんぐりと開いている。
「やはり、ダンナには内緒にしとくべきだったな。しかし、ひどい表現だ。言っとくけど、すべて聞かれてるんだよ。いや、覗かれてる。何事もバレる。もうバレている。ああ、バレバレなんだっ。秘密なんて此処では有り得ないんだ!」
頭を抱え、またしても震えだしたエンタメである。
「ふーん、成る程ね。だったらいっその事、聞かせてやろうじゃないか。──
どっちにしろ、何でもお見透しなんだろ?
……やい! よく聞きやがれ。こんちくしょう! よくも騙しやがったな!
ノッベラボーのズンベラボーめ! お前らいったい何が目的だ! 何が欲しい?
大佐のキンタマか? そんなもん、いつでもくれてやる! 持ってけ! ドロボー!
この、木っ端エイリアンの化け物どもめー!
お前ら、コタツの脚かって……○△×○△×!~」
何故だかこの調子で、友和は毒づくのを止めない。
聞くに耐えない罵詈雑言のオンパレードは、延々と続いている。
たまり兼ねたエンタメが悲鳴をあげた。
「あははは。俺が悪かった。間違ってた。何となくダンナの言わんとするところが分かった。……分かったから……いひひひ……もう止めてくれーっ! 腹が痛い」
泣き笑いになったエンタメの顔には、血の気が戻ってきている。