ギロチンの空
出没湖を渡る個人タクシーであった。
「この車凄いな、水陸両用でしかも空も飛べる」
「どうだいダンナ、ボンド・カーより凄いだろ」
「だけど流木島への上陸は、車から降りなきゃ無理だろ?」
「あははは見くびっちゃいけない」
車体からロボットの足が出て、屋根からは二本のロボットアームが出た。
個人タクシーはカバのような四足歩行となり、積み重なった流木をアームでかき分けながら、のっしのっしと歩いて行く。
「わははは嘘みたい」
「どうだ! 連盟軍情報部の特殊車輌の威力は!」
はたして水天宮の祠の脇には、巨大なクレーターがあった。
「ゲスラの巣穴かな?」
「ダンナ、入ってみるぞ」
「友和さん覚悟はいい?」
個人タクシーは躊躇無く入って行った。
「ムニョ~ン」という音こそ鳴った訳ではないのだが、三人は胃袋がでんぐり返るような不思議な感覚を味わっていた。
そして、ガラガラドッシャーン! と凄い音をたてて、タクシーは明らかに人家の中に突っ込んだ。
ダイニングキッチンのテーブルをひっくり返し、食器戸棚を薙倒し、冷蔵庫を押しのけて、やっと止まった。
エプロン姿の若い女が驚いている。
結構美人である。
友和達はあわてて車から飛び出した。
床には料理と皿の破片や鍋やグラスの破片が散らばっている。食事の仕度を台なしにしたらしい。当然女は怒っている。
「何ですか? あなたたちは! いったい何処からきたの?」
毎度おなじみながら言葉が通じる。
「あ、どーもすみません。お嬢さん、我々は怪獣の調査の為にですな……」
エンタメは釈明しようと必死だ。
「友和さんあれを見て!」
aタイプの目がまんまるになっている。
友和は驚いた。勿論エンタメも驚いた。
床の上では、ひっくり返って散らかった料理を、あのゲスラが旨そうにあさって食べているではないか。
十匹以上はいる。しかもこのゲスラは体長三十センチ程、ちょうど猫程の大きさなのだ。
ミャウミャウと可愛いらしい声で鳴く。
「どういう事なんだ?」
と友和。
「訳が解らん」
とエンタメ。
「可愛いわあ」
aタイプはゲスラを一匹捕まえて抱っこしている。
「可愛いでしょ。みんな血統書付きのグーグーなのよ」
と女が言った。
女は事故だというエンタメの説明に、どうにか納得してくれた。
損害賠償についての話はさておき、台なしにした食事の仕度を手伝ってほしいとの事で、aタイプはエプロンをつけキッチンに立っている。
友和とエンタメは、苦労してタクシーを家の外へ引っ張り出したのだが、野外の景色を見て驚いた。
やはりそれは地球の景色ではなかった。
色合いも何もかもが全く違うのだ。
惑星温泉なんかともまた違う不思議な景色が広がっている。
ひとつだけ解った事は、此処は火のように真っ赤な芝生の生い茂る、果てしない野っ原だという事だ。
つまり都会ではなく、田舎の牧場のような所なのだろう。
それにしてもポッカリと空に浮かぶ巨大な母星の、これはまるで土星のリングのような形なのだが、刃物のようにギラギラと輝く鉄色の刃が、今にも突き刺さってくるような圧迫感だ。これには圧倒されてしまう。
「ふう恐わっ」
と、思わず首筋を押さえてしゃがみ込んだエンタメが、声をあげた。
「ギロチンの真下って感じだな。立ってるだけでちびりそうだ」
と友和も思わずしゃがみ込む。
二人は空を見上げないように首を強張らせながら、崩した壁の残骸を片付けた。
そして、やけにメルヘンチックな黄色いキノコ形の家の中へ、そそくさと逃げ込んだ。