オヤジ狩り
ところでゲスラなのだが、なんと、更にもう一匹現れたのだ。
またしても流木島からの出現であった。
こいつは、ゲスラの亡きがらに寄り添って悲しみに暮れるメスゲスラの背後に、そっとすり寄り、その背中を優しく撫でさすり、慰めている。
今度の奴はオスであった。
やがて気を取り直したメスゲスラは、オスゲスラと手に手を取って、山の中に分け入って行く。
山の中と言っても体長三十メートルのゲスラの事であるから当然、まる見えなのである。
だから、山の上へ歩いて行った。と言うべきであろう。何故なら、山に登った。と言うと、ちっとも状況が見えないからだ。
こいつらが激しく山肌を揺るがして、不届きにも交尾を始めたのである。
「なんて節操の無いメスだ!」
「亭主が死んだばかりだってのに」
「やっぱり畜生は畜生だ」
人々は嫌な気分になった。
テレビもおおわらわだ。
「こんなの放送していいんですかね?」
「さあ?」
プロデューサーは便所へ逃げ込んだ。
暫くして流木島から、更にもう一匹の、つまり二匹めのメスゲスラが現れ、交尾真っ最中の二匹を引っぺがした。
そして、先のメスゲスラに往復ビンタを浴びせた後、オスゲスラをシッポでしたたかぶっ叩いた。
オスゲスラがあたふたと逃げ廻る様子を見て、人々はげらげら笑った。
「後家さんに手を出したダンナを折檻してるんだ」
「何だか身につまされるな」
「いい気味よ!」
しかし人々は笑っているどころではなくなった。
ゲスラはその後も、うじゃうじゃと現れ、死んだゲスラは抜きにして、総勢十匹にも達したのだから。
体長三十メートルが十匹もである。
突然、虫けら並みのサイズに、突き落とされた観の人間様にとっては、まるで中生代の交通ラッシュだ。
ドシンドシン、ザバンザバンとまことに危険極まりない。
信じられない光景だ。
冬の日の日だまりの中、出没湖畔でゴロゴロと遊んでいる巨大なゲスラの群れであった。
中には人間を捕まえたり、車をひっくり返して遊ぶ奴も出始めた。
人々はあわてふためいて出没湖畔とその界隈から逃げ出した。
今や展望ホテルも、完全に自衛隊の管理下に置かれた。
エンタメは腕時計型のリモコンをいじっている。
6階の窓の外に空飛ぶタクシーを呼ぶつもりだ。
友和が言った。
「エンタメさん、ちょっと俺に呼ばしてくれ」
「もう呼んだよ」
「いいからちょっと腕時計貸してよ」
エンタメは腕時計を外して友和に渡す。
「どうするんだ?」
「一言、言いたいだけだよ」
友和は腕時計に向って囁いた。
「流星号、流星号、応答せよ。こちらスーパージェッター。はははは気持ちいいな」
6階の窓の外にタクシーが姿を現した。
「ダンナ、気が済んだかい?」
友和達は窓からタクシーに乗り込み、展望ホテルを後にした。
颯爽と滑空するタクシーなのだが、幸いな事に自衛隊の目はゲスラの群れに釘付けであった。
「くそっ結局、朝めしこなかったな」
と空飛ぶ運転手のエンタメさん。
「エンタメさん、ちょっと降ろしてくれ。せめて缶コーヒー買ってくる」
「よしきた。ついでに、弁当とタバコも頼むよ」
友和は、着陸したタクシーから飛び出した。
ホテルの部屋着である甚平姿のまま、毛脛丸出しでさっそくお土産店へ入って行った。
ガラスの自動ドアを粉々にされた広い店内では、強烈なビートのラップを鳴らして、若者達が飲んだくれて踊り狂っていた。
~♪黒くなりてえ・黒くなりてえ・黒くなりてえ・って思ってるんじゃねえかな? って思ってるんだろ?
♪黒くなりてえ・黒くなりてえ・黒くなりてえ・って思ってるんじゃねえかな? って思ってるんだろ?
♪kurokunaritee♪kurokunaritee♪kurokunaritee~
『黒くなりてえ』 by千駄山ロッカバンド
さっそく鼻ピアスの青年が立ちはだかって言った。
「よう、観光客のおっさん、どさくさまぎれに万引きしにきたのかよ」
二の腕に♂のタトゥーを彫り込んだ奴が、友和の背中を小突きながら言う。
「このオヤジ、どうせ会社のブス女と、不倫旅行だぜえ。ムカつくう」
モヒカン刈りの脚っ払いで友和は転倒した。
スキー帽がすかさず尻を蹴飛ばす。
当然の事だが友和は、ムラムラと怒りが込み上げてきた。
「ガキども、お前らがオヤジ狩りとか、やってんだろ?」
モヒカンがせせら笑って言う。
「そうだよ。お前ら偉そうな事言ったって、結局、泣いて謝って、金くれるんだよ」
♂タトゥーが言う。
「ウゼエオヤジ、態度でけえな。チョームカつく」
友和が立ち上がりながら言った。
「ムカつくのはこっちの方だ」
スキー帽が言う。
「このオヤジ、なんか武道とか、やってんじゃねえか? 態度でかすぎ」
その時、いい案配にあのムズムズを鼻に感じた。
テレキネシスである。
こうなったらもう、恐いものなんか無い友和なのだ。
ゆっくりと太極拳の身振り手振りを始めながら言った。
「お前らあ、オヤジの本当の恐さ、教えてやる」
「チョイヤバくね?」
と鼻ピアス。
「逃げっか?」
とスキー帽。
ホテルの部屋着なのだが、この、染め絣の甚平姿の、自信に満ちた友和は、武道の達人のように見えなくもない。
ゆっくりと太極拳を続けながら集中する。鼻のムズムズは益々強くなってくる。
不気味な笑いの中から、不敵に言い放つ。
「ガキども、逃げられると思うなよ。ふっふっふっふっふ」
「このオヤジ、恐えよ」
「な、オヤジ、怒んなよ」
「ヤベーよ、チョーヤベー」
ムズムズは最高潮に達した。
「よし、きた! ふ、ふぇっくしょん!」
鼻水がだらりと垂れた。
「はで? 鼻風邪だったのか?」
モヒカンが叫ぶ。
「クソオヤジのハッタリだっ」
「やっちまえ!」
バチンと、強烈なのが頬にきた。治療中の奥歯がすっ飛んだ。うずくまった後頭部に、これはエンピ(肘)だ。
星が出た。
チカチカチカ。
ぶっ倒れた背中と脇腹を、滅茶苦茶蹴られているのが解るのだが、どうしようもない。
「むぐぐうー」
友和の身体はエビのように丸まって床を這った。
蹴られ続けて雑巾のようだ。
──ボスッ! ボスッ! ゲシッ! ゲシッ!
「むぐぐガキども……やめでぐで……ふぃくひょう……まるで……エビ雑巾って感じ」
その時であった。
「やめなさい!」
aタイプの声がして、ダンスのステップのような蹴りが止まった。
「このスケ、チョーマブくね?」
と鼻ピアスが言った。
「ピンクヘアーのおねいちゃん、エロエロ教えてチョーダイ」
と言いながら襲いかかったモヒカンだったが、次の瞬間、股間を押さえて跳び上がった。
「びぎゃーえでで、えでー」
ぴょんぴょん跳び跳ねる。この場合、男というものはそうするしか無い。
「よくも友和さんを!」
電光石火であった。身構える暇などない。
245ヶ星系軍aタイプ中尉の戦闘格闘技は、一瞬のうちに不良共全員の股間を蹴り上げていた。
「ふぎゃー」
全員ぴょんぴょん跳び跳ねる。それしか無いのだ。
「かわいそうな友和さん」
aタイプの胸に顔を埋める友和であった。
「ひーん助かったあ。くそっ! いででで、奥歯一本抜けちゃったあ。しかしaタイプは強いなあ」
にっこり笑ってaタイプが言った。
「重力の強いアポカリプス星で訓練したのよ」