攻撃
こうして結局、自衛隊による攻撃が決定された。
何と言ってもこれは有事なのである。
幕僚幹部による有事規定、特別機密乙の3号、丙の9項にのっとって波状攻撃の順番が決められた。
丙の9項は一般言語に訳すと「アミダクジ」と言う。
怪獣映画よろしく出没湖の湖畔には戦車が並んだ。
第一波攻撃を引き当てた髭の戦車隊長は、満面に笑みを浮かべ、上機嫌である。
『麦と兵隊』を替え歌にして唄っている。
「~髭も~ほっころぶ~出没湖~」
浪花節のような、渋いのどを聞かせる。
手拍子をとっているのが副官だ。
本部から、やっと決断した総理の命令が伝えられた。
「了解。了解」
と、髭の戦車隊長は通信器を切る。
「どうでした?」
と副官が尋ねる。
「うむ、総理は決断された」
と髭隊長。
「まさしく、有事ですからな」
と副官。
「むふふふ、攻撃命令だ」
と髭隊長。
「腕が鳴りますな」
と副官。
「攻撃! 総員、抜刀突撃! ……なーんちゃって」
嬉しくてたまらない髭隊長なのである。
「こなくそっぶちかませー」
号令一下、一斉射撃が始まった。
──バスン! バスン!
と戦車砲の砲声が腹に響く。
ゲスラはギャーギャーと見苦しいほどに悲鳴をあげて、湖の中をじたばたと逃げ回った。
そして全身の傷から大量に血を流し、悲しげにひときわ高い断末魔の叫び声をあげた。
「アイーーーンンン」
そして出没湖の中に、ザバアッと倒れた。
この大波で残りの木造家屋が全て倒壊した。
死んだらしい。
「呆気ない奴ですね」
と副官。
「もうちょっと頑張ってくれたらなあ。劣化ウランの撤甲弾が使えたのに」
ちょっと残念な髭隊長であった。
ギャラリーの親父が誰へともなくつぶやいた。
「糞小便しただけで抹殺かよ?」
女達が大声で叫ぶ。
「あんなに痛がってたじゃない。惨すぎるわ!」
「かわいそうだわ!」
「残酷よ!」
人々は皆、後味の悪い、嫌ーな気分になった。
この、批難めいた空気をひしひしと感じつつ、戦車隊は粛々と引き上げて行った。
生物学者と厚生省の役人からになる特別調査団が、ゲスラの死体の調査の為、周遊観光船に乗り込もうとした。
まさにその矢先であった。
流木島からもう一匹、今度は一回り小さなゲスラが現れたのだ。
大きく伸びをしながら挨拶がわりに咆哮する。
「ギエエーーーンンンン」
よくディレイの効いた迫力満点の咆哮である。
ここは是非とも、故、伊福部昭先生の音楽が欲しいところだ。
なんと、またしても怪獣出現なのだ。
人々は固唾を飲んで見守った。
二匹めのゲスラは、湖の中に倒れているオスのゲスラに近づき、その亡きがらに取りすがって、もう一度泣き叫んだ。
これは哀調を帯びた咆哮であった。
「ギョエアィーーーンンンン」
悲しげなその声は、とてつもなく大きく、湖畔のホテルの窓ガラスは衝撃波の為、全て粉々になった。
こいつは、メスであるらしい。妻か? 或いは恋人か? はたまた愛人か?
政府とマスコミには抗議の電話やメールがどっと送られてきた。
諸外国からも動物愛護団体を中心に、膨大な量の抗議が殺到した。
その結果、攻撃命令は即座に中止された。
「だからこういう場合も考慮に入れて、しっかり対策を練ってくれなきゃ困るって言ったでしょ」
こう言い残して総理は便所へ逃げた。
窓ガラスが無くなって、容赦なく寒風が吹き込むホテルの6階の部屋では、aタイプが怒っていた。
「いきなり攻撃するなんて酷いわ! ゲスラの奥さんかわいそう」
友和が言う。
「あんなに弱っちい奴だとは思わなかったな」