【37:56:04 不在着信:非通知設定】
夏のホラーをもう一本!
背筋がゾクッとなってください!
とある夏の日、私はスマホを買った。
といっても、通話機能は使えないようにして、Wi-Fi接続で動画やアプリを使うだけの中古品……ってやつだが。
そこまで古くないのに格安品で、我ながらいい買い物をしたと思っていた。
——そう、あの日までは。
——
届いた翌日の朝、枕元に置いたその「ただの板」の画面を点けたとき、私は首をかしげた。
「んん……?」
画面の通知欄に一通の履歴がぽつんと表示されていたからだ。
【3:15 不在着信 1件:発信元不明】
SIMカードは挿していない——つまり、電話番号すらないはずの画面を見つめながら、私は「システムのバグかな」と、深く考えずにその通知を指で払った。
「えーと……それ以外は特に不具合は無さそうね。さて、まったりユーチョーブでも観ながら課題進めようかなー」
机の上に置き、お気に入りのゲーム実況動画を再生する。
部屋にいつもの賑やかな声が響き、私はノートを開いた。
……が、どうにも集中できない。
(……なんか、熱くない?)
まだ5分も経っていないというのに、手に持ったスマホの裏側が、まるで使い捨てカイロのようにじっとりと熱を帯びている。
画面の端も、時折チラッと不自然に明滅している。
「やっぱ安物だし、バッテリー劣化してんのかなぁ……?」
画面の中の実況者が笑い声を上げる。
その声の語尾に、一瞬だけど……「ザザッ」と、嫌な砂嵐のようなノイズが混ざった気がした。
私は充電器ケーブルを差し、再び課題に取り掛かった。
——『……はい!ここで——し……ね……!アハハ〜』
「……う〜ん?ノイズ酷いなぁ……」
画面の中の実況者は楽しそうに笑っている。
でも……なんだか今、嫌な言葉が聞こえたような気がした。
巻き戻してみると、実況者は普通に『師匠がそうだねって言ってた!』と喋っている。
(……最近暑いし疲れたのかなー?耳までおかしくなってきた……)
自分の聞き間違いだと思い込もうとしながら、私はシャーペンを握り直した。
動画の音声が、時折「ザザッ……」と不気味に歪み続けていることには目をつむって。
——
次の日。
【0:37 不在着信 1件:発信元不明】
「えっ……。また?」
ベッドから身を起こし、寝ぼけた頭でスマホの画面をタップする。
表示されている発信時刻は、昨夜の深夜「0:37」。
(……嘘でしょ。だって、寝る前に私、Wi-Fi切ったよ……?)
そもそもこのスマホはSIMカードも電話番号もない「ただの板」だ。Wi-Fiを切っていれば、いかなる通知も届くはずがない。
それなのに、履歴にはしっかりと「発信元不明」の赤い文字が刻まれている。
不気味になって履歴を開くと、昨日届いていた最初の不在着信「3:15」が下に並んでいた。
『3:15』
『0:37』
「3:15……0:37……。何だか、変な時間帯……」
口の中でその数字を呟いた瞬間、昨夜の実況動画から流れたノイズが脳裏をよぎり、背すじに冷たいものが走る。
『——し……ね……!』
(ううん。きっと考えすぎよね。……さ、バイトの準備準備……)
私は頭を横に振り、スマホを机の上に置いてバイトに出かけた。
……何となくだけど電源を切って、画面も下にして。
——
「あ!そういえばさ、前言ってた格安スマホ、結局買ったの?」
バイト先のバックヤードでは、同僚の先輩が着替えながら話しかけてきた。
「あ、はい!先輩に教えてもらったネットショップで探したら、状態いいのにめちゃくちゃ安いの見つかって……。お礼言うの忘れてました、ありがとうございますー!」
「ほんと?よかった〜!あそこ、何気に掘り出し物多くてさ、面白いのよね〜。んで?そのスマホの使い心地、どう?アプリとかサクサク動く?」
「え……。あー……。その、Wi-Fiないと使えないように設定して、家で動画観る専用にしたんで……」
「へー、サブ機ってやつね!通話も何もできない『ただの板』状態か〜。でもさ、家で動画観るだけなら、変な電話とかもかかってこないし、一番気楽でいいよね!」
「……ですよね。電話なんて、かかってくるわけないですもんね!」
先輩の「迷惑電話もかかってこない」という何気ない一言に、胸の奥がひんやりと冷たくなる。
今朝、あの画面にぽつんと浮かんでいた赤い文字が頭をよぎる。
(……そうよね。あれはただのバグ……よね。電話なんて、繋がるはずがないんだから……)
必死に自分を納得させながら、私は「おつかれさまでしたー」とバイト先を後にした。
机の上に電源を切って、伏せて置いてきた『ただの板』の元へ帰るために。
——
「ただいまー」
バイトが終わり家に帰る。
パチン……と電気のスイッチを入れるとそこにはありえない光景が映っていた。
「な……んで……。なんでスマホが落ちているの……!?」
そう、私はバイトに出かける前、確かにスマホの電源を切って机の上に置いていったはずだ。
なのに、今私が見ているのは、画面に蜘蛛の巣状のヒビが入って電源が点いているスマホなのだ。
「スマホ……ヒビ入っていなかったよね……。何でいきなりヒビが……。それに、電源だって消してから……!」
カバンを床に落とし、吸い寄せられるように膝をつく。
蜘蛛の巣のように細かくヒビが走ったディスプレイの奥で、暗い光が不気味に明滅していた。
恐る恐る、画面を覗き込む。
割れたガラスの隙間に表示されていたのは、異様な通知の羅列だった。
【18:04 不在着信:発信元不明】
【18:04 不在着信:発信元不明】
【18:04 不在着信:発信元不明】
【18:04 不在着信:発信元不明(伝言あり)】
「ヒッ……!」
18:04。18:04。18:04。18:04。
たった一分間で、狂ったように連発された着信履歴。
「なんで、こんな時間に……!」
一件だけ「伝言あり」の不在着信。怖い。聞くのが怖い……!
きっと、これは気のせい。気のせいよ……!
私は震える指で、現実から目を背けるようにそっと通知を画面の外へ払って消した。
電源ボタンをしっかりと長押しし、画面が完全に暗転したのを確認する。
(大丈夫。電源は切った。何も起きない……。何も起きないから……!)
スマホを机の引き出しの奥深くに押し込み、私はパタンと音を立てて閉めた。
——
それから、数日が過ぎた。
あの日以来、引き出しの中が騒がしくなることは一度もなく過ごしていた。
「やっぱり、一連の出来事は一時的な不具合だったんだ……」
そう、自分に言い聞かせながら。
バイトも普通にこなし、あの不気味な出来事は過去のものになりかけていた。
蒸し暑い夏の夜。
湿気で寝苦しく、ベッドの中で何度も寝返りを打っていたときだった。
パッと壁のデジタル時計に目をやると、表示が「00:00」に切り替わった、まさにその瞬間。
――ム゙……ー……ッ……
――ム゙……ー……ッ……
暗闇の自室に低く重い振動音が響き渡った。
「え……?なに……どこから……?」
辺りを見回すと、音源地は机の引き出しからだった。
「なん……で……!?」
電源を切って、引き出しに閉じ込めたはずのただの板になったはずだ。
急いで机に向かい、汗ばんだ手で引き出しを引っ張ると、暗闇の中でバキバキにヒビ割れた画面が怪しく青白く発光していた。
画面の中央で踊っていたのは、今まで一度も見たことがない画面――。
【着信:非通知設定】
履歴なんかじゃない。
今、この瞬間、電話番号もないはずの画面が、誰かからの電話をリアルタイムで受け取って震えていた。
「ひッ……!!」
悲鳴を上げて引き出しから手を引き抜く。
だが、画面を覗き込んだ次の瞬間――スーッ…と画面の明かりが消え、元の静寂が戻った。
電源ボタンを押しても、画面は真っ黒なヒビ割れのままでウンともスンとも言わない。
「……な、なに……夢……?」
心臓を激しく打ち鳴らしながら、バキバキの画面を見つめる。
誰もいない暗い部屋。時計の針は0時01分を指していた。
必死に呼吸を整え、引き出しを閉めて布団に潜り込む。
(気のせい……疲れが出ただけよ……)
そう自分に言い聞かせ、ようやくまぶたが重くなりかけた、その時だった。
――ム゙……ー……ッ
飛び起きて壁の時計を見る。
「01:11」
――ム゙……ー……ッ
まただ。引き出しの中から低い振動音が響く。
引き出しを開けると、やっぱり画面は真っ黒なまま電源すら点いていない。
なのに、冷たい板だけが、狂ったように手の中で震えているのだ。
そして――。
「02:22」 ――ム゙……ー……ッ
「03:33」 ――ム゙……ー……ッ
時計の数字がゾロ目を刻むたび、暗闇の中に規則正しい合図が響き渡る。
私は布団をかぶり、耳を塞いでガタガタと震えることしかできなかった。
——
時計の針が「04:04」を指した瞬間、私は髪を乱しながら引き出しを開け、その冷たい「板」を掴み取った。
そのままベランダへ走り出で、アパートの後ろを流れる真っ暗な用水路に向かって、力の限り投げ捨てた。
――トプン……
水しぶきの音とともに黒い水面へと沈んでいく板。
荒い息を吐き出しながら、私はその場にヘタり込んだ。
「はぁ……はぁ……。終わった……終わったんだ……!」
部屋に戻り、鍵を厳重に閉める。
これで一安心だ。もうあの嫌な振動音に怯える必要はない。
そう自分に言い聞かせてベッドへ向かおうとした、その時――。
――リロリロリン♪リロリロリン♪
静まり返った部屋に、軽快で無機質な着信音が鳴り響いた。
「ひいッ……!?」
悲鳴が喉でつまる。音のする方へ恐る恐る視線を向けると、そこには投げ捨てたはずのスマホがぽつんと机の上に置かれていた。
筐体はぐっしょりと水に濡れ、机の木目を黒く濡らしながら、蜘蛛の巣状のヒビ割れから怪しい青白い光を放っている。
——リロリロリン!リロリロリン!
狂ったように鳴り続ける着信音。
画面の中央に浮かび上がっていた発信元は――。
【04:04 発信者:4444444444】
「いやっ!……やめて……っ!!」
泣き叫びながら電源ボタンを連打するが、画面はびくともしない。
画面を見ても、拒否するための赤いバツボタンすら存在しなかった。あるのは、緑色の通話ボタンだけ。
音量は小さくなるどころか、耳をつんざくほどの爆音へと膨らんでいく。
——リロリロリン!!!!リロリロリン!!!!
逃げられない。電源も切れない。捨てることもできない。
(ああ……どうして……?いい買い物したと、思って、いたのに……)
この音を止める方法は、たったひとつ。
私はガタガタと震える指を伸ばし、青白く光る緑のボタンへとゆっくり触れた。
……ザザッ……
……ザァァ……ッ
……ザザッ……
……ザァ……
——『ム゙か…………え……に……き、ダ………………よ』
(完)
実はこれ、夜中いきなり非通知で電話来たことがあって、怖いなーと思って膨らませたお話です。
いきなり来れば怖くないですか?




