探偵少女は冤罪を好む
彼女とどのように知り合ったのか。話せば長くなるので割愛してしまうが、一悶着あって、彼女——錯間栞と、僕——柊木伊織は友達になった。
彼女は度がつくほどのミステリ好きだ。僕はあまりミステリを読まないので詳しくはないのだが、有名から無名まで、ありとあらゆる本を読んでいると彼女は豪語している。
「先人の知恵は率先してお借りしたいですからね」
と、彼女は輝いた目を本に向けながらそう言っていた。
しかし、ミステリを読まない素人である僕から言わせれば、彼女は憧れている探偵像から大きくかけ離れてしまっている。
——彼女は、正しい真実よりも、面白い冤罪を愛してしまうのだから。
「私は探偵という職業はパフォーマーだと思うんですよ」
いつだったか、彼女はそんなことを言っていた。場所はいつも通りの学校の図書室で、図書室にはいつも通り僕たち以外の人影はなかった。
「パフォーマーって、観客を喜ばせる仕事だろ? 探偵は当てはまらないんじゃないか?」
「チッチッチ。考えが金平糖くらい硬いですよ」
彼女は得意げな顔をしながら人差し指をピンと立て、その指をメトロノームのように左右に振った。
「このミステリー小説があるのが良い証拠じゃないですか」
読んでいた本を僕の鼻先まで近づけながら彼女は力説する。
「何故人はミステリー小説を読むのか。様々な理由はありますが、やっぱり一番は名探偵の推理を見たいからじゃないですか?」
「それはそうだけど……探偵がいるって事は、何かしらの悪意ある犯罪が起こってるって事じゃないか。それを解決するための推理をパフォーマンスと言い切るのは、いささか不謹慎だと思うぞ」
本音を言えば、この時点で僕はだいぶ彼女の意見に納得しかけていた。だが、なんとか反論の糸口を見つける為にそう口にする。
「そうですね〜。例えばですが、伊織君は私が誰かに殺されたとしたら、すぐに悲しむ事はできますか?」
「お前が殺されたらって……どうだろうな……。お前が誰かに殺されるってのが想像出来なくて、呆気にとられてそうだが……」
「そんな時に! 名探偵である私の出番です!」
「生き返ってるじゃないか。どんだけ頑張っても被害者と探偵は両立できないよ」
「自殺なら犯人と被害者、両方やったことになるんですかね?」
「それは……どうだろうな」
自分で自分を殺したとも言えるし、そこまで追い込んだ周りが殺したとも取れる。今すぐ答えを出せる話題ではなさそうだった。
「話を戻しますが、伊織君が言った通り、誰かが殺されてもほとんどの場合、最初に来るのは悲しみじゃなくて困惑だと思うんですよ。犯人が身内だったりしたら尚更です」
「それで? そこに名探偵がいるとどうなるんだ?」
彼女は、僕の問いに少し間を置いてからこう答えた。
「被害者の血縁者、恋人、友人が、犯人に対して迷いなく怒りをぶつけられます」
被害者の代弁者という役を舞台に立たせ、行き場を失った感情に形を与える。
「探偵にとって一番の顧客は、やっぱり被害者と親しい方々ですから。彼らに満足してもらうのが、探偵にとっては一番大切なんです」
「……その為なら冤罪でも構わないってことか」
僕の言葉に、彼女は悪意の欠片もない、満面の笑みを浮かべた。
「たまにあるじゃないですか。殺意も動機もない、つまらない事件。でも、私はそれじゃ被害者の方も報われないと思うんです」
彼女はそこで一度言葉を切る。
「殺されるなら、やっぱり明確な殺意と入り組んだ動機があった方が嬉しいですよ」
それが彼女の美学だった。
独善的に被害者を思いやり、パフォーマンスによって観客を盛り上げる。
「お前は生粋のエンターテイナーだな」
「えへへ、そうですか?」
皮肉で言った言葉に彼女は嬉しそうに頬を緩めたが、すぐにその表情を少しだけ尖らせた。
「ですが、最近はどこかの誰かさんに邪魔されちゃってますけどね〜」
そう言って恨めしそうに僕を見る。
そもそも、僕と彼女が出会ったのはその冤罪推理がきっかけだった。彼女が推理している場に偶然居合わせてしまい、彼女の虚言を僕は真正面から否定したのだ。
「伊織君のせいで、私の信頼は地の底です」
「それなら僕を推理の場に呼ばなければ良いだろう」
その後も彼女が推理を披露する場は何度かあったが、彼女は何故かその度に僕を呼び寄せ、自身の推理の穴を突かせた。
自身の目論見を破綻させられているにも関わらず、彼女はその様子をどこか楽しそうに眺めていた。
「だって、最高に面白いじゃないですか。虚構の探偵と愚直な助手の推理対決! 私の虚構をどうやって暴くのか、いつも楽しみにさせてもらってます」
その言葉で、ようやく僕は理解した。
何故彼女が僕を推理の場に呼ぶのか。
虚構の推理で偽物の断罪ショーを作るより、彼女にとっては僕との推理対決の方が、よほど面白いのだ。
真実も嘘も、彼女にとっては観客を盛り上げる為の道具でしかない。
「だから、これからも期待していますよ。伊織君」
彼女がそう言って微笑んだ、その時だった。
僕と彼女のスマホから、空襲警報のようなけたたましい音が響く。
「あ、早速事件みたいですよ。さ、早く行きましょう」
差し伸べられた彼女の手を取って立ち上がる。
本当なら、止めるべきなのかもしれない。
それでも今日もまた新しい事件が始まるのだと思うと、僕は不謹慎にも少しだけ胸を躍らせてしまっていた。




