第三話 「エラーコード」
早く書けたので投稿します。
※20:00にも更新する予定です。
コインランドリーの蛍光灯が、わずかに音を立てていた。普段は聞き逃されがちな低い振動音だが、深夜の静けさの中では、それがこの空間の呼吸音のように感じられた。
季節はめぐり、冬。僕はまたここに来ていた。洗濯の為ではないと思う。
それでも、僕はコインランドリーの自動ドアを押した。しいて理由を言葉にするとしたら、「行かない理由がなかった」からだろう。
一応、言い訳として洗濯物は持って行っているが。
彼――宇宙人は、もうそこにいた。
いつもと同じ洗濯機の前。
相変わらず年齢が曖昧な姿で、立っていた。だが、今日はいつものメタリックな服を着ていない。なぜか、大学のロゴが入ったパーカーを着ている。僕の大学の生協で売られているものだ。
「それ、どこで手に入れたんですか」
思わず口に出すと、彼はゆっくり顔を上げた。
「先週、君が乾燥機から取り忘れていった」
なぜか口調も違う。
彼と知り合ってから何度も会っているが、彼はいつでも敬語だった。たまにイントネーションが変だったり、間違えたりしていたが、そのスタイルを崩すことはなかった。
「…僕、忘れていきましたっけ」
「人間はよく忘れる。未来とか、決意とか、そういう類のものも」
彼はそう言って、乾燥機の表示パネルを指さした。
赤いランプが点滅し、無機質な文字が浮かんでいる
E-07
「エラーですか?」
「そうだ。乾燥が途中で止まる。内部温度は適正、回転数も正常。それでも停止する」
「機械の寿命じゃないですか」
「違う。これは、迷っている」
僕は笑いかけて、途中でやめた。
この宇宙人は、あまり冗談を言わない。少なくとも、僕が期待するタイミングでは。
「君も、同じだ」
唐突に言われて、胸の奥がひくりと動いた。
「僕が?」
「進路、選択、残り時間。君の思考ログは、エラーコードを吐いている」
僕は視線を逸らした。
大学三年の冬。周囲は就活や院進の話で埋まり始め、ゼミの飲み会では「で、どうするの?」という問いが乾杯よりも先に飛んでくる。
正直に言えば、分からなかった。
勉強が嫌いなわけじゃない。特別に得意・不得意なことがあるわけでもない。ただ、決めることが怖かった。
「決めない、という選択もあるんじゃないですか」
「ある。しかしそれは、時間に決めさせるという選択だ」
彼は乾燥機に硬貨を入れなおした。
機械は一瞬だけ唸り、また止まった。表示されるのはE-07。エラーコード。
「私たちの文明では、進路という概念は存在しない」
「羨ましいですね」
「羨ましがるのは、人間だけだ。選べない文明は、成長できない」
彼はそう言ってから、少し間を置いた。
「君たちは、選べる。失敗も含めて」
乾燥機の中で、洗濯物がかすかにずれた音がした。止まったままなのに、内部だけが生きているようだった。
「失敗したら、どうなるんですか」
「記録が残る」
「それだけ?」
「それだけで十分だ。失敗は、未来の観測点になる」
僕はうつむいた。彼の顔を見れなかった。
「君は、まだ壊れていない」
彼が言った。
「壊れる前に止まっているだけだ」
蛍光灯が一度、強く瞬いた。
その瞬間、乾燥機の表示が変わった。
残り10分
ドラムが回り始める。熱風が、静かに空間を満たした。
「直った…?」
「エラーは解消された」
「どうやって」
「迷いが、解消されたからだ」
彼は立ち上がり、出口の方へ向かった。
「どこ行くんですか」
僕は思わずそう言った。彼が僕より早くここを立ち去ろうとするのは初めてだった。
「次の観測対象がある」
「また……会えますか」
彼は振り返らなかった。ただ、自動ドアの前で一度だけ足を止めた。
「君が何かを選んだら、また」
ドアが開き、冷気が流れ込む。
彼の姿は、街灯の向こうに溶けた。
乾燥機は、規則正しく回り続けていた。
僕はポケットの中で、スマートフォンを握りしめる。進路相談の予約画面が、まだ開いたままだった。
送信ボタンの文字が、少しだけ違って見えた。
回り続けるドラムの音を聞きながら、僕はそれを押した。




