異世界異能管理局 -女神は今日も苦悩する-
「はぁぁぁぁ……」
背もたれを倒し横になれば意識が遠のく椅子に、私は深いため息と共に背を預ける。
ギリシア建築を基礎として、仕立てられた部屋に漂う上品かつ清楚な紅茶の香り、心を溶かす甘い甘いチョコレートクッキー。
そのどれもが私のため息を和らげるに至らない。
目の前に浮かぶ空間投影型のモニターに薄っすらと映る私の顔。
淡く輝く金髪に側面を少し編み込んだ、長髪のハーフアップ。
新緑と大海の虹彩異色には、わずかに隈が出来ている。
肩を出すタイプの白いトップスには、黒色の記号が十二個ほど動物のマークがあり。
逆にスカートは黒く、十字架の周りに九つの星が円を描いたマークが白色でデザインされている。
来る日も来る日も暴的要求に近い願望を目にする私は、今まさにストレスが限界値に達して息を漏らしていた。
画面に映るのは、願望者の写真付きプロフィール。
そして詳細部分には、異世界へと持ち込む異能力が書きつづられていた。
そう。
これが私、女神ソフィアが天界で請け負っている仕事。
異世界異能管理局。
あらゆる事情で異世界送りになる転移者、転生者の異能を管理することである。
「転生者、井口幸助16歳、男。交際結婚性交経験無し。身長体重はどうでも良いや。――死亡原因は好意を寄せていたクラスの女子生徒に、放課後の校舎裏で告白という典型的なシチュエーションを実施。呆気なく振られ、大泣きで敗走。そのまま帰宅を試みるも、途中小道を激走ドライブパーリィしていたトラックに轢かれ、無事あの世逝き」
事務的に書かれた状況報告を、自分なりに言葉に出して解釈する。
そう言った言葉遊びをしなければ、この後の作業までやる気が持たない。
「転生者は中世魔法文明での、いわゆる勇者と貴族子女の息子を羨望しており、容姿端麗超絶美少女に囲まれた爛れたハーレム生活を妄想している。酒池肉林をしゃぶり尽くしたい彼は特定の異能を求めておらず、詳細は当局に委ねている」
うん。
まぁここまではいつも通りで、慣れっこだ。
生物としての欲求は大いに理解できるし、人間誰しも夢を大きく持つのは良いことだ。
かの雷霆の神も全知全能なのに、人の欲望で英雄色を好むにされちゃったしね。
だから胃が痛くなるのはここからだ。
詳細は異能管理局に任せると言っても、完全にお任せという事はほとんどない。
明確なイメージが無いだけで、誰も彼も異能を求める。
ちょっとした事から、大きな事まで。
何も求めない人の方が多いのだ。
「なお希望として、絶対的能力による無敗。異性からは超好印象で、同性からは恐れおのき跪くもの。社会的上位者は崇拝し、多少の努力で能力拡張。ただし目立つ能力は不可」
……は?
「そんなものどうすれば良いのよ。こんなの全知全能たる主も頭抱えるわよ、北欧最高神にも無理よ」
机に直接映るキーボードを眺めるように頭を抱える。
現代科学と異界の超常現象を掛け合わせた、魔法科学の産物を見れば何かインスピレーションが働いて思い付くかもと考えたけれど、そんな事は一切なかった。
「こんな事で私の考えた最強無敵能力を白日の下にさらせと言うの? 確かに一回は考えた事有るわよ、そんな能力。異能管理局所に就いたのだから、それぐらい有るわよ。でもね」
着任から数年は浮かれて考えてしまった事はある。
こんな素敵な能力を使いこなせる人はいるかなーとか、これ考えた私天才いや天災じゃない?とか。
青い春は確かにそこにあったわ。
その上で言わせて欲しい。
「無理よこんな能力。第一、有ったとしてもこんな人間が使いこなせる訳無い」
その異能は世界創造と同種の能力であるのだから、曖昧である事が最上の能力。
使う為には使用者の発想力や応用力、知恵がどうしてもいる。
たった一人の女の子すら振り向かせられない一介の高校生が出来る事なんて、昔書いたノートを広げる事だけ。
逆に引き起こす現象を固定しても、危険すぎて個人で扱う物じゃない。
「汎用性が高すぎると使いこなせないし、かと言って一点特化型は後半の条件を満たせない。……まずこの条件で目立たない方が無理でしょう」
ただ最強だけなら、事象の地平面とか反物質とか縮退炉とか色々有る。
人間関係をどうにかするなら、洗脳なりそういう物質を生み出したり。
発展性の高い能力なら、単純な物質生成とかだけでも十分だ。
目立たない能力だけなら無料で配れるくらい有る。
でもこれを全て混ぜるんでしょう?
「むぅ……りぃ……でぇ……すぅ……」
机の上に突っ伏す私は空気を抜くように声を漏らす。
明らかに無敵能力を欲しがっているが、簡単には渡せない。
ないとは言わないが、存在するだけで世界を壊す力なので安易に渡すと私が怒られる。
面倒だから担当の神格にその場で決めて欲しいものだけど、これ完璧に同じ考えだね。
私でも投げ捨てるよ、こんなもの。
「どうせ変に凝った物渡しても文句言われるし、条件を一個外しても同じ。無敵能力を渡したら上から怒られるし、本人の知能に合わせてってなると絶対無理、分かんない、理解不能」
だいたい異性に好かれる能力が一番分からない。
男にも女にも、共通して好感を持たれやすい能力はあるだろう。
ただ、これがあれば絶対というのは、もう洗脳の域に達している。
「これ、あと一時間で報告しないといけないのかー」
もう既に私の中では考える事を諦めていた。
時間が少ない、もうこの手の奴は他に回したい、ベッドの上でダラダラしたい。
真面目に考えるのは止めよう、毎度の事ながら時間の無駄だし向こうもどうせ考えていない。
「……あれで良いか」
光を失った目で私は異能の詳細を記載していく。
書き終えたデータを転送して、背筋を伸ばし温くなった紅茶を一口含む。
これにて一見落着。
やはりアレは、楽をするには素晴らしい一品だと思う。
個人的には物足りないが、ある程度の需要があるのだから使っていく事には賛成だ。
担当はいったい誰だったのかは知らないけれど、迷ったらこの手の奴を渡せばいい。
「よし、今日の仕事終了!」
残った紅茶とクッキーを胃袋に納めて立ち上がる。
空になった食器をトレイに載せると、中に浮き始めて、犬のように着いて回る。
これは便利な魔道具の一つで、大量生産により安価に売られている物だ。
一定の距離を保つトレイをそのまま連れて、私は仕事場を後にする。
後日、転生者井口幸助が得た能力は、転生先の能力をまとめた異能系統樹。
習得難易度を下げられた異能を駆使し、彼は異世界を満喫している。
……らしい。
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