第6話:初めての街道
最初の山道では、案の定、盗賊と鉢合わせた。
だがカイルの剣が一閃すると、彼らは瞬く間に退けられてしまった。
――守ってくれる大人がいる。それだけで、こんなにも心強い。
そう思った途端、自分がまだ十二歳の子どもであることを痛感した。
「十二歳だと?」
カイルは目を丸くした。
驚いた顔ですら整っていて、思わず吹き出してしまう。
「随分たくましく生きてきたんだな」
「まあ……。農民にも色々事情があるんですよ。特に飲んだくれの親がいるとね」
「酒か。飲んでも呑まれるなとはよく言うが」
「そんな常識、村には通じません」
そんなやり取りを交わしながら、私たちは歩いた。
道中、兎を狩り、焚き火で炙って食べたこともある。
カイルの剣が一閃した瞬間、兎が倒れたときには思わず息を呑んだ。野生的で荒々しい光景だったが、その肉は驚くほど美味しかった。
いくつかの野営を経て、一週間ほどが過ぎたころ。
ようやく小さな町が見えてきた。石壁に囲まれ、旅人や商人でにぎわっている。牛車の列、呼び込みの声、焼いたパンの匂い――久しぶりに浴びる人の気配に胸が躍った。
「わぁ……」
思わず声を漏らすと、カイルが一瞬こちらを見て小さく笑った。子ども扱いされている気がして、ほんの少しだけ悔しかった。
宿屋を見つけ、二人で泊まることにした。宿代も食事も、カイルが出してくれる。けれど旅は思った以上に金がかかる。財布はすぐに寂しくなるだろう。
「少しは稼いだ方がいいね」
「俺が出す。だが……働きたいなら止めはしない」
カイルはそう言ったが、私には剣も商売の才もない。冒険者ギルドも頭をよぎったが、カイルに止められた。この国で身を隠すつもりなら、登録は危険だという。もっともな意見だった。
悩んだ末、私は市場で洗濯や薬草摘みを手伝い、小さな銅貨を得た。
見知らぬ人に声をかけられるのは怖かった。けれど「ありがとう」と笑顔をもらえたとき、不思議な温かさが胸に広がった。
その夜。宿の部屋で布袋を抱きしめる。中には銅貨が十枚。たったそれだけなのに、胸の奥が熱くなった。
「初めての給金か」
窓辺で剣を磨くカイルが、ふと声をかけてきた。
驚いて顔を上げると、彼は静かに続けた。
「昼間のお前の顔は、子どもの頃の俺に似ていた」
何を意味するのか分からなかった。けれど、その横顔はどこか優しかった。
――翌朝。
町を発とうとした矢先、事件は起こった。
暴走した馬車が、轟音と共に突進してきたのだ。
カイルが咄嗟に私を抱えて横へ飛ぶ。転がった拍子に土埃が舞い、視界が揺れた。
顔を上げると、馬車は街角で大破し、藁や荷が散乱していた。馬は足を折り、苦しげに暴れている。処刑されるのが定めだと分かっていても、その瞳は助けを求めているように見えた。
気づけば、私は駆け出していた。
「ロージィ!」
周囲から「危ない!」「嬢ちゃん!」と声が飛ぶ。
けれど耳には届かなかった。
「大丈夫。すぐに直してあげるから」
震える首を撫で、必死に祈るように手を重ねた。
すると、馬の体から淡い光が広がり……やがて立ち上がったのだ。
ざわめきが広がる。
「今……光ってたぞ」
「怪我が治ったのか? まさか……」
しまった。また力を使ってしまった――。
慌てて地面に転がっていた人参を拾い上げ、無理に笑う。
「ほら、人参の力です!きっとね!」
苦しい言い訳だった。だが人々の目は既に私ではなく、奇跡を起こした馬へと向いていた。
背後から、低い声が響く。
「やはり……」
「カ、カイル……」
振り返ると、彼はまっすぐに私を見据えていた。
「お前の力は本物だ。もう疑いようはない」
胸が凍りつく。昨夜の「隠すな」という言葉が蘇る。
「でも……王家に知られたら、私はきっと殺される。聖女なんて、なりたくない……」
震える声でそう漏らした瞬間、カイルは強い眼差しで告げた。
「俺が守る。だから、怖がらなくていい」
胸が大きく跳ねる。
それは冗談でも慰めでもなく、真実だけを語る声だった。




