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第5話:旅立ちの護衛

 翌朝。鳥の鳴き声と木こりジョッシュの斧の音で目が覚めた。


 隣に寝ていたはずの男――昨日まで瀕死だったはずのカイル――はもう起き上がっていた。剣を膝に置き、無言で手入れをしている。その背筋は真っすぐで、傷を負っていたとは思えないほどだった。


「……もう動けるんですか」


「無理をすれば死ぬだろうな」


「なら、横になっててくださいよ」


 思わず声を荒げたが、彼は聞こえないふりをした。助けられたことへの礼すら口にしない。堅物にもほどがある。


 そこへジョッシュが木椀を持ってやってきた。


「食え」


「ありがとう、ジョッシュ!」


 パンとスープ。見た目は粗末でも、森の中ではご馳走だ。


 カイルは「私の分は」と当然のように尋ねたが、ジョッシュは鼻で笑った。


「瀕死の大男に出すほど余裕はねぇ。働け」


「……昨日までは死にかけていたんだが」


「知るか」


 冷たい言葉に見えて、ジョッシュなりの気遣いだとわかっている。結局カイルも、私が用意した薬草粥を静かに食べた。


 食後、私は思い切って切り出した。


「ジョッシュ。私、村には戻れない」


「だろうな。親父が死んだ今、お前にゃ居場所がない」


 短い返答が胸に突き刺さる。父を失った夜、村人の視線は冷たかった。人殺しの娘、呪いの子――そんな声を背に生きていく勇気はない。教会や孤児院に入れられる未来もごめんだ。


「だから……遠くへ行こうと思う」


「ひとりでか」


「……うん」


 本当は怖い。心のどこかで「ここにいてもいい?」と聞きたかった。でも、それが許されないことも知っている。


 沈黙を破ったのは、隣のカイルだった。


「私も行く」


「えっ」


 思わず間の抜けた声が出る。


「いや、あんた命を狙われてるんですよね? 一緒に行ったら私まで巻き込まれるじゃないですか」


「お前を守る義務がある」


「義務って……私が助けたのはあんたの方でしょ」


 押しが強すぎて、言葉を返しても揺らがない。その姿に腹立たしさと同時に、不思議な安心感を覚える。


 ジョッシュが口を挟んだ。


「ロージィ。守ってくれる奴がいるなら、悪い話じゃねぇ」


「ジョッシュまで……」


「街道には盗賊も出る。ひとりで歩けばすぐ攫われるぞ。こいつの大剣を見ろ。それだけで護衛になる」


 突き放すような言葉。けれど、私の未来を案じているのだと感じた。


 結局、私はカイルの同行を認めた。


 その日、薬草や木の実、干し肉を荷袋に詰め、ジョッシュから旅の心得を聞いた。


「せいぜい死ぬなよ。……それと、これを持ってけ」


 彼が差し出したのは小さなナイフ。料理にしか使えないような小刀だが、使い込まれた柄には温もりがあった。


「……ありがとう」


 短い言葉しか出なかった。だが、胸の奥は熱くなった。


 翌朝、私とカイルは森を抜けて街道に出た。初夏の風が草を揺らし、野花が彩りを添える。胸がすうっと軽くなる。村の冷たい視線も、父の影も、ここにはない。


「ねぇカイル、どこまで行くつもりなの」


「安全な場所まで」


「……ざっくりすぎ」


 彼は振り返らない。だが、その背中は確かに頼もしく見えた。


 歩き始めて間もなく、藪の影から声が飛んだ。


「おい、嬢ちゃん。財布置いてけ」


 現れたのは三人組の盗賊。錆びた剣と棍棒を手に、いやらしい笑みを浮かべている。


 心臓が跳ねる。子供と傷病人、どう見ても格好の獲物だ。


 私は後ずさったが、カイルは一歩前に出た。


「下がってろ」


 低く冷たい声。剣が抜かれる音に空気が張りつめた。


 盗賊の棍棒が振り下ろされる――瞬間、光が走る。次の呼吸の間に、棍棒は真っ二つに折れて地面に転がっていた。


「なっ……!?」


 盗賊たちは凍りつき、そして怯えた目を向ける。


「退け。次は骨を断つ」


 静かな言葉が、逆に恐怖を煽った。三人は互いに顔を見合わせ、罵声を残して逃げていく。


 その場に残された私は、膝の震えを抑えられなかった。


「……すごい」


 呟く声は震えていた。初めて目にした人間同士の戦い。血こそ流れなかったが、命の重さが突きつけられる。


「お前は大丈夫か」


 カイルの視線が私を捕らえる。怖いほど真剣な瞳。


「……私、足手まといだね」


「そうは言っていない」


「でも、何もできなかった」


 守られるだけの自分が悔しい。唇を噛むと、彼は短く言った。


「大丈夫だ。お前には力がある」


「え……?」


 彼はしばし黙り、言葉を選ぶようにして続けた。


「昨夜、俺の傷を癒したのはお前だろう。薬草だけの力ではない」


 心臓が大きく跳ねた。誰にも知られたくなかった。呪いだと罵られるだけだと思っていたのに。


 だが、彼の瞳に非難の色はなく、ただ真剣さがあった。


「隠すな。その力は必ず必要になる」


 未来を断言するような声。その強さに、私は小さくうなずいた。


 怖さも不安もある。けれど胸の奥では、確かに高鳴りを感じていた。


 ――きっと、この先には私の知らない世界が待っている。

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