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第10話:断罪の光

 森を抜け、街道に差しかかると、空気が変わった。


 道を行き交う人々が妙に落ち着かず、口をそろえて「王国兵がうろついている」と囁いている。


「……早かったな」


 カイルの声は低く重い。彼の表情を見て、ロージィの胸に冷たいものが走った。


「追ってくるの……? 私を」

「……ああ。おそらく王都から騎士団が動いている。私のいた隊かもしれない」


 ジョッシュが舌打ちする。


「ちっ、やっぱり動きやがったか。せめて聖王国に辿り着くまではと思ってたんだがな」


 三人は大通りを避け、森や畑の脇道を縫うように進んだ。


 だが、どこへ行っても兵の影がある。井戸端で交わされる噂、宿場町に貼られた指名手配の布告――そこには“黒髪の少女”の姿が描かれていた。黒い眉がキリリとしていて、なんだか美少女に見える。


「黒髪の少女……?」


 ロージィの髪は目立つほどではないがピンクブロンドだ。ほとんど薄いミルクティのような色でもあり、一般的な王国民の髪色と言っても良い。人相描きはお世辞にも似ているとは言えなかった。


「もしかして私じゃない人が、聖女?」


「いや、妨害が入っているのかもしれないな…」


「あり得るな。いい加減この国の人間も、聖女の扱いがおかしいことに気がついているのかもしれん」


「巷に姿を現さない聖女だが、恩恵は受けているし、聖王国からは定期的に聖女が送られて来て、任期が終わって帰国したと聞いている。だが、誰一人として聖女が国を巡っているなどと聞いたこともない。王都にしかいないのかと、不満に思う者たちも出て来ている」


「じゃあ、私を見たっていう人たちが嘘を……?」


「この数年、私と聖王国の情報も密にしているから、聖王国の方でも動き出したせいだな」


「つまり?」


「聖王国に奪われる前に、確保しようという魂胆だろう。だから相手も焦っているんだと思う」


「後は、お前さんの元同僚だな。街の近くで襲われたとき、お前さん実力を出していなかっただろう?あれは、仲間だったからじゃないのか?」


「!それは……っ。だが、私はロージィを渡す気はなかった」


「わぁってるよ、んなこたぁよ。だけど躊躇もあった。元の仲間を殺せない、とかいう葛藤があったんじゃないか?あんたの噂は聞いたことがあった。俺の女を預けるんだからな、強いやつで安心したんだが。まあ、陰謀に巻き込まれちゃそうも言っていられなかったがよ」


 ロージィの手が震えた。


「……私のせいで……」


「違う」カイルが首を振る。「ロージィは何も悪くない。悪いのは王国のクズどもだ」


「そうだ。気にすんな。俺たちゃお前をおぶってでも突っ走るさ」ジョッシュが肩を叩く。


 それでも恐怖は消えなかった。

 

 私のせいで、二人を危険な目に合わせているんだと気付いたから。私が聖女になっていれば。この二人は追われることもなかったのではないかって。


 夕刻。山道の切り立った渓谷にさしかかった時、前方に甲冑の音が響いた。


 銀の鎧を纏った一団が、夕陽を背に立ち塞がっていた。


「……やっぱり、来たな」カイルの声が低くなる。


 ロージィは彼の横顔を見つめた。普段冷静な瞳が、僅かに揺れている。


「カイル……知ってる人?」


「……ああ。俺がいた隊の副隊長だ。ガレス」


 名を呼ばれた男が前に出る。


 金の髪を鎖帷子から垂らした鋭い瞳。整った顔立ちに、氷のような笑みを浮かべていた。


「裏切り者め。……こんなところで再会するとはな」


「ガレス……裏切り者はどっちだ!守るべき聖女に背を向けるとは、お前たちに騎士としての矜持はないのか!」


「聖女を差し出せ。そうすれば、お前の罪も多少は軽くしてやろう」


 その言葉にロージィの背筋が凍る。


 人を人としてではなく、ただ“聖女”という称号でしか見ていない。


「断る」カイルの声は鋭かった。


「こいつは私の意思で守る。王国の道具にはさせない」


「そういうと思ったよ。残念だなぁ、カイルよ。ならば――反逆者のお前は、ここで斬る!」


 剣が抜かれ、金属の音が谷間に響いた。


 次の瞬間、王国兵たちが雪崩れ込むように襲いかかってきた。


 剣戟の音がこだました。

 カイルは前に出て鋭く剣を振るい、ジョッシュは背後から迫る兵を斧でなぎ倒す。

 二人の動きは獣のように激しかったが、相手は十を超える精鋭。数が圧倒的に違う。


「ロージィ、下がってろ!」ジョッシュが叫ぶ。

「でも……!」


 目の前で仲間が傷つくのを見て、心が締め付けられる。恐怖と共に、胸の奥から熱いものが突き上げてきた。


「お願い……守って……!」


 ロージィの祈りと共に、眩い光が爆ぜた。


 白銀の輝きが渓谷を満たし、倒れかけたカイルとジョッシュの傷を癒す。同時に、兵たちの動きが一瞬鈍った。


「これが……聖女の力……!」


 誰かが震える声で叫ぶ。


 ロージィの正体は、もはや隠せなかった。


 王国の兵たちの目に、“希望”ではなく“利用価値”の光が宿る。蜜に群がる虫のように、目の色が変わった。


「女を捕らえろ!」ガレスが叫んだ。


 一斉に兵が突進する。


 ロージィは必死で光を放ち続けた。


 だがまだ上手く使いこなせていない魔力は限界に近い。息は荒く、視界は霞む。


「いや、……いやっ!いやだっ!」


 カイルが必死に剣を振るい、ジョッシュが斧で盾を砕いても、押し寄せる敵の波は止まらない。


「くそっ、これじゃ持たねえ!」


「ロージィ、無理するな!」


 それでも彼女は手を伸ばした。


「死なせない。私の大事な人たちを、絶対に死なせないんだから!私の全身全霊をかけて、諦めないんだから!神の力を、聖女の力を弄ぶ奴らなんかに、絶対渡さないんだから!!天罰を下してやるっ!滅びてしまえっ!お前たちなんかみんな滅びてしまえばいいんだ!」


「だめだ、ロージィ!憎しみに染まってはだめだ!」


 ジョッシュが慌てたように叫ぶ。


「守って!お願い、ジョッシュとカイルを守ってぇぇっっ!」


 ――守りたい。この人たちを。私の全てをかけてでも。


 ロージィに伸ばされた誰かの手が、ぎりぎりと腕をねじ上げる。それに対してロージィは足をばたつかせて、手をあらんかぎりの力で齧り付く。歯が肉に食い込み、骨にまで届いた。叫び声と共に、ロージィは地面に投げつけられて、転がった。


「触るんじゃ、ないわよ!ゲスが!!」


 怒りに燃えたロージィの明るいオレンジの瞳が怪しく光る。燃えるような炎の色へと移り変わり、心臓が破裂せんばかりに早鐘を打った。


「だめだ、ロージィ!」


 ジョッシュの悲痛な声が聞こえる。


 ああ、きっと、この感情は良くないものなんだと頭の隅で警鐘を鳴らす。


 ――怒りにまかせちゃいけない。私は聖女なんだから。


 ――違う、怒ってもいいはず。私はロージィなんだから。


 そんな感情の波が次第に大きくなって破裂しそうになった、その時。


 谷の上から角笛の音が轟いた。


 澄んだ響きが風を切り、重装の騎馬隊が駆け下りてくる。


「なっ……!」


 ガレスの顔が驚愕に歪む。


 白と金の旗が翻り、十字紋章が陽光を反射する。馬上から弓矢が雨のように降り注ぎ、王国兵を次々に薙ぎ倒した。


「聖王国軍……!」


 カイルが息を呑む。


 その光景を、ロージィは朦朧とした視界で見上げた。


 救いの手が、本当に差し伸べられたのだと。


 意識が闇に沈む直前、彼女は確かに聞いた。


「――聖女を、お守りする!」


 そう高らかに叫ぶ、聖王国騎士の声を。

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