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冷徹で傲慢な姉と王子のダンスの日



王子とは今まで以上に距離を置いて生活していたミレーネだったが、中間テストが終わって数日後――魔法学の実践授業の最中、ふと視界に入った王子の笑顔に心が揺れた。

楽しそうに笑うその横顔を見た瞬間、あの日の言葉が脳裏をよぎる。


「あはは、君は美しいよ。自信を持つといい」


胸の奥が熱くなり、恥ずかしさをかき消すように首をぶんぶんと左右に振った――その瞬間、魔力が暴走する。

杖の先から、信じられないほど大きな炎の塊が放たれ、木に直撃。

ボンッ!という破裂音と共に、木は黒く焦げ、その破片が真下にいた女子生徒に当たってしまった。


「いたっ!!」

「ご、ごめんなさい!!!すぐ冷やします!」


慌てて杖を女子生徒の腕に向け、冷却魔法をかけようとする。だが、

「いやよ!触らないで!」

と、強く杖を払われた。


――次の瞬間、偶然杖先が焦げた木の方を向く。

すると、そこから緑の優しい光が溢れ出し、みるみるうちに木は元の瑞々しい姿を取り戻していった。


周囲の生徒たちはぽかんと口を開け、何が起きたのか理解できずにいる。

ミレーネ自身も混乱していたが、その肩に温かい手が置かれた。


「これは……聖女の癒しの力だよ」

振り返ると、王子があの時と同じような楽しげな笑みを浮かべていた。

「文献でしか見たことがないが、今の緑の光……間違いない」


王子の言葉は耳に入らない。

だが、生徒たちは歴史的瞬間を目の当たりにしたかのように歓声を上げていた。



---


それからミレーネの人生は大きく変わった。

家に帰れば、今まで汚れ物を見るような目をしていた父と母が、初めて嬉しそうに「おかえり」と微笑みかけてきた。

学園でも、これまで遠巻きに囁かれていたのが嘘のように、「ごきげんよう」と声をかけられ、クラスメイトから遊びに誘われることも増えた。


しかし、何も変わらない者が二人だけいた。


一人は王子。

相変わらず、最近読んだ本の話や、魔法学のクレシッド先生が校長の猫の尻尾を踏んで一日中説教された話など、日常の会話を変わらずしてくる。

その自然さが心地よくもあり、だがルシアナのことを思えば距離を取るしかなかった。

避けても避けても、王子は気にする様子もなく関わってきた。


もう一人は、ルシアナ。

以前のように部屋を訪ねてくることはなく、食堂ですれ違っても目すら合わせない。

どうすれば昔のような優しさを取り戻せるのか――考えても、彼女の心が読めない以上、答えは出なかった。



---


やがて月日は流れ、ミレーネは二年生、ルシアナは三年生に。

近々、他国の王子が来校するということで、学園は舞踏会の準備に沸き立っていた。


誰と誰がペアになるのか。

他国の王子は誰をダンスに誘うのか。

ユリウス王子はルシアナか、それともミレーネか――生徒たちは賭け事までしていた。


屋敷に戻れば、仕立て屋が次々と訪れ、二人のドレスを用意するために着せ替え人形のような日々が続く。


「おまえにドレスはいらないわ。私のお古で充分よ」


久々にルシアナから声をかけられ、嬉しさと、少しの落胆が胸に同時に広がる。

運ばれてきたのは、薄紫色に金糸の刺繍が施されたドレス――ルシアナの瞳の色を思わせる美しい一着だった。

ルシアナの意図はわからないが、ミレーネは心から嬉しかった。


一方ルシアナは、緑に金の刺繍を入れるよう注文していた。

もしかして、自分の魔法の緑の光を意識してくれたのでは――と、甘い想像が胸をくすぐった。



---


そして舞踏会当日。

花の香りの湯に浸かり、全身を痛いほどにマッサージされ、花の匂いのクリームで磨き上げられた体は、むくみもなく艶やかだった。


会場の大広間は、花々と魔法の光で幻想的に飾られ、天井には星のような輝きが浮かんでいる。


ミレーネはひっそりと入室し、豪華な料理を皿に盛って壁際で静かに食べていた。

どうせ踊る相手はいない――せめて料理は楽しもうと皿を平らげ、二皿目を取りに向かったその時、黄色い歓声が上がる。


ルシアナとユリウス王子が入場したのだ。

誰もが息を呑むほどの美しさで微笑むルシアナ。その隣で、王子はミレーネを見つけると、子犬のように愛らしい笑顔で手を振った。


続いて現れたのは、白髪に金の瞳、褐色の肌を持つ他国の王子。堂々たる立ち姿に女子生徒たちの視線が殺到する。



---


舞踏会も終盤に差し掛かった頃――


「皆様!注目してください!」


声を上げたのは、ルナリアと常に一緒にいる二人の女子生徒だった。


「楽しんでいるところ申し訳ありませんが、私たちの話を聞いていただきたいのです!」


会場がざわめき、踊っていた生徒たちも動きを止める。

ルシアナは腕を組み、面倒くさそうな表情でその様子を見ていた。


「私たちは、ルシアナ・ヴァレンシュタイン様に命じられ、聖女であり妹のミレーネ・ヴァレンシュタイン様を虐めていました!そんな首謀者を、この国の王子ユリウス・アーデルハイト様の婚約者候補一位にしておいていいのでしょうか!!」


「ユリウス様、これが証拠です!」


渡された用紙を受け取り、目を通した王子は、冷たい声で問う。

「ここに書いてあることは本当か?」


ルシアナは鼻で笑った。


「あなた様がなぜあの子に勝てないか、よくわかりましたわ」

「本当なのかと聞いている」

「私が所有物をどう扱おうと関係ありませんわ」

「彼女は聖女だ。この国の宝だ」

「聖女の前に、私の所有物ですわ。欲しくても、あげません」


王子は舌打ちをし、真っ直ぐミレーネの元へ向かう。

何が起きているのかわからず、ルシアナを見やると、彼女は優しく微笑んでいた――けれど、その瞳はどこか悲しげだった。


「ミレーネ嬢!僕を選んでくれ!君を守らせてほしい!」


王子が手を取る。困惑したミレーネが視線を姉に向けた、その瞬間――


「危ない!」


炎の塊が飛び、王子の従者が身を挺して防いだ。

その魔力は、ルシアナの杖から放たれていた。


「お……お姉様……?」

「おまえは最後まで私を辱めたいようね。もういらないわ」


「捕らえろ!」


王子の号令で兵士たちが一斉にルシアナを拘束する。

「離しなさい!」と叫ぶも、拘束魔法で縛られ、杖を奪われた。


「やめてください!お姉様を離して!」

「ミレーネ嬢、君の姉上は僕の前で魔法を放った。もう君の手には負えない」

「お願いします!お姉様は私を傷つけたりしません!」


涙が頬を伝う。必死に駆け寄ろうとするも、王子が抱きしめて制した。

それでも、ミレーネは腕を伸ばし、兵士に連れて行かれる姉を追い求めた。


お願い……夢なら覚めて。

お姉様を私から奪わないで。

誰か……誰かお姉様を――


その祈りは、誰にも届かなかった。


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