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金色の王子と出会った日

あの日から五年が経ち、ミレーネは十二歳に、姉ルシアナは十三歳になった。

この国では十二歳になると、魔法を学ぶために学園へ入学するのが決まりだ。

王都の中央にそびえる白亜の学び舎〈セレスティア魔法学園〉――それは貴族の子女にとって誇りであり憧れの場所。


ルシアナは前年に入学し、以来、成績は常に一位。

立ち居振る舞いも容姿も非の打ちどころがなく、「完璧な公爵令嬢」と評判だった。


廊下でメイドたちが、

「ルシアナ様、また学年一位だそうですよ」

「本当に誇らしいお方」

「第一王子殿下の婚約者候補一位にもなったみたいですね」

と話しているのを耳にすると、ミレーネは胸が温かくなる。まるで自分まで褒められているような気がした。


けれど、姉が学園に通うようになってからは、以前のように毎日部屋に来てくれることはなくなった。

少し寂しさを覚えるものの、あの日――父グレゴール・ヴァレンシュタインが「平民の学校で十分だ」と言った時、毅然とした態度で止めてくれた姉の姿を忘れられない。


「仮にもヴァレンシュタインの名を持つなら私と同じ場所に立つべきですわ」


あの時の横顔は、今も鮮明に胸に刻まれている。

だからこそ、姉の顔に泥を塗らないよう、全力で努力すると決めていた。



---


「ミレーネ、顔が怖いわよ。そんなに緊張しているの?」


学園へ向かう馬車の中。

窓から差し込む朝の光が、淡い影を車内に落としている。

向かいに座るルシアナが、少しいたずらっぽく笑った。


「ち、違います。お姉様の顔に泥を塗らないように頑張ろうって思っていました」


「おまえに塗られる泥くらい、自分で拭えるわ」


そう言った後、ふっと声を低くした。


「……けど、この学校ではあまり周りに気を許さないこと。そして、私にもできるだけ近寄らないようにしなさい」


「……え?」


胸がきゅっと締めつけられる。

やっぱり私は、姉にとって目障りな存在なのだろうか。

そんな考えが浮かんだ時、ルシアナが困ったように微笑んだ。


「違うのよ。私と仲良くしていると、良くないことを考える輩がたくさんいるの」


完全には理解できなかったが、姉がそう言うのなら――そうなのだろう。


馬車が止まり、ルシアナは立ち上がろうとするミレーネの手をぎゅっと握った。


「ミレーネ。私はおまえを何より大事に思っている。この学園で何があっても、そのことだけは忘れないで」


「……わかりました」


幼い頃から姉の言葉はミレーネにとっては絶対なのだ。

幼い頃の“絶対”は恐怖の絶対だった。

今は――信頼の絶対だ。


けれどルシアナは、すぐに手を離し、振り返らずに校舎へ歩いていった。

「待ってください!」と声をかけたが、その背中は遠ざかるばかりだった。



---


校門をくぐった瞬間、耳に飛び込んでくる囁き声。


「あれが……ルシアナ様の妹?」

「大きな声を出すなんて礼儀がなってないわ」

「挨拶もしないなんて、嫌われてるのよ」


――違う!お姉様は私に優しい!

叫びたかったが、先ほどの言葉が頭をよぎり、ぐっと飲み込む。

視線が突き刺さる中、うつむいて足早に校舎へ向かった。



---


クラス発表を確認し、広い校舎を迷いながら辿り着いた教室は、人だかりで賑わっていた。

中心には、陽光を集めたようなブロンドの髪を持つ少年。

気品と余裕を漂わせながら、生徒たちと笑顔で会話をしている。


自分の席を確認すると、その隣にはすでに名のある令嬢らしい少女が腰掛けていた。

近づいても退く気配はない。

声をかけられず立ち尽くすミレーネに、少年が気づいた。


「リリーヴェル嬢。その席は彼女のものでは?」


「あら、気づきませんでした。ごめんなさいね」


笑顔の裏に反省の色はない。

ミレーネは引きつった顔のまま席に座った。



---


昼食の時間。

食堂は香ばしい匂いと賑わいで満ちている。

その中でも、ひときわ目を引くのはルシアナだった。

友人と談笑するその姿に、ミレーネは思わず顔を綻ばせる。


一瞬、ルシアナがこちらを見たが、すぐに視線を逸らした。


「へぇ、あのルシアナ嬢が君を見た」


驚いて振り返ると、先ほどのブロンドの少年が立っていた。


「君が“あの”妹か。虐げられていると噂の……。でも、君の姉を見る目はそうは見えなかった」


「私はお姉様を尊敬しています。それより、“あの”とはどういう意味でしょう?」


睨むように言うと、少年は笑みを深めた。


「すまない、怒らせるつもりはなかった。僕は君のお姉様の婚約者候補――ユリウス・アーデルハイトだ」


「……第一王子……!」


血の気が引く。なんて無礼な態度を――。



「あら、王子。何を楽しそうに話しているのかしら」


背後からの声に、胸が跳ねた。

だがそこにあったのは、氷のように冷たい姉の眼差し。


「王子、そんな子と話していないで――」


「いや、君といるより、この子と話す方が有意義だ」


「おまえ……私を辱めたいの?」


ゴミでも見るような視線が突き刺さり、ミレーネの体が震えた。


王子が前に出て庇ったが、ルシアナは冷ややかに告げる。


「王子が庇うべきなのは婚約者候補である私ですわ。庇えば庇うほど、この者への処罰が大きくなります」


余裕の笑みを浮かべて、ルシアナは踵を返した。


その日から、ルシアナはミレーネの部屋を訪れなくなった。

登校の馬車も別。古びた馬車に揺られ、冷たい視線を感じながら歩く日々。

けれど――一番辛いのは、姉に会えないことだった。




中間テスト。

成績表の一番上に自分の名前、その下にユリウス王子。差はわずか三点。


「君は本当に頭がいいんだね。家庭教師もいないのに」


「ええ、でも……とても優しい方が、こっそり教えてくれていました」


遠回しにルシアナのことを伝えると、王子は楽しげに笑った。


「次は必ず君に勝つよ」


その後も王子は何かと気にかけてくれたが、そんな時に限って――


「おまえは本当に頭がないのね。私の見えるところで王子と仲良くするなと前にも言ったでしょう?」


冷たい声。それでも、会えたことが嬉しかった。



---


「君があれを尊敬している理由が、僕には分からないな」


「分からなくて結構です。お姉様は怒っている姿すら、誰よりも美しい。それだけです」


「……確かに美しいが、君も負けていない」


不意の言葉に、胸が熱くなる。

「あはは、君は美しいよ。自信を持つといい」


耐えきれず、昼食を残して席を立った。



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