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唐揚道部

作者: 職員M

 両手を合わせて一礼。

 研ぎ切った包丁で1枚200gの鶏モモ肉の皮を剥ぎ、筋を切る。一口大よりやや大きめ(約50g)に切断し、ビニール袋に肉を入れる。調味料としてニンニクと生姜を擦り込み、揉み込む。今日は刈上(かりあげ)先生が審査員だからニンニクを多めに入れた方が良いが……。


──瞬時の判断が全ての勝敗を分ける。


 唐揚道部の先鋒として俺は、ライバル校の男子高生を睨みつけた。




────────




「入部してくださーい♡」


 桜がまだ十分に咲いている頃に、俺は校舎内で女先輩から声を掛けられる。地元の公立高校に入った家庭科部の部活募集で、ふと見遣った先には物凄い美人が勧誘をしていた。


「入りま」

「食わないか?」


 本能に従った俺の入部宣言終了より先に家庭科室の内奥から呼びかけられる。太く響き渡る声は、俺に確かに届いていた。

 ほぼ女子が占める廊下においてはあまりに異色だった。他の女子が行かないのを若干気にしつつも、俺は声に導かれるようにしてその声の主を追った。


 家庭科準備室と書かれたプレートを掲げるドアを開けると、そこには屈強な男が体躯に対して小さすぎる椅子に座りながら腕と脚を組んでいた。こころなしか新入部員候補であるはずの俺を睨んでいる観すらある。



 彼が顎で示す先に、唐揚を皿の上に載せていた。

 一瞬躊躇しつつも、俺は素手でそれを口に放り込む。




「うっっま!!!!!」

「……」



 口に入れた瞬間。

 ──自然と漏れ出ていた。


 しばらく咀嚼する。

 舌に触れた瞬間から、まず脳が支配されるのは香ばしさ。

 サクリとした食感を味わったかと思いきや、直ぐ様甘い脂が口内に広がる。しばらく肉の弾力を楽しんでいるうちに自然と混ざってくるのは醤油と生姜の旨味。今すぐ米をかっ喰らいたい。



 腕組みしつつも、僅かにピクリと反応した彼を俺は見逃さなかった。ただ同時に、これ以上の唐揚を、俺は作ることは出来ないのかもしれないと咄嗟に怯える。



 

「……なんでだよ……」


 我ながら絞り出すような声だった。


 これまで自作してきた唐揚を想う。

 どこかに負けていてはいけない味がする。俺は、これを単に好みという味付けだけで済ませたくは無かった。


「美味い!! 美味いけど……!」

「ようこそ、唐揚道部(からあげどうぶ)へ」


 彼は微笑んで俺に握手を求めたのだった。



────────


「クッソォ!!」

「一年坊主に負けてられっかよ! あまーいママのコーンポタージュでも飲んでな!」


 模擬戦で臨んだ二年の百田に呆気なく敗れ、俺は慟哭を上げながら家庭科室を後にする。


 奴の作る唐揚はただひたすら肉と調味料にニンニクを効かせ、食う者を圧倒する力だけで勝負するというスタイルだ。1on1を基本とする唐揚道において先攻でも後攻でも有利になり得る。


 しかし、この一点に賭けているからこそ、百田は県大会の予選を通過できないでいた。それは単に、邪道だからである。



 とはいえ、とはいえなのだ。


 ニンニクだけで勝負するような輩に、唐揚道部の審判によって敗北を喫した俺は先程の敗因を分析する。

 サッパリする効果を狙った梅しそを鶏肉に混ぜ込むというアイディアは良かった。今回の油は米油ではなかったからガッツリする方向からは外れようとしていた。それが間違いだった。


 悔しさに顔を歪める。


 自宅に辿り着いた俺は調理服を脱ぎ捨て、動きやすいジャージに着替えてから大量に備蓄してある鶏もも肉を冷蔵庫から取り出す。



 両手を合わせて一礼。



 卵が多すぎるとピカタのようになる。醤油を中心とした各調味料を際立てすぎると味が濃くなり過ぎ、単品として失格となる。逆にこれといって臭み消しが必要とされない唐揚で淡白すぎる味わいになると、今度は鶏肉の持つ微妙な獣臭さで減点となる。


 口当たりを気にして油の量を増やしすぎると、いくら鶏肉とはいえくどくなる。大量の油で揚げてくどくならないのは、鶏の質を担保できるプロの店か、火の通り加減が難しい鶏肉の絶妙なタイミングを見計らうことの出来る達人くらいである。


 そして、俺の所属する唐揚道部の部長であり、俺を勧誘した張本人である手羽原豪鶏(てばわらごうけい)は、その達人であった。


「美味い唐揚を、俺は!」


────


「お前は、唐揚でどうなりたい?」

 模擬戦で敗れてから朝晩部室に通う俺に、部長は声を掛けてきた。


「どうなりたい、んでしょうかね……?」


 俺は言い淀む。


 言うまでもなく、俺の唐揚で食べた人を笑顔にしたい。俺の唐揚を食って良かったと、そう言わしめたい。

 とはいえ、きっと俺は唐揚を作ることを生業にしなくとも生きていける環境にいた。だから、単に効率を考えれば、こんなもの(唐揚)は寄り道でしかない。


「どうなりたいかは、分かりません」

「でも!」

「俺は唐揚で成長したいんです!!」



 千差万別の好み、どんな調理法や機械があったとしても、俺は俺だけの唐揚を伝えたい。


「……良いね」


 部長は静かにそう言った。


 それは胸肉の唐揚のように、静かながらも力のある一言だった。


────


 相手の味付けはニンニクをベースにしたとは思えない、淡白ながらもやや香辛料の類を多めに使っている。非常にアグレッシブな攻撃と言えた。


 味選考の先攻と後攻は調理終了後のコイントスで決まる。どちらに転んでも良いようにバランスを取りに行くのがセオリーだが、俺は相手と同様、王道を行くのが嫌なタイプだった。だからこそ、全力で相手を潰しにかかる。


 生姜を若干増やしている他、肉に対していかに味の奥行きを出そうかと試行錯誤している。改めて今日この鶏を得たのは一期一会であり、俺の一生で二度と出会うことはない。


 心底から両手を合わせた。



 その刹那、視界が広がる。



 だだっ広い草原の中心に俺は居た。

 眼前には、柵を施された先に埋め尽くすような鶏の群れ。


 その柵が宙へ舞い上がり、鶏たちが俺に襲いかかる。

 羽毛の一部に、皮の一部に、鶏肉のタンパク質に、投入された油に、唐揚を彩る調味料に、俺は成った。

 それは唐揚を通じて全てと一体になる感覚であった。

 片栗粉の粉末として舞う。溶き合わせられ混ざる卵のカラザになる。味の決め手となるニンニク、生姜の芽になる。絞られる前の胡麻になる。油と鶏を揚げる器である熱々の鍋になる。




 カラカラカラ、という鍋から乾いた音で意識を取り戻す。

 不思議と、勝つという直感が俺の腕を動かした。



────


 コイントスの結果、俺は後攻になった。

 先にライバル校の唐揚が皿に並べられる。俺も一礼し、一個だけいただく。



 美味い。



 肉は香辛料で攻め、後から衣に纏わせたニンニクが口を刺激する。衣で勝負する手もあるのか、と俺は素直に感心する。


[7.7]

[7.9]

[8.5]


 平均8.03だ。県大会の先鋒として通常であれば圧倒的な差である。



 恐らく審査員も、刈上先生ですら今の唐揚が勝ちだと思っただろう。


 俺の唐揚をかじり、眉を寄せる。

 そして頭を抱えた。


 俺は鶏たちの居るあの世へぶっ飛んでから、味を全て肉に一体化させたのだ。



 何を言っているのかきっと分からないだろう。それは


────唐揚道に進んだ者だけが味わえる世界なのだ。



「味付けに頼らない挑戦が良かった」

「単品でも問題ない、サラダや米とも合う」

「言葉にするのは……難しい。難しいが、面白い試みだった」


[7.6]

[8.2]

[9.0]


 平均8.26で俺の勝ちが決まった。

 拍手が鳴る中、俺はライバルと握手を交わす。


「美味かった」

「そっちもな」


「次は、もっと上で会おう」


 去り際に、ライバルはニヒルな笑みを浮かべる。

 俺もそれに応えるように笑った。




 唐揚道部。それは唐揚道に生き、唐揚道に命を捧げ、鶏に感謝を告げながら競い合う全国区の部活である。

 その人口は年々増加し、全国大会が開催されるまでに急成長した。



「次鋒は百田建人選手です」


 団体戦である今回は、俺も味方である百田とハイタッチを交わす。


「頑張ってくれ」

「ヒャッハアァ! ニンニクの海に沈めてやるぜぇ!」


 たぶん、負ける。


 だが、これもまた唐揚道なのだ。


 最高レベルに盛り上がった今大会は地元新聞に掲載されるにまで至った。



────


「お前も見付けたんだな、自分の(からあげ)を」

「手羽原部長、お世話になりました!!」

「お前の声を最初に聞いたときから、きっとこうなるんだろうなって思っていた」


 結局、中堅の立場でありながら全国大会で大将戦を制した俺は、自分の店を開くことを決断した。


「だが、俺も参戦するぞ……?」


 ギロリと光る眼は、獲物を食い殺そうとするそれ。


「死ぬ気で、やりあいましょうよ」


 俺も負けじと睨み返す。


 きっと、まだこの人には敵わないだろう。

 でも良いのだ。まずは全力で潰しに来てくれる人が居ることが、幸せなのだから。


 俺と手羽原部長との間には、B級グルメ選手権地方大会のポスターが楽しそうに揺らめいていた。

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