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三話

 北の国を発ち、半年が経った。

 厳しい冬や魔物の襲撃に足止めをされながら、私たちはシスルが暮らすという西の国にたどり着いた。西の国に入った瞬間から魔物の気配は消え、人々も笑顔で暮らしている。


「数年前にこの国に渡って来た女の子かい? うーん、わからないねぇ……」

「そうですか。ありがとうございました」


 民家に尋ねに行っていたシオンが、木陰に座る私の元へ戻って来た。その浮かない表情に今回も同じ回答だったことを悟る。

 この国に入ってからシスルを探し続けているものの、尋ねる度にいつも同じ答えが返ってくる。まるでこの世に存在していないのではと疑ってしまうほどに、シスルに関する情報がないのだ。


「やはりここも同じだった」

「そうですか……」

「痛みはどうだ? 歩けそうか?」

「ええ、ゆっくりなら」


 半月前、魔物に襲われた際に浴びた毒の後遺症のせいで、私は時折ひどい胸の痛みに襲われ動けなくなることがあった。


「すみません……」

「いや、君が謝ることではない。私がもう少しましな体だったら、君を抱えてでも歩けたのだが」


 この半年の旅で、私たちは様々なことを語り合い、かなり距離が縮まっていた。なにより姉を否定しないシオンが、私にとって久しぶりに気の置けない存在となったことは違いない。


 彼もまた私に秘密を明かしてくれていた。彼は結界の崩壊の際、魔物から受けた肩の傷が原因でこれまでのように剣を持てなくなっていたのだ。東の国での剣技師範の仕事も、古傷が悪化し続けることでできなくなったそうだ。


 そこでシオンは旅に出ることにした。生涯をかけて守ると誓ったリンド王子の死の真実を知るための旅だ。



 民家を後にした私たちは、森を抜けようと進むことにした。

 だが、森の入口に差し掛かったとき突然シオンが足を止め、気づかわしげに私を振り返った。


「……やはりこのまま進むのは無理そうだな。むこうの家で少し休ませてもらえないか頼んでみよう」

「は、はい……」


 シオンの指の先には小さな家が建っていた。煙突から煙が上がっているので、中には人がいるようだ。

 私はシオンが小走りで小さな家に向かう背中をゆっくりと追いかけた。


「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」

「……はーい、お待ちくださいねぇ」


 扉を叩き、声をかけたシオンの声に可愛らしい声が返ってくる。しかしその瞬間、私にはシオンの背中が強張るのがはっきりとわかった。


「どなた――あ、あなたは、シオン様!?」


 姿を見せたのはピンクブロンドの髪を緩く編み、透き通る水色の瞳をきらきらと輝かせた美しい女性だった。

 女性の姿を見た私の心臓が大きく跳ねる。なぜならこの女性の特徴は、シオンから聞いていた“その人”の特徴そのものだったから――。


「シ、シスル……様?」


 シオンの震える声がその名を呼んだ。すると女性はパッと花がほころんだように笑顔を見せる。


「うれしい! 覚えていらっしゃったのですか?」

「え、ええ。まさかこのような所にいらっしゃるとは……」

「色々あってここに辿りつきました。はぁ~、それにしてもやっと来てくれたのですね! さあ、入ってください!」


 シスルは驚くシオンを強引に部屋に引き入れようとした。しかしシオンはそれを拒んだ。


「いいえ、私だけではありません。ミュゲ、大丈夫か? 冷や汗がすごい……」


 シオンは途中で立ち止まっている私に駆け寄り、身を案じるように肩を抱き寄せると、シスルに気づかれないよう小声で囁いた。


「……シスルだ。間違いない、本人だ」


 やっぱり――。

 予期せず訪れた再会に私の身体は無意識に震えた。それを隠すようにシオンがさらに私を強く抱き寄せると、聞こえてきたのは不機嫌さを隠しもしない低い声。


「……その子は?」

「私の連れです。申し訳ないが、少し休ませてもらうことはできないでしょうか」

「は? 連れ?」

(――っ!?)


 一瞬、怒りに歪んだシスルの顔を私は見逃さなかった。美しく整った顔立ちがぐにゃりと歪んだ姿は、まるで魔物のようで――。


「あ……ああ、ごめんなさい。こんなところで話しているのもなんですから、さあどうぞお入りになって」


 私はシオンと顔を見合わせ、こくりと頷いた。

 もう胸の痛みは微塵も感じられない。探し求めた真実が目の前にある――それだけが私を前に進ませた。


 家の中はこじんまりとしつつも、充実した家具からは彼女が豊かな暮らしをしていることが見て取れた。

 テーブルに並べられた採れたての果物の側にはナイフが置かれ、今まさに何か作業を始めようとしていたことがわかる。

 私とシオンの視線に気づいたのだろう。シスルは照れくさそうに説明を始める。


「散らかっていてごめんなさい。私、ジャムを作って暮らしているのです。ありがたいことに植物を育てるのが得意で、森の中に畑を作っているの」

「ジャムですか……」

「ええ! 良ければ召し上がりませんか?」

「いや。遠慮しておきます」


 前のめりなシスルに、シオンは淡々と応じている。私はその隙に部屋の中を観察する。棚には茶葉が詰められた小瓶が並んでいる。ジャム作りに必要なのだろう、空の小瓶がかごに積まれている。王子の婚約者だった時の名残りは微塵も感じられない。


(本当にジャムを作って暮らしているのね……。でもそれならなぜこの国にくる必要があったの? この人はいったい何を知っていたの……?)


 私がシスルに向ける訝し気な視線を遮るように、シオンが私の前に立った。


「シスル様。まさか、このような所でお会いできるとは思っておりませんでした」

「まあシオン様。もう令嬢ではないのです。シスルとお呼びになって……」


 シスルはシオンに真っ直ぐ見つめられ、頬を赤く染めた。どうやらシスルの本命はリンド王子ではなかったのかもしれない。聡いシオンだ、彼女の態度が意味するものに気づかないはずはない。しかしシオンは全く態度を変えず、シスルに切り出した。


「あなたに一つ伺いたいことがあります。リンド殿下の件ですが――」

「ああ、どうぞお気に病まないでください。殿下は真実の愛を見つけたのですもの」

「え?」


 私は思わず声を上げてしまったが、シスルに気づかれることはなかった。同時にシオンも声を上げていたからだ。


(真実の愛ってどういうこと? リンド王子もお姉ちゃんも、お互いに恋愛感情は抱いていなかったのよ?)


 戸惑う私と同じようにシオンの背中からも動揺が感じられる。だがシスルは私たちが戸惑っている様子などまったく気づいていないようだった。にこやかに話を続けている。


「いいんです。私、王妃なんて柄じゃなかったし。こんな風にジャムを作って、のんびり暮らしているくらいがちょうどいいんです」


 寂しそうに笑うシスルからは、庇護欲を掻き立てられる魅力を感じる。だけど私はそれ以上に怖かった。


(この人、いったい何の話をしているの? まるで違う世界で生きているみたい――)


 そこで私の脳裏にある記憶がよみがえる。


(そうだわ、あの日記……。お姉ちゃんも同じことを思っていた)


 日記にはこうあった。

 ――『違う話になっちゃったみたい』

 ――『わたしのせかいじゃない』

 と……。


(やっぱりこの人……)


 私はシオンの陰からシスルを覗き見た。シオンを見つめる期待のこもった眼差しは、自分の信じる未来が必ず訪れると信じて疑わなかった姉とよく似ていた。

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