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一話

※ご都合設定ですので、温かい目でご覧ください。

 姉サクラは“転生者”だったらしい。

 姉曰く、ここは「乙女げーむ」と呼ばれていたものの世界。姉はいずれ“聖女”となり、国を救う――と幼い頃から何度も聞かされてきた。


『いい、ミュゲ。お姉ちゃんはこの世界の主人公なの。この国の王子様と一緒に国を守る結界を作るのよ。そしてミュゲたちが幸せに暮らせる世界を作るの!』

 

 姉はこの国では珍しい、黒曜石のような黒い瞳をキラキラと輝かせながら語っていた。しかし父も母も、もちろん私も姉の語ることが事実だとは思っていなかった。両親は夢見がちな姉の空想の話を微笑ましく聞いていたし、私も『またお姉ちゃんの妄想が始まった』と苦笑い。でも一方で、転生前の世界で使っていたという見知らぬ文字を書く姉に、『もしかしたら……』という思いもあった。


 明るく、元気で笑顔の絶えない姉だった。両親も私もたまに喧嘩をしても姉を受け入れていたし、お互いに愛し合っていた。周囲からは変人扱いされていた姉だけれど、私たち家族は比較的うまくやっていたのだ。


 ――だが、全てを変える日がやってくる。


 それは姉が成人を迎えた日だ。

 教会で祝福を与えられる新成人たちの中、姉の前に激しい光と共に女神さまが現れた。

『――サクラ、あなたは聖女としてこの国を、この世界を救う人間です』


 それからは大騒ぎだった。姉は自分で語っていたとおり“聖女”として城に迎えられた。そして聖女の力で結界を作り上げ、国防軍の指揮を執った王子と共に魔物の侵攻から国を救ったのだ。


(全部お姉ちゃんの言っていた通りだ。この世界は“乙女げーむ”と呼ばれるものの世界で、お姉ちゃんは本当に主人公だったのね……)


 今まで変人扱いしていた人々も手のひらを返したように、姉をもてはやし始めた。私たち家族も、聖女の両親そして妹として、下にも置かない扱いをされるようになった。


(お姉ちゃん、すごいわ。私、お姉ちゃんの妹に生まれてよかった!)


 大好きな姉が国を救った聖女となったのだ。わたしはまるで自分の事のように嬉しかったし、誇らしかった。姉が嬉しそうに微笑む姿は私の記憶にしっかりと焼き付いている。

 だけど、その幸せも長くは続かなかった。


『ギャオオオオンッ!!』

『ま、魔物だ! 結界が破られたぞ!』

『聖女様、助けてください!』

『どうして? 聖女様の結界が効かないなんて――!』


 聖女の結界を破った魔物は、国にあっという間に侵攻してきた。

 人々は傷つき、逃げまどい……その責任を全て聖女である姉と、指揮官である王子に向けた。


『この偽聖女め! お前のせいでこの国はおしまいだ!』

『王子は聖女サクラに誑かされ、婚約者だったシスル様を追い出したらしいぞ! この女を選んだ王子も同罪だ』

『シスル様の追放された西の国は全く襲われていないらしいぞ。本当の聖女はシスル様だったんだ!』

『殺せ! 聖女サクラは偽者だ!』

 

 ここからは聞いた話になるが、王子は処刑され、姉は暴徒と化した人々に殴り殺されたそうだ。家臣たちも皆二人を恨みながら国を離れたせいで、遺体は埋葬されることなく、道の片隅に打ち捨てられたらしい。


 私たち家族も人目を避けるように国を抜け出し、北の国の小さな村の片隅にひっそりと暮らし始めた。

 その後、私たちの生まれ育った国は一年も経たないうちに滅び、魔物が跋扈する土地になってしまったのだった。




 北の国は鉱工業が盛んだ。

 鉱山で働く荒くれ者たちの集う食堂。戦場のような夕飯時が過ぎれば、酒盛りの始まる夜半まで休む間もなく準備が始まる。


「……すまない。こちらにミュゲという名の人物がいると聞いてやってきたのだが」

「あぁん、ミュゲ? おい、ミュゲ! 客だぞ!」

「はいっ、すみません!」


 夕時の慌ただしさが一段落した頃合い、私が働く食堂に訪ねてきた者があった。皿洗いをしていた厨房から三角巾を外しながら店内に出ると、そこに待っていたのは見慣れぬ長身の男性だった。靴に泥はついておらず、服もボタンが欠けたり、薄く擦り切れていたりしていない。ひと目見れば高貴な身分であることがわかった。

 私はあわてて目線を下げて尋ねた。


「あの、どちら様ですか……」

「突然失礼した。私はシオン。君の姉サクラについて、少し聞きたいことがある」


 姉の名に一気に血の気が引く。あわてて周りを見回すが、誰も気づいてはいないようだ。

 

「――っ! ……お、親方。少し抜けても良いですか?」

「ぁんだとぉ!? てめぇ、忙しいのに何ほざきやがる! サボるならその分借金が増えるだけだぞ!」

「……こちらの都合で申し訳ない。彼女の借金とやら、これで何とかならないだろうか」


 怒鳴り立てる親方に見せつけるように、シオンはドサッと店内のテーブルの上に革袋を置いた。


「んだとぉ……? こいつの親の代からの借金がいくらあると思ってんだ――」


 青筋を立てながらもしっかりと革袋の中身を確認しに来た親方は、袋の中を覗くなり、これまで見たことのない笑顔を浮かべた。


「――っとぉ、へ、へへへ! どうぞどうぞ、そんなんで良かったらお好きになさってくだせぇ。ただし、貰ったもんは返せねぇんでよろしく頼んますよ」

「……行くぞ」

「でも――」

「なにやってんだミュゲ! 旦那様の気が変わらねぇうちに早く出て行きやがれ!」

「はっ、はいっ!」


 親方に追い立てられるように私は既に出口に向かっているシオンの背を追いかけた。


(いったい何が起こっているの? それに、お姉ちゃんのことで知りたいことって……)


 不安に冷や汗が止まらない。そして歩幅の広いシオンに小走りでついて行っているのも理由の一つだろう。私の胸はまるで全力疾走した時のように激しい音を立てていた。

 だが私がはぁはぁと息を切らしているのに気づいたのか、シオンは歩く速度を緩めた。


「あ、す、すみません……」

「いや、こちらこそ。気が利かず申し訳ない」


 忙しく動かしていた汚い靴のつま先から顔を上げる余裕ができた私は、そこでようやくシオンの顔を見上げた。だがシオンの切れ長な瞳も同じくこちらに向けられていた。

  

「……よくあのようなところで働き続けていたものだな。金のせいか?」

「借りたものは返さねばなりませんから……」


 私たちの家族は逃げるようにこの国に渡り、息を潜めて生活していた。しかし先も見えず、いつ追っ手が来るかもしれない不安な生活に、両親の心は壊れていく……。

 父は酒と賭博に明け暮れ、母は見てくれだけの洋服を買い漁るようになってしまった。しまいには莫大な借金を残し、二人で首を吊ったのだった。


(だけどそれは絶対にお姉ちゃんのせいじゃない。お姉ちゃんが私たちを苦しめるような真似するわけないもの……)


 それだけは確信を持っていえる。なぜなら姉はこの世界を、私たちを愛していたのだから。



 シオンに導かれるまま到着したのは、高級宿の一室だった。全身ボロボロの私はあまりにも場違いで、なるべく場を汚さないよう小さく身を縮めて立っていた。

 シオンが部屋につくなり取り出したのは、革の装丁が施された一冊のノート。それを私に見えるようにテーブルに置くと、まっすぐに私を見据えて話し始めた。

 

「かつて私は亡国の王子リンド様の側近だった。今は東の国で剣技を教えながら、かの国が滅んだ原因を私なりに探している」

「滅んだ、原因……」

「ミュゲ、単刀直入に聞く。君の姉、サクラは何者だった?」


 再び聞こえた姉の名に私はぶるりと震え、彼の質問に答えるべくゆっくりと口を開いたのだった。

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